切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

《先日第一日赤病院へ行ってきた。検査結果は・・・》

2020-11-29 23:34:00 | 日記


 先日もこのブログで書いたように、癌の手術から3年経った。

 一昨日第一日赤病院へ行く。ちょうど3年。癌にとっては「3年後生存率」と言う基準がある。区切りの年数だ。

 朝1番に行って病院の待合室に入ると大変な人。これは相当時間かかるなと思っていたが予想通りとなった。採血をして精密な検査をしてもらう。外科の待合室で延々と待つ。人気がある先生なのかどうか、とにかくこの先生はいつも予約時間関係なし。昼前にようやく呼ばれた。

 検査結果は概ね良好。特に「腫瘍マーカー」2つはいずれも基準値の範囲内。ほっとする。体重もこの間減っていないし、むしろごくわずか増えている状態なので良い方だろう。自覚症状も何もなく、たまにあるのが睡眠中の逆流。寝る姿勢が悪いのか、何しろ時々あって目が覚める。これで目が覚めなかったらそのまま器官へ入り、肺の方へ行って窒息死と言う形になる。何とかそれを免れて今日までやってきた。

 体調は全般的に良い方で、半年ほど前から抗癌剤については休止中。今飲んでいるのは胃液の逆流をがあってもその影響が少ないようにする薬などだ。来年になるが梅雨時に精密検査を行う予定となった。レントゲンやCTなど詳しく全身を診て、転移や再発がないかを確認する予定だ。

 こうしてあと2年経つと手術からちょうど5年となる。この段階で特に異常がなければ「完治の宣言」となる。一応この段階で一安心となるのだが、癌治療の指標として「3年後生存率」「5年後生存率」「10年後生存率」と言う3段階がある。つまり5年間を無事に乗り切ってもその先があると言うことで、多分半年に1回か1年に1回かの通院はあるんだろうと思われる。しかも私の食道癌の場合、普通に食道の1部を切り取っただけではなく、食道の下部と胃の上部の1部を同時に切りとっているので、日本ではあまり例のない食道癌となる。そのために逆流を防ぐ食道の出口にあるはずの逆流防止弁がない状態なので、逆流が起こりやすい状況となっている。それを少しでも防ぐための投薬治療は一生続くのではないかと思っている。逆流して器官から肺に入ると窒息状態になり、のたうちまわって死ぬ、と言うことになるのは絶対に避けたい。そんな苦しんで死ぬよりは静かに無意識状態で死んでいきたいと思っている。今やこの状態を改善することができず、残りの人生をこれで生きていかなければならないのは宿命として受け入れざるを得ないのだ。

 ところで先週だったか、「国立がんセンター」が最新の癌生存率の情報を発表した。10年後生存率まで追っているので、罹患者は今から10年余り前の発症の人だ。その人たちを手術後に追って得た貴重な結果となる。

 それによるとすべての癌及びすべてのステージを総平均すると、前回調査よりも生存率は約1ポイントほど上がったと言う。その平均は約68%。調査のたびに少しずつ生存率は間違いなく上がっている。しかしこれはあくまでもすべての癌の全てのステージの総平均であって、癌の部位によっては大きな差がある。前立腺癌等は10年後生存率ほぼ100%に近い。逆に最も厳しいのが膵臓癌で10年後生存率はわずか数%。一般的に多い癌は胃がん、大腸がん、乳がんといったあたりになるが、症例が多い分だけ術式や研究も進み、生存率は大幅に上がっている。もちろんステージ4あたりになると厳しいが、ステージ3までぐらいだったら助かる可能性はかなり高い。

 厳しいほうの癌は先程の膵臓癌のほかに胆嚢がん等症例の少ないものが目立つ。私の食道癌は肺癌とほぼ同じ位の数値を示している。3年後生存率は約55% 5年後生存率で約45% 10年後生存率は約30%といったところだ。これはステージ2の場合。こう考えると私の場合、10年後にはわずか30%の生存率でどちらかと言えば死んでる可能性の方がずっと高いと言うことになる。と言う事は日本人の男性の平均寿命に全く達しない。今や80歳でも元気なお年寄りは男性女性ともにずいぶんたくさんおられる。私の場合にはそこまで全然届かないと言う有様となってしまう可能性が高い。まぁ今頃こんなことを考えていてもしょうがないと言えばしょうがない。これも先程の宿命として受け止めざるを得ない。

 したがって残り56年と考えて、その間何ができるかと言うことを考えた方が良いだろうと思っている。自分自身の生きた証というか痕跡を残すためにできること。その1つとして今、このようなブログを書いて世間にさらしている。でもこのブログの運営会社がなくなれば自動的にこのブログも胡散霧消してしまう。したがって何らかの形で具体物として残すことができるものがないか考えておく必要がある。墓石に名前が残るではないかと言われるかもしれないが、今住んでいる市に墓あるが、親類縁者はもう近くにはいない。みんな東京のほうに行ってしまった。わざわざここに来て線香あげるなんて事はないだろう。墓じまいを考えておくべきか。東京のほうにカプセルホテルならぬカプセルお墓のようなものを購入して、そこで線香でも、なんてことを考えてしまう。

 しかしそんなことよりもやはり、自分自身が長年やってきた仕事に関わって何か残すことができないかを考えておく方が大事だろう。一応プランはあるが間に合うかどうかはわからない。できれば来年その1歩でも実現できればと今は考えている。私自身がこの年になって、またこのような大病をして余命のことを考えざるをえなくなるなんて言うことなんて、以前は思いもしなかった。しかし時間がないのは確かだ。そのことを念頭におきながら、11年をそして11日を有効に使わなければならないと思ってはいるのだが・・・




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