一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

おすすめ粕鍋

1992年12月01日 | 過去のエッセイ
 一人で食事する時は、本を読みながらかテレビを見ながら食べる習慣だが、たいてい本やテレビのほうに気を取られて、食事は空腹を満たせばいいという感じになってしまうことが多い。やはり食事は、誰かと一緒に楽しくお喋りしながらのほうが、美味しく食べられる。
 鍋物は、料理の美味しさを味わうだけでなく、何人かで時間をかけてお喋りしたりお酒を飲んだりの楽しさがある。
 寄せ鍋、スキヤキ、しゃぶしゃぶ、湯どうふ、カキ鍋など、どれも好きだが、自分で作る時は、好きな春菊や椎茸を多めに用意する。
 珍しかった鍋物では、粕鍋というのがある。塩鮭や塩鰤(ぶり)と野菜を入れて、魚の塩けで味を取り、酒粕の香りを添えたコクのある鍋物だ。寒い冬向きの料理で、身体がとても暖まる。この粕鍋を食べたのは、北海道でだった。
 北海道は、何を食べても美味しい。お寿司、ラーメン、とうもろこし、じゃが芋、魚はもちろん、牛乳もコクがあって一味違う。
 北海道へは、十数回、行っている。短大時代の友達の結婚式で函館へ行ったのが最初で、親友との北海道一周旅行、さらに結婚していた時の夫の実家が北海道で、毎年、義母が特産物を送ってくれた。好物の筋子やタラコやアスパラ、新じゃが芋は茹でてバターをつけて食べるのが好きだった。カニやホッケや生ウニは、こんなに美味しかったのと驚くほどだった。
 けれど、送って貰った中で、粕漬けの漬け物だけは、あまり好きになれなかった。ウリや大根を粕で漬けてあるのだが、やはり漬け物は、母が作ってくれて食べ慣れた、ぬか漬けが好きだからだった。
 ところが、同じ粕を使う、その鍋物は美味しかった。塩鮭、椎茸、ニンジン、里芋、大根、油揚げ、ネギなどを、やわらかくした酒粕の半分の量を煮汁で溶いて加え、弱火で煮る。野菜がやわらかくなったら、残りの酒粕を加え、ネギの薄切り、七味唐辛子を少し振る。酒粕を最初から全部入れないのは、香りを引き立たせるためである。
 しゃぶしゃぶは、温かいのもいいが、氷しゃぶしゃぶは、もっと好き。細かく砕(くだ)いた氷の上に載せた薄切り牛肉を、タレにつけて食べながら、ワインを飲んだことがある。赤ワインだが、これがとても合っていて美味しいのだった。
 ワインというのは、気づかないうちに飲み過ぎてしまい、アルコールに弱い私はすぐ酔ってしまうのだが、その時は氷しゃぶしゃぶがあまり美味しかったので、酔うのを覚悟でグラスを重ねてしまった。お酒に弱い弱いと言いながら、よくあることだけれど。
 洋風の鍋物では、ボルシチが好きである。これは、私の得意料理の一つで、評判がいい。牛肉、キャベツ、セロリ、玉ネギ、じゃが芋、ニンジンなどを、みじん切りのニンニクとトマトピューレで煮込むのだが、塩、コショウは薄味にする。最後に赤かぶを、色が消えない程度に煮る。
 鍋物というのは、何品かの料理を食卓に並べるのと違った楽しいムードになる。テーブルの中央に鍋を置いて、そのボリュームと豪華な彩りを眺めながら、皿に分けて食べる時の子供っぽい愉しさもあったりする。
 感傷的な秋に寂しくなったら、誰かと一緒に鍋物料理を食べると、幸福な気分に包まれると思う。

※ミニコミ誌『あじくりげ』1992年12月1日掲載

     
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