新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 13話
第五章【戦場へ】②
そのころシュロス月光軍団は一足先に国境付近に陣を敷いていた。隊長のスワン・フロイジア、参謀のコーリアス、副隊長のミレイが部隊を率いている。留守役だったフィデス・ステンマルクも出陣を命じられ部下のナンリとともに前線へ向かっていた。
隊長のスワンは来訪するローズ騎士団を避けるために出陣した。この戦いで戦果を挙げて騎士団に見せ付けることが目的である。カッセル守備隊は隊員不足や司令官の不在が続き、陣容は整っていない。叩くには絶好の機会だ。とはいえ、守備隊を壊滅させようとまでは考えていない。こちらの兵力の損害は最小にして、敵の幹部を捕虜にできればよいのだ。
それだから、守備隊にじっくり待たれるのが一番困る。戦いが長引けば、来訪したローズ騎士団が王宮へ帰ってしまいかねない。接待をほったらかして兵を動かしたことが王都に知られたら懲罰物だ。
しかし、待っていても守備隊は動きそうになかった。スワンは次第に苛立ちが募ってきた。そろそろ、こちらから作戦を仕掛ける時だ。
スワンは参謀のコーリアスに前線の状況を尋ねた。
「守備隊の陣立てが整う前にさらに進軍しておきたいのですが・・・また黒い騎士が現れましたので、やや足止めされています」
昨日、月光軍団の行く手を阻むかのように黒づくめの鎧兜を身にまとった騎士が出現した。矢を射かけてみたが、その騎士が剣を振り回して叩き落としてしまった。数人が斬りかかったところ、その黒ずくめの騎士は地面に亀裂を生じさせ地下に消えたというのだ。
「黒い騎士を見た若い隊員の中には、悪魔か怪物だと言う者が出る始末です」
「怪物か・・・」
黒づくめの騎士に備えて見張りを増やしておくようにと命令した。それよりは守備隊をおびき寄せる方策が大事だ。
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【長くなってきましたので、このあとの展開は、あらすじで簡単にご紹介します】
シュロス月光軍団はカッセル守備隊をおびき出す作戦を仕掛けます。そうとは知らず、守備隊の隊長リュメックは勢い込んで自ら突進したのですが、敵の罠に嵌ってしまい包囲されてしまいます。アリスたちが警護する後方の輸送隊にも前線から兵士が逃げてきました・・・
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バラバラと逃げてくる守備隊の兵士を見て輸送隊は騒然となった。
兵士の話では、月光軍団の待ち伏せ攻撃により隊長は孤立、周囲を敵に囲まれてしまったという。
輸送隊の責任者カエデが「副隊長のイリングさんが別動隊で加勢するはずだが」と訊くと、まだ副隊長の援軍は来ていないとのことだった。
カエデは輸送隊の主だった部下と護衛に当たっているアリス、エルダを集めた。
「後退の準備を始めます。護衛部隊も配置に付いてください」
さっそく荷馬車が方向転換を始めた。しかし、何台もの馬車が一斉に回転したのでたちまち渋滞が発生してしまった。
車が軋み、馬がいななく。
荷馬車と一緒に後ろへ下がろうとしたアリスをエルダが呼び止めた。
「アリスさん、部下に指令を与えてください」
「はい、指揮官がそう言うのでしたら・・・」
エルダに促されてやむなくアリスは指令を出してみた。ベルネ、スターチ、リーナを敵襲に備えるため最前列に配置し、というか丁寧にお願いし、他の隊員は救護班の応援に行くように言った。戦場で初めての指示だったが、ベルネたちは素早く展開し三姉妹も救護テントに向かった。
やればできるんだ。アリスは部下が素直に指示に従ってくれたことに感激した。よし、今度こそ安全な場所へ退避できると思ったのだが、またしてもエルダに腕を掴まれた。
「私たちはこっちです」
エルダに手を引かれて行った先は輸送隊の最後尾、すなわち敵陣に近い戦いの最前列だった。
石ころだらけの道、その先の鬱蒼とした森。遠くには小高い丘や岩肌が剥き出しの山が見える。顔に当たる風が痛い。戦場はずっと遠くだが兵士の叫び声が聞こえてくるような気がした。今にも矢が飛んできそうだ。
後方にいられるはずが、最悪の事態に最悪の場所だ。
「よお、隊長」
兵士のベルネが振り返った。
「ここへ来てごらん、血の匂いがするから」
「遠慮しておきます」
「逃げるなよ、逃げたら槍で突き刺す」
上官を殴って部隊をクビになったベルネなら本気でやりそうなことだ。
そこへまた味方の兵士が何人も逃げてきた。負傷した兵も目立つ。アリスがあたふたしているのに比べ、エルダは落ち着いて対処していた。怪我をした者は手当てのため救護班に運ばせ、軽傷の兵士からは前線の情報を聞き取った。
その兵士は、本隊はますます月光軍団に攻め込まれ、隊長のリュメック逃げ場を失ったと訴えた。
「援軍は? 副隊長の援軍は」
エルダが問い質したが兵士は首を振るだけだ。
この時点でも援軍が合流できていないというのは、副隊長にも非常事態が発生したと考えるべきだ。
救護班のテントでも問題が起きていた。マリアお嬢様は任務をサボって寝ていたところをアンナに叩き起こされた。
「騒がしいなあ、何があったの」
「戦争です、お嬢様。いよいよ本格的な戦いが始まったのです」
「ウッソー、知らなかった。それで、どっちが勝ったの」
「こっちに決まってるでしょう、と言いたいところですが、守備隊が負けそうな状況です」
「ヤバい」
お嬢様はまた布団を被った。
「怪我人が運ばれてきて行列ができているんです。お嬢様が寝ていては手当てができません、そこをどいてください」
「あーあ、だから、こんなとこ来るんじゃなかった」
ブツブツ言いながらもマリアお嬢様はテントを出た。テントの外では負傷者が地面に横たわって治療を受けていた。マーゴットやクーラは傷口を洗い流して薬草を貼っている。
「お嬢様、サボってないで手伝って・・・いえ、それより、あっちへ行っててください。その方がはかどるわ」
クーラに追い払われたのでマリアは行列の後に回った。そこで『最後尾』の札を持って列を整理しているロッティーと鉢合わせになった。
ロッティーは、エルダを追い出そうとしてしたのだが逆襲に遭って気絶させられてしまった。隊長の怒りを買って部隊を追放になり、やむなく救護班に身を置くことになったのだ。
「お寝覚めですか、お嬢様」
お嬢様にも敬語を使って敬うロッティーだった。
隊長から見放されたロッティーは、ここでもダメなら逃亡するしかない。
あるいは、戦況次第では敵に寝返るという道もあるのだが・・・
<作者より>
本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。
今回で第一巻の中間地点まできました。今後もよろしくお願いします。