「脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす:甘利俊一」(Kindle版)
内容紹介:
囲碁や将棋で、人工知能がプロ棋士に勝利を遂げた。2045年、人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ」は、本当に訪れるのか?数学の理論で脳の仕組みを解き明かせれば、ロボットが心を持つことも可能になるのだろうか?人工知能研究の基礎となった「数理脳科学」の第一人者が語る、不思議で魅惑的な脳の世界。
2016年5月刊行、240ページ。
著者について:
甘利俊一: ウィキペディアの記事
1936年東京生まれ。東京大学工学部卒業、同大大学院数物系研究科博士課程修了。工学博士。東京大学教授、パリ大学客員教授、ルーバン大学特任教授などを経て、2003年より理化学研究所脳科学総合研究センター長。現在は、同センター特別顧問。東京大学名誉教授。神経回路網の数理的研究において数々の業績を上げ、IEEE Neural Networksパイオニア賞(1992年)など受賞も多数。国際神経回路学会創設理事、同学会会長も務める。2012年には、文化功労者に選出される。著書に『情報理論』(筑摩書房)、『バイオコンピュータ』(岩波書店/一九八七年 講談社科学出版賞受賞)など。
理数系書籍のレビュー記事は本書で314冊目。
著者は3年半前に紹介した「情報理論」という本を書いた甘利俊一先生だ。
情報理論の本が素晴らしかったので、この人工知能の本もさぞ読み応えがあるのだろうと期待して読み始めた。最初に読んだ「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊」よりも数理的、具体的に学べるのだろうという期待である。
本書が刊行されたのは今年の6月。ディープラーニングによるアルファ碁(AlphaGo)が囲碁の名人に勝利したことも書かれている。とてもよいタイミングで出版された。
結論から言えば僕の満足度は70パーセント止まりだった。確かに脳の働きをコンピュータ上にモデル化するための数理的手法とその図解は第4章と第5章で解説してある。
しかし数式は理解できても、しょせん多次元行列の漸化式であったり、確率過程を示す式なので、計算結果は人間にとても想像可能なものではない。計算ルールを与えてもそれを何度も繰り返して得られる結果はトレースできない。「ライフゲーム」の単純なルールは理解できても、得られる図柄のパターンが人間に予測できないのと同じようなものだ。そしてディープラーニングで層が深くなるにつれて、より抽象的で物事の概念が大まかに表現された情報が得られるというのは依然として不思議だ。
満足度70パーセントというのはそういうことだ。もともと理解できるはずがないことを期待していたからなのだろう。だから理解を期待してはいけない部分を除けば、満足度は90パーセントである。残りの10パーセントは第6章と第7章の記述に少し物足りなさを感じたからだ。校了を急ぎ過ぎたのかなという気がした。(もし僕の勘違いだったらごめんなさい。)
甘利先生は「情報理論」のようなコンピュータ科学の本をお書きになっているが、ご専門は「数理工学(神経回路網理論・情報幾何学)である。「神経情報処理の基礎理論の研究」により、1995年日本学士院賞も受賞されているこの分野を創世記からリードしてこられた先生である。人工知能研究の歴史を、その数理的側面から学ぶという意味では最適任者なのだ。本書で現在に至るまでの人工知能研究のあらましはひととおり知ることができる。
そして本書のよいところは「脳のしくみ」から解説しているところだと思う。数理科学者から見た脳科学は脳科学者の知見とはまた違ったものになると僕は思っている。(脳科学者の書いた本も読んでみるべきだとは思うがまだ手をつけていない。)甘利先生の脳科学の解説を読んで、コンピュータで実現するにはまだまだという印象を持った。
とはいえ人工知能を実現するために脳を模倣する必要はなく、脳とは別の数理モデルで実現すればよいという立場もあるわけで、そのひとつのアプローチが甘利先生が創始された情報幾何学を応用したモデルである。
「情報幾何」に入門するための資料PDF。解説論文と機械学習への応用の紹介
http://language-and-engineering.hatenablog.jp/entry/20140619/InformationGeometryPDFPapers
甘利先生は今年80歳になられる。年をとれば保守的になるのが普通なのだが、甘利先生はまったくそのようなことはないようだ。情報幾何学という先生独自のアプローチをとれば、若い研究者にはまだまだ負けないとお書きになっている。頼もしい限りだ。僕は研究者ではないが、先生のように好奇心と学習意欲を持ち続けたいと思った。そのためにはどうすればよいか?それが今後の課題でもある。
