かおるこ 小説の部屋

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連載第16回 新編 辺境の物語 第一巻

2022-01-12 13:32:17 | 小説

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 16話

 第七章【置き去り部隊】①

 

 隊長のリュメック・ランドリーが乗った馬車はどんどん小さくなり、ついに見えなくなった。
 ルーラント公国カッセル守備隊のアリスたちは戦場の真っ只中に置き去りにされてしまった。

 副隊長補佐のアリスと指揮官のエルダが率いる部隊に与えられたのは「しんがり部隊」の任務である。「しんがり部隊」は退却する部隊の最後尾で、追ってくる敵と戦い、本隊を無事に逃がすのが役目である。カッセル守備隊隊長のリュメックはすでに退却してしまい、残された部隊は僅かに十人足らずだ。しんがりというよりは最前線に置き去りにされたのだった。

 背後からはバロンギア帝国シュロス月光軍団が追撃してきていた。

 幸いなことに太陽が傾きだしている。
 目の前には赤土の混じる大地が広がり、周囲にはゴロゴロとした岩や低い灌木が点々としている。遮る物のない平坦地で敵を迎え撃つのは容易なことではない。遥か先の、西日に照らされた林まで逃げられれば一夜を明かすことができるだろう。
「あそこに見える林まで逃げ込みましょう。荷駄はすべて放棄します」
 エルダが指示を出した。
 ベルネとスターチが見張りに立ち、輸送隊のカエデを先頭に、アリス、エルダ、それに、レイチェル、マーゴット、クーラ、マリアお嬢様、お付きのアンナが続く。後ろを固める役目はリーナだ。
 総勢十一人・・・あと一人、シャルロッテことロッティーがいた。
 隊長の配下だったロッティーは、エルダを追放するのに失敗した責任を取らされて、アリスたちとともに置き去りにされた。
「シャルロッテさん、あなたも一緒に行きましょう」
 エルダがへたり込んでいるロッティーの手を取った。
「イヤだ、馬車に乗って逃げたかったのに、こんなのイヤ」
「ここに残りますか? 殺されるか捕虜になるか、どちらかですよ」
「殺される・・・あはあ」
 ロッティーは地面に突っ伏した。
「来いよ、ロッティー、死にたくなかったら付いてこい」
 リーナがロッティーの襟首を掴んで引き起こす。やむなくロッティーは逃走の輪に加わることになった。
「来るぞ、馬で追ってきた」
 リーナが遠くを見て叫んだ。
 林を目指して駆け出したのだが、足の遅いお嬢様がいるのではたちまち追い付かれてしまった。馬は先頭を追い越してその先で止まった。
 逃走する一団を捕らえたのは、シュロス月光軍団の部隊長ジュリナだった。馬を返して槍を構え、行く手を塞ぐ。
「そこまでね、もう逃げられないわ」
「そうはさせない」
 ベルネが繰り出された槍を掴み取り、思い切り引っ張るとジュリナが馬から転げ落ちた。
「今のうちに、みんなで走れ」
 守備隊は一目散に林を目指した。
 水平線に夕日が沈み、ますます辺りが暗くなった。アリスたちは林の奥に逃げ込み、崩れた石垣を見つけて身を潜めた。
 食事はパンと燻製肉を分け合った。輸送隊の荷物からお嬢様とアンナが持ち出したものだった。

 すでに日は暮れた。
 シュロス月光軍団隊長のスワン・フロイジアは暗くなった空を仰いだ。
 不覚にも、いったんは確保したカッセル守備隊の隊長に逃げられてしまった。何としても隊長を捕虜にしなければならない。捕虜を奪わなければローズ騎士団に合わせる顔がないのである。
 捜索隊からは前方で敵兵を発見したという報告が入った。守備隊の残党らしき兵が十人ほど抵抗しているとのことだった。敵は小勢だ、簡単に蹴散らせるだろう。
 しかし、隊長のスワンが駆け付けた時はすでに敵の姿は見失っていた。この闇では追尾はできない、夜明けを待って追撃を再開することにした。
      *****
 白々と夜が明けた。
 カエデが点呼を取って人数を確認したところ、十二人、全員揃っていた。
 さっそく作戦会議を開いた。
「月光軍団は隊長を捕らえようと追撃してきたのです。しかし、隊長は城砦へ逃亡してしまいました」
 指揮官のエルダが言った。
「私たちは置き去りにされました。カッセルの城砦に戻ったとしても、あの隊長のことですから門の中に入れてくれるとは限りません・・・そうです、私たちには帰る場所がないのです」
 一同からため息が漏れた。マリアお嬢様は両手で顔を覆い、ロッティーはため息をつく。
「行く当てもなく荒野を彷徨い、そのうち食料は尽き、行き倒れになるでしょう。運よくどこかの城砦に逃げ込めたとしても、せいぜい奴隷にされるくらいです。命の保証はできません」
 それを聞いてアリスはガックリと肩を落とした。
「私たちに残された道は・・・」
 誰もがエルダの次の言葉を待った。
「生き残るには、敵を打ち負かし、捕虜を奪い取って城砦に凱旋することしかありません」
 エルダはただ逃げるだけでなく月光軍団を倒して捕虜を奪うと言うのだ。
「この人数では厳しいな」
 逃げるだけならともかく、敵を倒すとは、さすがのベルネもこれは無謀だと思った。
「そうだよな、この戦力では・・・」
 ベルネだけではないリーナとスターチも暁の空を見上げて唸った。
「敵陣から救出したのはベルネさんたちです。それなのに、隊長は自分だけ逃げるなんて許せない」
 エルダの言葉がきつくなった。
「隊長を見返すためにも、勝って、捕虜を奪って凱旋したい。置き去りにされた恨みを晴らすのよ」
「凱旋か・・・私は退却するだけでもいいと思うわ」
 輸送隊の隊長カエデの思いは、戦うことより無事に逃げることにある。カエデはさらに続けた。
「隊長はボニア砦に着いている頃よ、今日中には城砦に戻れると思う。私たちはしんがりの役目は十分に果たしているんじゃないのかしら。功績は認めてくれるはずだわ」

