新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 22話
第十章【レイチェル変身】①
カッセル守備隊、輸送隊の隊長カエデはエルダの指示に従い、ベルネたちを偵察に送り込んだ。レイチェルが変身して敵を攻撃した時に、ベルネとスターチは加勢をし、ロッティーは連絡要員として後方のカエデに合図を送る役割だ。
ベルネとスターチは崖の中腹に隠れていた。二人のさらに後方にはロッティーも潜んでいる。しかし、三人とも、捕虜になったアリスやエルダが痛め付けられるのを黙って見ているしかなかった。
「副隊長補佐と指揮官はやられ放題だ」
ベルネが小声で言った。
「戦場初体験のいい思い出になるだろうね」
「それも、生きて帰ればの話ね。死んだらあの世で思い出すだけだ」
「言えてる。ところで、レイチェルはどうなの、ベルネ」
「うーん、まだ変身しそうにない」
指揮官のエルダの話では、レイチェルは攻撃を受けて身体が変化するということなのだが、一向にその気配が見られなかった。
「本当に変身するのかな」
そこへ月光軍団の副隊長フィデスと部下のナンリが姿を現した。トリルやパテリアたちも心配そうに後に続いている。
フィデスが背中を摩ると、エルダはうっすらと目を開け「うう」とだけ言った。
戦いの最中、エルダを独り占めしようと捕らえたのだが、その時は逃げられてしまった。間近で見た美しいエルダに心を惹かれた。それだけに、こうして縛られている姿を見るのは忍びなかった。
レイチェルという隊員のことも気の毒に思った。
「その子はどうなの、確か見習い隊員でしたね」
ナンリに尋ねた。
「レイチェルはジュリナの剣をへし折ったと聞いています。頑健な身体を見込まれて捕虜にされたのでしょう」
殴られるのを覚悟で捕虜になったのだろう。だが、剣を折るほどの肉体にしては、気絶しているのか倒れ込んでピクリとも動かない。
トリルは自分と同じような年恰好のレイチェルが心配だった。
「ナンリさん、この人だけでも助けてあげられないのですか」
「そうだな、捕虜は二人で十分だ」
ナンリが思案していると、部隊長のジュリナが隊長の命令を伝えにきた。
「コイツは殺す。連れ帰っても役に立ちそうにないし、見習い隊員は生かしておくのはムダね」
「殺すのはかわいそうだ。せめて、どこかに転がしておくだけにしてもらえないだろうか」
「あたしの剣を折った張本人よ。許せない」
ジュリナが「今度は一撃で仕留める」と、槍を構えた。
「ヤバい、槍だ」
ベルネたちは、月光軍団の若い隊員がレイチェルを気遣っているように見えたので安堵していたのだが、それもつかの間、別の隊員から槍が向けられた。
「ロッティー、後は頼む」
ベルネとスターチはロッティーに後を託して崖を下りていった。
新しいイキのいい捕虜が手に入ってスワン・フロイジアは笑いが止まらなかった。しかも戦闘員の兵士である。これで守備隊に残っているのは見習い隊員など数人だけになったはずだ。
髪を掴んでベルネを引き回し、スターチを押さえ付けて蹴りを放つ。ジュリナ、ラビン、魔法使いのカンナまでもが加わって叩きのめした。
「さあ、勝利の祝いに焼肉パーティーをしよう。お前にはコレを食わせてやる」
ジュリナはカエルを捕まえて引きちぎり、大木に縛り上げたベルネの口に押し込んだ。
「うぐ・・・ゴクン」
ベルネはカエルの足を飲み込んだ。
「ベルネ、あんた何で縛られてるの。カッセルに帰ったらお嬢様を縛るんじゃなかったっけ」
「だからさ、どうやって縛るのか身をもって体験しているわけよ。何事も勉強だ」
「バカでも勉強するんだね」
「そういうスターチだって、身体に縄が巻き付いているように見えるんだけど。それって気のせい? 」
「気のせいだったらいいんだけど、マジで縛られているのよ。こんなにきつく縛られたんじゃあ、手も足も動かせない」
「口だけは達者だね」
