かおるこ 小説の部屋

私の書いている小説を掲載しています。

連載第23回 新編 辺境の物語 第一巻

2022-01-19 13:44:19 | 小説

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 23話

 第十章【レイチェル変身】②

 

 ・・・カッセル守備隊の指揮官エルダは厳しい責め苦に耐えられず降伏した・・・

 月光軍団の隊長スワン・フロイジアはエルダを睨み付けた。
 この女はエルダではない・・・ビビアン・ローラだ。ローラを叩き潰し復讐を果たす時がきたのだ。
 バシン
 隊長のスワンがエルダの頬を平手で叩いた。
「ウグッ・・・」
 エルダの身体がズルリと垂れた。
 宙吊り、降参、気絶・・・あまりにも惨めなエルダの最後だった。
 参謀のコーリアスが小刀でエルダの髪の毛をバッサリ切り落とし地面にまき散らした。
「カッセル守備隊は降伏した! 私たちの大勝利だ」
 シュロス月光軍団の隊員からオオーッという雄叫びが上がった。

 スワンやコーリアスたちが去ったあとで、副隊長のフィデス・ステンマルクはエルダに近寄った。少しでも楽な姿勢にしてあげたい。ナンリも手を貸して縄を緩め、ゆっくりと地面に横たえた。
 エルダは両腕が伸び切って、腰は緩み、両脚はだらしなく広がっている。だらりと弛緩した肉体だ。髪の毛は首筋の辺りで短く切られていた。
「ここまでしなくてもいいのに」
 白目を剥き、口から涎を垂らしたエルダを見てナンリがため息をついた。

 木の陰に身を隠していたロッティーは呆然とするだけだった。
 指揮官のエルダが厳しい追及を受け、木に吊るされて平手打ちで失神した。エルダの悲鳴がロッティーのいる所まで届いた。
 そして、ついには降伏を認めてしまったのだ。
 しかし、エルダを助けようとは思わなかった。
 エルダが現れてから悪いことばかり起きている。地下牢で倒れているのを助けてやったのは他ならぬ自分だ。それなのにいつの間にか立場が逆転してしまい、すっかり頭が上がらなくなった。追放しようとして失敗したあげく、とばっちりを受けて戦場に置き去りになった。それもこれも、すべてエルダのせいだ。
 だから、宙吊りの刑になったエルダを見ているのは快感でさえあった。自分の代わりに月光軍団がエルダに報復してくれたようなものだ。
 さて、どうしよう・・・
 レイチェルが変身して敵を倒す作戦ではなかったのか。それなのに何も起こらない。エルダは降伏し、ベルネとスターチまでもが捕虜になった。これでこの部隊は全滅したも同然だ。連絡要員の任務も必要なくなった。ここで見たことを伝えれば、後方の部隊のカエデたちも諦めて城砦に退却するだろう。カッセルの城砦に戻って、エルダが捕虜になったことを報告するとしよう。うまくいけば復職できるかもしれない。
 エルダを見捨てることにした。
 逃げろ、早くこの場を立ち去れ・・・
 しかし、ロッティーは足がすくんで動けなかった。音を立てて敵に見つかったら自分も捕虜にされ、エルダのように殴られてしまうだろう。
 やむを得ず、もう少し待つことにした。月光軍団が撤収作業を始めるまで待ってもいいのではないか。
 月が雲に隠れて闇が深くなった。ロッティーも闇に包まれた。
      *****
 捕虜に対する処分が執行されようとしていた。指揮官、副隊長補佐、戦闘員の兵士を捕虜にしたので、見習い隊員のレイチェルには用がなくなったのだ。
 ジュリナとキューブがレイチェルの髪を掴んだ。腕を取って連れ去ろうとするのをフィデス・ステンマルクが引き留めた。
「せめて、ここに置いていきましょうよ」
「隊長の命令なんだ、殺すと決まったの」
 そう言われてしまってはこれ以上の命乞いはできそうにない。
「助けられなくて、ごめんね」
 フィデスが身体を揺するとレイチェルが目を開けた。
「の・・・のむ」
 レイチェルが飲みたいと言ったのでナンリが水筒の水を飲ませようとした。しかし、レイチェルは首を横に振った。
「ち、ちが・・・」
「違うの? 水じゃないの? 」
「ちが・・・血が、血が飲みたい」
「血・・・」
 血が飲みたいと言ったように聞こえた。気の毒なことに、レイチェルはさんざん殴られたので頭がおかしくなってしまったのだ。
「そろそろ片付けるわ・・・キューブ、崖から突き落としてきなさい」
 ジュリナが指示を出した。無抵抗の隊員の命を奪うのはさすがに気が咎めたので、部下のキューブに処刑の役を押し付けた。

