かおるこ 小説の部屋

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連載第19回 新編 辺境の物語 第一巻

2022-01-15 13:33:25 | 小説

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 19話

 第八章【綿菓子攻撃】②

 

 ・・・三姉妹の活躍でカッセル守備隊は月光軍団の包囲網を破ったが・・・

 しかしながら、追い詰められた状況に変わりはない。またしても守備隊は右へ左へ、あちこち逃げ回るだけだった。
「うっ、足が・・・」
 エルダが遅れだした。左足を引きずっていたのだが、ついに走れなくなって、その場に蹲ってしまった。
「エルダさん!」
 レイチェルが気付いて駆け寄る。
 そこへ月光軍団のジュリナ、ラビン、キューブの三人が追い付いた。ラビンがエルダに飛び掛かって羽交い締めにした。レイチェルはキューブにしがみつかれたので身動きが取れない。
「覚悟しろ」
 ジュリナがレイチェルの背中に剣を振り下ろした。
 ガギッ
「ぐぎゃ」
 しかし、悲鳴を上げたのはジュリナの方だった。ガキンという衝撃で腕が痺れ、剣を取り落とした。
「ああ、剣が、剣が」
 ジュリナの剣が真ん中からグニャリと曲がっていた。
 その隙にレイチェルはエルダを抱きかかえて駆け出した。

「レイチェル、怪我はしてない、肩を見せて、手当てしましょう」
「大丈夫です、痛くもなんともありません」
「まさか」
 剣で斬り付けられたというのにレイチェルは無事だった。身体を防御する鎧は身に着けていないというのに・・・
 エルダが不審に思うのも無理はない、服は破れているが肩には怪我を負っていないのだ。しかも、相手の剣が折れ曲がったのをエルダも見ていた。
「レイチェル、あなた・・・」
 斬られても怪我をしない強靭な肉体。
 レイチェルの身体には何か秘密があるに違いない・・・自分がそうであるように・・・
 不死身の肉体。
 これは切り札になるかもしれない。

 こちらではベルネとスターチ、リーナが月光軍団と戦いを繰り広げていた。守備隊の三人は防戦一方だった。副隊長補佐のアリスとロッティーがお嬢様を守っているのだが、かえって足手まといが増えたようなものだ。
 月光軍団の射手が弓に矢をつがえた。
「撃て」
 副隊長のミレイの号令で一斉に弓を引き絞る。
 その時、目の前の地面が大きく揺れ、バリリと亀裂が走った。地面が割れて現れたのは黒づくめの鎧武者だった。
「うああ・・・黒い騎士だ」
 月光軍団は黒い騎士の出現に「悪魔だ」「怪物が出た」と口々に叫んで慌てふためいた。
 守備隊のベルネも慄いた。敵陣に乗り込んだ時、チラリと姿を見かけはしたが、その正体は何者か分からなかった。それが、いま、目前に出現したのである。
「構わぬ、矢を射れ」
 ミレイの合図でビュン、ビュンと矢が放たれる。しかし、黒づくめの騎士がマントを翻して飛んできた矢をことごとくはたき落とした。
「何者だ。敵か・・・それとも味方か」
 ベルネは新たな敵に身構えた。だが、月光軍団の攻撃を防いでくれたのであれば黒づくめの騎士は守備隊の敵ではなさそうだ。
「ニーベルさん」
 そう叫んだのはレイチェルだった。指揮官のエルダを小脇に抱えている。
「ニーベル? レイチェルは知っていたのか」
「地下世界の住人よ」
 ニーベルがレイチェルを睨み、守備隊に向かって矢を投げつけた。矢は高く飛んで灌木の茂みに落ちた。
「ぎゃん」
 茂みに隠れていたロッティーのお尻に矢が命中した。
「何であたしばっかりに当たるの」
 
   〇 〇 〇

 そのころ、カッセルの城砦にはバロンギア帝国の偵察員が潜入していた・・・

 店のガラスに映った姿を見て嬉しくなりポーズをとった。猫耳が良く似合っている。こんなことなら、もっと衣装を持ってくるのだった。
 変装用の衣装は必要経費で落としてくれるはず。でも、スミレさんに却下されるだろうな・・・
 バロンギア帝国東部州都、軍務部所属のミユウは猫耳で軽くステップを踏んだ。

