さて久しぶりの聖書の親しみです。
私は、聖職者になったとは思っていませんが、毎日の日課の祈りを復活させて、職業牧師や、神父顔負けの生活が戻ってきました。長いこと実は、中年、壮年になった自分にあまりも気軽に先輩面?親面?する方々、妻面?子供面?する若い方々のあまりにいい加減な態度に耐え切れず、長いことアダルト映画鑑賞に自分を痛めつけておりました。
ようやく、心落ち着けて周囲を見れるかもしれないと思っています。

今回は、法律家としての自分が尊敬する聖アルフォンソ司教に久しぶりに感動を覚えています。私は、裁判員に選ばれてそれを拒否するなどというカトリック聖職者集団の主張に賛同するようなことはありません。
実際、奇麗事を並べてみても、自分の生活は自分しか面倒見ないし、まして、職業を守ること、その集団を守ること、そして国を守ること、年老いてゆく親たちを守ること、家族、結婚してできる妻子を守っていくことはだれも手伝いません。残念な?ことではありますが。

そして、未熟な成長過程の集団である教会メンバーなどの対応は想像に難くないでしょう!!どんなに教会を知らない方々といえども、想像つく・・・いいえその何倍にも愚かで恥ずかしい現実があります。
毎日の生活の中に神を見出し、人々に自分のできる限りでいいから、愛情を注ぐことの大切さがそこにあります。


それは、100人100様であり、互いに受け入れがたいことであったりしているのです。
そんなわけですから、これからしばしば、簡単なメッセージだけを書き込むつもりです。ではまたお会いします。ごきげんようお元気で!!


私は、聖職者になったとは思っていませんが、毎日の日課の祈りを復活させて、職業牧師や、神父顔負けの生活が戻ってきました。長いこと実は、中年、壮年になった自分にあまりも気軽に先輩面?親面?する方々、妻面?子供面?する若い方々のあまりにいい加減な態度に耐え切れず、長いことアダルト映画鑑賞に自分を痛めつけておりました。




今回は、法律家としての自分が尊敬する聖アルフォンソ司教に久しぶりに感動を覚えています。私は、裁判員に選ばれてそれを拒否するなどというカトリック聖職者集団の主張に賛同するようなことはありません。









それは、100人100様であり、互いに受け入れがたいことであったりしているのです。





