読書とかいろいろ日記

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第453号 『原発安全革命』

2011年07月03日 | メルマガお奨め本
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週刊 お奨め本
2011年7月3日発行 第453号
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『原発安全革命』 古川和男
¥800+税 文芸春秋(文春新書) 2011/5/20発行
ISBN978-4-16-660806-5
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福島原発事故は収束の見込みがいまだ見えてきません。
東電がどんな青写真を描いてみせようとも、政府がどんな復興支援を立ち上げようとも(というほどの具体的な方策がそもそも見えないわけですが)、道は険しいと言わざるを得ない状態です。

すべては原発のせい。
原発事故さえなければ、東日本大震災後の復旧はとうに軌道に乗っていたはず。
原発そのものがなかったら。
せめて安全設計がもっともっと万全だったら。
東電や原子力安全・保安院がかねて主張してきた程度の安全が本当に確保されていれば、ここまで被害は深刻にはならなかったはず。

口先ばかりで安全を振りかざしておいて、いざとなったら「想定外」。想定外に備えてこその対策だろうに。


……と、おもわず原発への不満・憤りが爆発してしまいました。
個人的には、原発は全基廃炉希望です。
人類にはまだ制御しきれない機能だったのだから、勇気ある撤退を選択すべきだと思います。
だいたい、核廃棄物の処分もろくに確立できてないくせに、子孫が何とかするだろって見切り発車しちゃうその神経がわからない。孫子の代にツケを廻すような真似がよくできるな。


という状態で、出会ったのが、この本。
原発は原発でも、安全な原発だという。
本当か~~~~? ← おもいっきり懐疑的。


著者は従来型の原子力発電所を、そのままでは安全が確保できず、経済性も不十分な劣った技術だと決め付ける。
起きるべくして起きた事故だとまでは言ってないが、行間にニュアンスをぷんぷん感じる。安全なシステムにさっさと切り替えておけばこんなことにはならなかったのに…という怒りを感じる。


古川の科学者としての、技術者としての、自信と誇りが本書に漲っている。
同時に、これだけの優れたシステムが正当な評価を受けていないことへの怒りと、皆が正しく事実を知れば、当然受け入れられるはずなのに、という信念を感じる。

たとえば福島原発にだって、事故が起きるまでは「これはすばらしい発電所だ、事故なんて起きようがない」と心から信じてる人はきっといたと思う。だから信念を持っている人がいるからって、それがすばらしいという保証には決してならないのだけど、それでも、たとえば東電上層部の「おまえら保身以外何も考えてないだろう!」というような連中が推進する原発システムよりは信頼できそうな気はする。



著者古川和男が提唱する新システムのポイントは三つ。
・液体燃料を使う。
・トリウムを使う。
・小型化する。

福島やチェルノブイリで起きたような事故を、原理的に起こさない原発。

そもそも、従来型の原子力発電所は、「火力発電の原理」によって作られている。
石炭や石油を燃やした熱で湯を沸かし、水蒸気でタービンを回して発電する。石炭や石油を核燃料に置き換えただけ。
これは、核エネルギー発電の原理に反していて、だから安全管理は「多重防護という無理筋対応」にせざるを得ず、不都合を力技で押さえ込むために保守・点検は複雑怪奇となって、不都合が複合的に重なるともう手に負えなくなる……それが福島の現状なのだ。

「化学プラント」は液体が正道である。
溶融塩を利用した液体核燃料を利用することで、炉の構造をシンプルにでき、安全管理も容易になる。
「核分裂連鎖反応をとめる」「核燃料の崩壊熱を冷ます」「放射性物質を閉じ込める」というすべての面で、原理的にきわめて安全であると主張する。

なにより、現状の軽水炉原発ではプルトニウムが生まれる。
その処分に世界中が困っていて(2日の朝刊にモンゴルの核処分場構想の記事が載ってましたっけ…)、なにしろプルトニウムは核兵器の材料となるので、取り扱いは危険極まりないのである。
ところが古川が提案する新炉は、プルトニウムを生まないどころか、燃やすことができる。処分に困るプルトニウムの消滅に一役買える。

しかもトリウムは埋蔵量が充分で、寡占国による政治支配の心配もない。



……なんだか、読んでいるといいこと尽くめです。
そりゃもう夢の技術ってなもんです。


それなのにどうしてこの新原発構想が日の目を見ないのか?(それとも水面下で専門家内では話題になってるのかもしれないけど、一般市民にはわからん)
どうやらそれは、核エネルギー利用がそもそも軍事利用から始まったという歴史が悲劇の元とのこと。
核爆弾、原子力潜水艦に利用できることが、求められた第一義で、経済性や安全性や使い勝手は二の次三の次。そしていったんビジネスモデルとして成立すると、利権に群がる企業が方向転換を許さない。

じっさい、これだけの事故が起きたにもかかわらず、いまだに原発推進を主張してはばからない連中が存在することに驚かされます。
きっとこういう人たちが、いったん国が戦争をすると決めたら、どんなに勝ち目がなくて前線で兵士がばたばたと殺されていっても、敗戦を受け入れず一億総玉砕とかいうんでしょうね……。



実際のところ、ここに書かれているシステムがほんとうに安全なのか、効率性・経済性が優れているのか、って点については、本書を読んでも私には完璧に信頼できるわけではありません。
なにしろ素人なので。
多くの皆さんに、読んでいただいて判断していただければと思います。


結論を言っちゃえば、安全だろうがなんだろうが、原発というだけで拒否反応があるんですよ、私は。
感情論です。わかってます。



それでも、とにかく今の原発が限界だということだけは間違いないと思われます。
その非効率性、危険性の理由が鮮やかに説明されていて、それだけでも読んだ価値はありました。

原発全炉廃炉希望ですが、どーしてもどーしても発電事情がそれを許さないというのなら(私は原子力ナシでも発電量は足りると思ってんですけどね)、百歩譲るどころか一万歩くらい譲って、それならせめて少しでも安全な原発にしてほしいと思うのです。
少しでも安全な原発に、本書の内容は、近いような印象を受けました。


今の原発はどう考えても危険すぎる…。



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原発安全革命 (文春新書)
古川 和男
文藝春秋

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