「却下だ」
「どれでしょうか」
「全部に決まってるでしょう。その衣装がないと偵察の任務が遂行できないという確かな理由があるのかね」
 ミユウが手に取ったのは警備員が着るような制服だった。しかも胸の部分が大きく開いて、スカートは超ミニサイズだ。
「偵察員が警備員の服を着てどうするの」
 スミレがあきれ顔で言った。
「ミニスカポリスと言ってください」
「言い換えてもダメなものはダメ」
 こう言われてしまっては、用意したメイド服やチャイナドレスも諦めざるを得なかった。
 バロンギア帝国、東部州都の軍務部では隣国のルーラント公国に偵察員を送り込んでいた。偵察員に選ばれたのは士官学校を卒業して二年目のミユウだった。軍務部のスミレ・アルタクインが推薦したのだが、どうやら人選を間違えたようであった。
 ミユウは偵察には必要なそうな衣装ばかり荷造りしていた。
「これなんか、いかがでしょう」
 広げて見せたのはカボチャの着ぐるみだ。
「敵を欺くため、カボチャに化けて兵舎の台所に潜入するんです」
「カボチャだったら畑に忍び込むといい、収穫されるのがオチだ」

 州都を出発したミユウはカッセルに向かう途中、ロムスタン城砦やチュレスタの町に立ち寄ってみた。チュレスタの温泉街はどこの旅館も賑わっていた。暫くすると王宮からローズ騎士団が来訪する予定になっている。シュロスの軍が動き出したという情報も掴んだが、それは周辺の警戒任務であろうと思われた。
 ミユウはカッセルの城砦に着くと酒場の踊り子になって偵察を開始した。到着する前日、カッセル守備隊が国境付近へ進軍していった。月光軍団の動きに呼応したのだ。ところが四日ほど後に撤退してきた。月光軍団と戦って敗走してきたのだった。本隊には相当な被害が出ており、隊長は、しんがり部隊を残して逃げてきたということだ。
 城砦は大騒ぎである。後を追ってバロンギア帝国軍が襲撃してくるという噂が立った。城門は閉ざされ厳重警戒態勢となった。これではしんがり部隊は城砦に入れてもらえないだろう。その前に、とっくに全滅しているに違いない。
 人々が混乱する中、ミユウだけは笑いを隠せなかった。バロンギア帝国が進軍してきたら城砦の門を開けて招き入れよう。城砦は全滅、これでカッセルは我が帝国の領土となるのだ。
 敗戦の影響で酒場は休業になり仕事はなくなってしまった。しかし、味方の進軍に備えるためにも偵察を続けたい。ちょうどいいことに、兵舎のメイド長が不在で人手を募集していた。ミユウは働いていた酒場の主人から紹介状をもらって、怪しまれることなくメイドとして採用された。
 酒場の主人は「こんな時にメイド長が休むとは」と嘆いていた。確かに、守備隊が出陣している最中に、留守を預かる者が休暇を取るのは妙なことだ。それでも、そのおかげで兵舎に潜入できたのだから、メイド長には感謝しておこう。
「メイド服、カッセルが用意してくれたわ」
     *****
 さて、こちらはシュロスの城砦である。
 戦場から三度目の伝令が戻ってきた。留守を預かる月光軍団の文官フラーベルは伝令の報告を聞き、戦況報告書に目を通した。
 戦況は月光軍団の圧倒的優位である。伝令はカッセル守備隊は壊滅状態で退却したと語った。さらに戦場記録係からは、守備隊の副隊長や指揮官を捕虜にしたという報告も入った。素晴らしい成果だ。もともとはローズ騎士団の来訪を避けるための出陣であったが、これなら騎士団も納得するだろう。凱旋と歓迎会が一緒にできれば手間が省けるというものだ。
 フラーベルが驚いたのは、勲功届にトリル、マギー、パテリアの名が書かれていたことだ。指揮官を取り押さえたのはこの三人だと記載されている。初陣にして大手柄だ。だが、よく読んで見るとフィデスとナンリが指示したのだった。あの三人に摑まる指揮官がいるとは思えない、おそらく、ナンリが手柄を立てさせたのだろう。
 いずれにしても、これは表彰案件である。褒賞係に知らせることにした。敵の幹部を捕虜にした場合は州都へも連絡するのだった。書類を書く仕事が増えるが、部下の手柄であれば、こういう忙しさは大歓迎である。
 心配なのは、帰還が遅れそうだということだ。引き続き、逃走した敵を追撃しているようだ。深追いして反撃され負傷者が出なければいいのだが。
 ローズ騎士団の来訪時期も迫っているし・・・

 

<作者より>

 今回掲載分にはバロンギア帝国偵察員ミユウが登場しました。ミユウはこの後、活躍してもらうことになります。カボチャの衣装は第五巻にてお披露目いたします。