 撤退か交戦か・・・このままでは座して死を待つだけだ。
「それでは」
 と、エルダが立ち上がった。

 木々の間から朝日が差しこんでエルダに降り注いだ。
「カッセルへ向かって撤収することとします。ただし、月光軍団と遭遇した場合には戦ってください。この人数では不利であることは否めません。その時には、私が捕虜になりますので、みなさんは逃げ延びてください」
 隊員たちを逃がすために指揮官が捕虜になる、それを聞いてカエデやベルネも納得したのだった。
「副隊長補佐、あんたはどうなの、指揮官は自ら捕虜になるというんだよ、あんたの決意を聞きたい」
「はあ、私も逃げられればそれに越したことはないんですが、どうしても言うんでしたら、捕虜になってもいいかなと、どちらかと言えば、そういう心境です」
 かなり遠回しの言いようではあるが、アリスも捕虜になると答えるしかなかった。
「よし、これで決まった。副隊長、あんたが真っ先に捕虜になれ」
「は、はい」
 こういう時に限って副隊長の責任を押し付けられるのであった。

 ロッティーは隊員たちの後ろで小さくなって座っていた。十二人の中で自分だけが仲間外れだ。これまでエルダやマリアを目の敵にしてイジメてきたことを悔やんだ。しかし、この状況では指揮官のエルダに従うしかない。集団からはぐれたら月光軍団の餌食にされるだけだ。
「ロッティー、あなたも一緒に戦ってくれるよね」
 エルダに呼び止められた。
「月光軍団を倒さなければカッセルの城砦には帰れないわ。分ってるでしょう、ロッティー、あなたも同じ運命なのよ」
 ロッティーには戦場に残るのも地獄だが、城砦に帰るのも地獄に等しいことだ。

 アリスたち十二人は林を抜け出して街道へと向かった。
 お嬢様を守りながら歩いていたのではスピードは上がらない。すぐに月光軍団の偵察隊に発見されてしまった。
「月光軍団です、騎馬が数騎」
 物見をしていたマーゴットが叫んだ。
「来るぞ、バラバラにならないで、まとまっているんだ。お嬢様を真ん中にしろ」
 ベルネが声を掛ける。
 土煙をあげて月光軍団が追いついた。取り囲んだのは副隊長のミレイ、部隊長のジュリナたち十騎ほどだった。
「隊長はどこ」
 副隊長のミレイが馬上から見渡した。
「隊長は逃げて行った、とっくに国境を越えているころよ」
「追いかけていくわ、雑兵はどきなさい」
 道を塞いでいるの残兵はせいぜい七、八人。慌てていたのだろう、鎧兜も着けていない兵もいる。こんな相手に構っている時間はなかった。
 しかし、ここで予想外の抵抗に遭った。一騎が襲い掛かったが、敵の兵に引きずり落とされた。もう一騎も槍を奪われる始末だ、雑兵と見えたが意外にも強かった。
「何を手間取っている、全員で掛かれ」
 一気に馬で蹴散らせに掛かった。
 これでは敵わない。リーナやスターチが懸命に敵を防いだものの、アリスたちはてんでに駆け出すしかなかった。月光軍団の騎馬に右へ左へと追いやられるうちに散り散りになり、ついに、数人ずつの集団に分かれてしまった。

 しかも、最悪なことに、アリス、エルダ、カエデ、マリアお嬢様とアンナの五人だけのグループになっていた。
「お嬢様、そこの木の陰に隠れましょう」
 アンナが手を引いて、針のように尖った低木の背後に身を隠した。

 

<作者より>

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