偶然の夜

　今朝、パソコンに向かってニュース・サイトを読んでいたら、
　──１０年前の今日、歌舞伎町ビル火災４４人死亡──
　という記事が載っていて、あれから１０年経ったのだと、感慨深かった。
　その日の前夜、私は親しい知人男性と、新宿３丁目にあるサントリー・ラウンジ『イーグル』で飲んでいた。
　火災が起きた歌舞伎町の雑居ビルの近くである。
『イーグル』を出た後、近くのバーで、さらに飲んだ。
　それからタクシーで送られて、帰宅したのが、午前０時前。
　入浴して、テレビを少し見てから、就寝。
　翌朝、食事をしながらテレビの報道番組を見て、
「ええっ……！」
　と、思わず声をあげるほど、驚愕した。前夜、知人男性Ｎさんと飲んだ店の近くで、大火災が起きたことを知ったからである。
　テレビに映ったその雑居ビルに、入ったことはないが、その前を通りかかったことがあり、見覚えがあった。
　歌舞伎町ビル火災が起きたのは未明だが、数時間前まで、その近くで過ごしていたことになる。
　同じ場所の同時刻ではないにしても、何となくゾッとしたし、『イーグル』が地下にあることを思い出した。
　もし、ビルで火災が起きた時、地下にいたら、どうなるのだろうと、ふと思った。
　親しい知人Ｎさんは、長年、サントリーに勤務していた人だった。その以前にも、日比谷や銀座のサントリーの店に連れて行ってくれて、新宿にもあるから今度行こうと言われていたのである。
　実は、『イーグル』は、以前から親しい編集者や知人と飲みに行くので知っている店だが、Ｎさんには言いそびれてしまった。
　その夜、『イーグル』のカウンター席で飲んだ後、レジの傍で販売されているチョコレートを、Ｎさんが買ってくれたが、そのチョコレートがとびきり美味しいことを知っていたので、とてもうれしかった。
　その後、『イーグル』へ行くたび、
「歌舞伎町ビル火災が起きた数時間前、ここで飲んでいたの」
　連れの人に、そのことを話したが、
「このビルは大丈夫」
　とか、
「ああ、あの火災ね。そう近くってわけでもないでしょう」
　などと、誰も驚いてくれないので、あまり言わなくなってしまった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

サントリー・ラウンジ『イーグル』