<ご注意>この回には捕虜を鞭打つシーンがあります
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 26話
第十二章【戦いの結末】①
シュロス月光軍団のナンリは周囲を見回した。幸い、トリルやマギー、パテリアたちは無事なようだが、副隊長のミレイ、戦闘員のジュリナが叩きのめされてしまった。ざっと数えて七、八十人は残っていると思われる。二十人くらいは戦場から脱出した計算だ。戦力はかなり消耗した。
隊長のスワン・フロイジアは息をしていないように見えた。守備隊の隊員に言われるまで、それが隊長だとは気が付かなかった。あの怪物にやられたのだろう。鋭い爪で摑まれたのでなければ、あんなおぞましい姿になることはない。
宙吊りで失神したカッセル守備隊の指揮官エルダが回復し、いい気になって指示を発している。悔しいがナンリは黙って見ているしかなかった。
しばらくして、参謀のコーリアスが発見された。リーナがテントの布に隠れていたところを引きずり出してきた。
指揮官のエルダはコーリアスの首に縄を掛け、その端をテントの杭に縛り付けた。宙吊りにされた代わりに地面に磔にしたのだ。
「ふん、いい眺めだわ」
先ほどとは違い、勝者と敗者が完全に逆転していた。
「お前も隊長みたいになりたいか」
エルダがコーリアスの頭を踏み付けた。
「うぐう」
「叩き潰してやる、隊長のようにボロボロになれ」
「あれは怪物がやったのよ、真っ黒な怪物が」
レイチェルのことを怪物と言われ腹が立った。
「うるさい」
エルダが怒鳴り付けた。
「その言い方は何さ。もう一回言ったらタダじゃすまない」
「だって、見たんだから、恐ろしい顔をした怪物だった」
「タダじゃすまないって言っただろう、このバカ」
その美しい顔からは想像もできない言葉でコーリアスを罵った。
「お前を鞭打ちにすることにしたわ」
エルダはベルネたち三人に命じてコーリアスの服を引き裂き上半身を露わにした。
「この女、めちゃくちゃにしておやり」
コーリアスへの鞭打ち刑が始まった。
鞭の代わりに縄を手にしたベルネが一発振り下ろす。
バシン
「ぐぎゃっ」
コーリアスの背中に赤い筋が付いた。続いてリーナとスターチも縄を振り回した。縄の先端には幾つもの縄目が結ばれていた。エルダを宙吊りにしたときの縄だった。皮肉なことにコーリアスは自らが仕掛けた縄で打たれたのだった。
「次は・・・」
エルダが月光軍団を見渡した。次は自分の番かもしれない、誰もが首をすくめた。
「そうだ、お前たちにも仕返ししてやる」
新たな標的に選ばれたのはミレイとジュリナだった。二人ともアリスやエルダをいたぶったので鞭打ちは免れなかった。ベルネやリーナに代わる代わる縄で叩かれ、ミレイの背中にも血の筋が走った。
「あなたにも一発やらせてあげるわ」
エルダはロッティーに縄を押し付けた。
「あたしですか・・・」
ロッティーは連絡要員として隠れていたので、エルダやアリスのように乱暴なことはされていない。しかも無抵抗な相手を鞭で叩くのには躊躇いがあった。
「私の命令が聞けないの・・・ロッティー。ああ、そうでした、あんたは逃げ出した隊長の取り巻きだったよね」
今更そんなことを持ち出すのかとロッティーは当惑した。
「私の命令に背くなら、一人だけ置き去りにしようか。こいつらに復讐されるわよ。それでもいいの? 」
敵陣に取り残されたのではかなわない、ロッティーは渋々、縄を受け取った。
「そうだよロッティー、あんたはやれるんだ。いつだったか、私に襲いかかったことがあったでしょ。あの調子でやればいいのよ」
気絶していたところを助けてあげたというのに、エルダはそれを忘れたかのように命令を出している。しかし、エルダには逆らえない。敵が憎いというよりはエルダに睨まれて仲間外れにされたくなかった。
パシッ。
ロッティーはミレイの背中をピシャリと叩いた。
次にエルダは月光軍団の副隊長フィデス・ステンマルクにも手を伸ばした。
「参謀はめった打ちにしてやった。さっきの仕返しをしてるだけ」