月光軍団のテントの方から肉を焼くいい匂いが漂ってきた。
「焼き肉、食いたい・・・うげっ、お腹でカエルが踊ってる」
*****
これで月光軍団の取り調べが終わったわけではなかった。指揮官のエルダには、さらに厳しいお仕置きが待っていた。
月光軍団の隊長スワン・フロイジアがエルダの顔を小突いた。
「ちょっとした余興を楽しむとしましょう、主役はエルダ、お前だよ」
参謀のコーリアスはエルダの両手を縛り、その縄を太い木の枝に掛けた。ミレイが縄の先端を引くとエルダの身体が徐々に持ち上がった。ジュリナがエルダを吊っている縄の端を引っ張った。
「ぐわっ・・・ぎひぃ」
足が地面を離れた。宙吊りだ。指揮官のエルダは木の枝にぶら下がった。
手首と肩に体重が掛かる。
これはキツイ。
エルダが縄を掴んで握りしめると木の枝が揺れた。
「いたぁぁぁ」
顔を歪め、身体を捩って痛みに耐えるエルダ。しかし、本当の地獄はこれからだった。
エルダの足の間に縄が回された。左右の膝を縛られ、その縄の先端はエルダの手首に繋がっている。参謀のコーリアスが縄の位置をしっかり固定した。
「エルダ、頑張らないと、ますます痛くなるんだよ」
「そんな、あっ、痛いぃぃぃ、ぎゃうっ」
エルダが獣のような悲鳴を上げた。膝を縛っている縄が痛くて足をバタつかせる。だが、手首に縄が絡んでいるので、のけ反れば自らを苦しめるだけだった。
「あっ、ああ・・・助けてっ、助け・・・ああん」
もはや悲鳴というよりは泣き声に近くなった。
エルダは痛みを堪えてのたうち回るしかない。
歯を食いしばり目を見開いて首を振った。フィデスと視線が交わった。
「あ、あ、助けてっ、フィ・・・デス・・・ああっ」
フィデスに助けを求めている・・・
しかし、フィデスはエルダが苦しむ姿に見入っていた。宙吊りでがんじがらめに縛られたエルダ。月の光に照らされて身悶えするエルダ。その姿はこの世の物とは思えぬほど美しいものだった。
エルダは背中を反らせ懸命に堪えた。太ももがブルブルと震える。少しでも楽になりたいともがくのだった。そして、手首に掛かった縄を握って腰を突き出すように身体を反らした。縄が膝や太ももに食い込んだ・・・
「だあっ、うぎゃあ」
ミシッ
木の枝が撓み、エルダの身体が垂れ下がって足の裏が地面に着いた。少しだけ楽になった。
ホッとしたのも束の間、月光軍団の隊長のスワン・フロイジアがエルダに近づいた。
「気分はどうかしら」
「ダ、ダメ・・・もう、いやです」
「降参すればやめてあげるわよ」
カッセル守備隊を降伏させるのだ。勝利を確実にするため、指揮官のエルダに「降参」と言わせたい。
「エルダ、降参しなさい。それとも、もう一度この縄を引っ張ろうか」
スワンは縄の先端を揺すった。
足が地面に付いて、やっと楽になった思ったら、エルダはまた吊り上げられそうになった。
もう耐えられない。
「はあ、こう、さんですっ」
カッセル守備隊指揮官のエルダは、襲い来る痛みから逃れるために降参と口走った。
「聞こえない、もっと大きな声で言いなさい」
「こ、降、参です。降参するったらぁ、助けてっ」
「助けて欲しいのか」
「誰か、助けてぇ、ああ、レ、レイチェル、早く、早くっ」
レイチェルが変身するはずだった。エルダは藁にも縋る思いでレイチェルの名前を叫んだ。
「無理だよ、レイチェルは気絶して動かない」
「いやぁぁぁ、助けてぇ」
スワンが引っ張ったので、手首に縄が絡みつきギュンギュンと締め付けてきた。
腕が肩からはずれそうになった。次第に足の感覚も麻痺してきた。
「あうっ、ああ、降参・・・です」
エルダはか細い声で降参と言い、そして、四肢を震わせビクンと痙攣して首を垂れた。
カッセル守備隊の指揮官エルダが降参した。カッセル守備隊が全面降伏したのだった。
<作者より>
本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。