 レイチェルを立たせたとき、服がはだけて胸のペンダントが飛び出した。赤や青のキラキラする石が埋め込まれていた。フィデスはそのペンダントだけでも回収し、形見としてカッセルの城砦に届けてあげられないかと思った。

 キューブはレイチェルを引きずって崖の際まで来た。下を覗くと風が舞い上がった、地獄からの風だ。この場所から突き落とすと決めた。
 だが、そこで思い直した。崖から突き落としただけでは死ぬとは限らない。首を絞めて止めを刺し、それから谷底へ投げ捨てることにした。レイチェルを仰向けにして胸に跨った。すでにレイチェルはグッタリして動かない。殺すのは容易なことだ。
 キューブは首に手を掛けた。
「楽にしてあげる」
 首を絞め上げた・・・
「うっ」
 キューブの左手に激痛が走った。最後の抵抗をしようというのか、レイチェルが腕を掴んできたのだ。
「ギャッ」
 激痛が走った。爪が皮膚に食い込んでいる。
 それは人間の指の先とは思えなかった。黒光りした尖った爪がキューブの腕を掴んでいるではないか。指先だけではない、レイチェルの手首や腕が不気味に黒く輝いている。人の肌とは思えない金属質に変化していたのだ。
「あひ、あ、ギャアア」
 皮膚が裂け左手が血に染まり、骨がミシミシと音を立てた。しかし、ガッチリと掴まれているので身動きがとれない。
 肉が切れて血が吹き出した。

「グフフ」
 レイチェルが笑った。
 変身するには人間の血が欠かせない。目の前に格好の餌があった。
 この女の血を吸い尽くす・・・
「ふふっ、あなたの血が飲みたい」

 ズズッ
 その時・・・夜の闇を纏って、さらに黒い影が湧き出てきた。
 崖の下から地下世界のニーベルが出現したのだ。

 ニーベルの情念を込めた波動がレイチェルに襲いかかった。
 黒づくめの騎士ニーベルの発する圧力を受けて、レイチェルの身体の変化のスピードが速さを増した。
 腕が、肩が、そして背中が黒い金属質に変っていく。自分の身体であるのに、レイチェルにも変身を止められなくなっていた。

 バサバサッ
 背中を覆うように翼が広がった。
 いまや変身は首筋から顔にまで及ぼうとしている。
 身体だけではない・・・心までもが黒く染まっていくのだった。
 変身には大量のエネルギーが必要だ。
 目の前には獲物がいる。レイチェルはキューブの首筋に齧りつき、鋭い牙を食い込ませた。
 
「ついに変身したな、レイチェル・・・」
 レイチェルにエネルギーを使わせて変身させ、その体力を奪ってこの世から葬り去る。それが地下世界の末裔ニーベルに与えられた使命だった。
 だがしかし、レイチェルは捕らえた人間の血を吸ってニーベルよりも大きく変身している。
 そして、恐ろしく醜い・・・
「ううむ」
 レイチェルが発する衝撃波がニーベルを襲った。
 ニーベルは身体が痺れ、思わず後ろへ下がった。

 バサバサッ
 レイチェルが、いや、怪物が飛び上がり漆黒の闇に消えた・・・

 

<作者より>

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 第一巻はあと四回、この先、展開が早くなります。