次第にエルダの私刑の様相を呈してきている。
「でも、心配しなくていいのよ、あなたには手を出さない。約束するわ。お嬢様たちを見逃してくれたことがあったものね」
右手でフィデスの顎を上げさせた。
「助けてあげる。だから、私のモノになりなさい」
「エルダさんのモノ? 」
フィデスが見上げたエルダの顔は異様だった。
目はギラギラと輝き、唇は血のように真っ赤だ。
「そう、あなたが欲しくなったの。フィデスさんは大事にしてあげるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「さてと、参謀を痛め付けてくるとしようか」
コーリアスの尋問が再開された。
「レイチェルはどこ、どこへ連れて行ったの」
「あの見習い隊員は、隊長が崖から落として殺せと・・・」
「それなら、参謀のお前も同罪だ」
レイチェルを崖から落とすように命じたのは隊長と参謀だ。実行したのは別の隊員だろうが、その隊員もすでに死んだ。血だらけの服がその証拠だ。
隊長はすでにその報いを受けている。
しかし、レイチェルに変身するように命じたのはエルダだった。
どうしたらいい・・・
その矛先は参謀のコーリアスにぶつけるしかなかった。
「降参しなさい」
エルダは怒りに任せてコーリアスの顔を踏み付け、つま先をグリリと鼻に擦り付けた。
「月光軍団は降伏しますと言いなさい。さもないと顔を踏み潰す」
「痛い、やめてっ」
「コーリアス、お前、さっき私がやめてといったのにやめてくれなかったじゃない。自分の番になったら助けてくれなんて身勝手なんだよ」
宙吊りで痛め付けられた代償は降伏で償わせるしかない。
「さっさと降伏しろ」
「うう」
エルダはコーリアスの顔を蹴った。二度、三度と蹴り続ける。コーリアスの唇が切れて血が垂れた。
「月光軍団は降伏するんだ」
「・・・こ、降参、降参します。エルダ、エルダさん、許してください」
ついに月光軍団の参謀のコーリアスが降伏した。
カッセル守備隊がシュロス月光軍団に勝利したのだった。
守備隊は月光軍団の武器を取り上げ武装解除させると、戦闘員の兵士を縛り上げた。降伏を認めたコーリアスは杭に括り付け、降伏の象徴、白い布を首に巻き付けた。
しかし、まだカッセルには帰れない。レイチェルを探し出さなければならなかった。エルダ、アリス、それにロッティーの三人が見張りとして残り、カエデやベルネたちは二手に分かれてレイチェルの捜索に向かった。
〇 〇 〇
【長くなりましたので、次に続くシーンはあらすじだけで書きます。ご了承ください】
守備隊の隊員がレイチェルの捜索に向かった直後、エルダの身体に異変が起こります。全身が熱を帯び、とくに右腕と左足の自由が利かなくなってしまいました。アリスとロッティーがエルダを抱えテントに運びました。月光軍団の魔法使いのカンナがこれを見逃しませんでした。見張りは二人しかいない、エルダを襲って再び形勢をひっくり返すには絶好のチャンスです。カンナはエルダを襲撃しようと・・・
〇 〇 〇
剣や槍は取り上げられたがカンナに魔術という武器がある。指先からカミナリを発して焼き殺すのだ。
「エルダ、死ねっ」
エルダが隠れているテントの幕を捲った。
「!」
そこでカンナが見た物は不思議な人体だった。
エルダが伸ばした左足、その膝下の部分には「蓋」が開いていた。
「な、なに、それ」
蓋の内側には時計の歯車のような部品が取り付けられていたのだ。
一瞬、躊躇ったが、カンナはエルダに指先を向けてカミナリを放った。というより、止めることができなかった。
ビガッ
「ぐぎゃあ」
悲鳴を上げたのはカンナの方だった。勢いよく吹っ飛ばされてドタンとひっくり返った。魔術で発射したカミナリが跳ね返されたのだ。それでも二発目を放つために腕を伸ばした。
バリン、ドン
今度は稲妻がカンナを直撃した。カンナの身体からはブスブスと煙が上がった。
月光軍団の反撃はあっけなく終わった。
<作者より>
ご訪問、ありがとうございます。 次回で第一巻は終了します。