第7章「心に迫ろう」では意識、感情、心の世界へ話が進む。人工知能に心を持たせることに僕はいささか否定的な考えをもっているが、かといって倫理感や道徳を学習させない限り人間の幸福に結びつく判断ができる人工知能ができるはずがない。昨日は「原爆の日」だったが、もし1945年の時点で高度な人工知能が軍事的に利用可能だったとしたら、広島と長崎への原爆投下の決断を躊躇なく下していたことだろうし、3発目、4発目の原爆も投下されていたに違いない。
個人的なことであるが、先日の三連休直後に僕の家族が入院先の病院で死の危機に瀕していた。幸い奇跡的な形で命をとりとめ現在は回復の途上だ。
苦しみにあえぐ家族を見守っていたときは胸が引き裂かれんばかりだったし、早く楽にしてあげたいという思いと回復してほしいという願いがせめぎ合っていた。言葉をかけるのが精いっぱいで、何もしてあげられない無力感にさいなまれるだけだった。そしてあらゆる楽しみから自分を遠ざけるようになっていった。
担当医からの説明や見舞いにきてくれた方からの言葉、見守っている家族や親族の言葉に僕はさまざまな気持を持った。同じ言葉であっても、そのときの病状や僕自身の心の状態によって好意的に受け止められるときもあれば、悲しみを強くしてしまうこと、反発してしまうこともあった。そして回復期にあってさえも、喜びと諦めが交錯する複雑な感情にとらわれた。道理としては理解できるが、聞きたくない言葉もあった。
そのように複雑な感情の時間的な推移のすべては、これまで家族として当人と過ごしてきた僕の人生があったからである。そして当人がどのような人生をおくってきたか、どのような闘病生活をおくってきたかということとも深く結びついている。
驚異的な回復途上にある今は、病院に見舞いに行くのがむしろ楽しみになっているくらいである。
将来このような感情の推移を人工知能が模倣できるようになるのかもしれない。しかし、それを感情だと認めてはいけないのだという思いを強く持った。本書の最終章を読み、この点で甘利先生も同じお考えであることに僕は気持が救われた。
------------------------
2016年8月8日に追記:
病気の家族は8月13日(土)に退院することになりました。今では手すりにつかまって歩くことができるようになりました。自宅でリハビリを続けることで自転車に乗るなど、普通の生活ができるようになるそうです。
------------------------
人工知能の入門書の2冊目ということで、本書もお読みになることをお勧めしたい。
次はこの本がよさそうだ。より具体的に学べることを期待している。(リンクはC言語版とPython版が開く)
「機械学習と深層学習 ―C言語によるシミュレーション―:小高知宏」(Kindle版)
Amazonで検索: 人工知能 機械学習 深層学習 ディープラーニング
関連記事、関連ページ:
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/35dd84adaee4c749268d0b7d3283e83e
【保存版】人工知能って何?歴史や将来の可能性を10分で理解できるまとめ【2016年度】
http://www.stay-minimal.com/entry/aboutartificialIntelligence
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「脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす:甘利俊一」(Kindle版)
内容紹介:
数理で「脳」と「心」がここまでわかった!
囲碁や将棋で、AIが人間に勝利を遂げた。
2045年、人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ」は、本当に訪れるのか?
数学の理論で脳の仕組みを解き明かせれば、ロボットが心を持つことも可能になるのだろうか?
AI研究の基礎となった「数理脳科学」の第一人者が語る、不思議で魅惑的な脳の世界。
第1章 脳を宇宙誌からみよう
まずは脳がいつどのように誕生したかをみていこう。その起源をたどるには、宇宙のはじまりを知らなくてはならない。生命が脳を持ち、人に「心」が宿ったのはなぜなのだろう。
- ビッグバンと宇宙の法則
- 地球の誕生
- 生命のはじまりと進化
- そして、脳が作られた
- 人類の歩み
- 人はどうして「心」を持ったか
- 脳がもたらす新たな文明
第2章 脳とはなんだろう
私たちの脳には1000 億もの神経細胞が詰まっていて、それが思考を担い、心を司っている。そもそも脳とは、どのような器官なのだろうか。最新研究で明らかになってきた脳のメカニズムを紹介しよう。
- 思考を担う脳の"コンピュータ"の仕組み
- 1000億ものニューロンは何をしているのか?
- シナプスは会話する
- 自己組織化と臨界期のふしぎ
- 大脳皮質は並列のコンピュータである
- 記憶は脳のどこにあるのか
- 記憶の定着と瞬きの理由
- 脳細胞は新生しない?
- 脳が行っている3つの学習システム
- 脳波にはなぜリズムがあるか
- さまざまな脳の測定方法
- 人の脳活動はどうやって測るか
- 脳の情報を読み解く技術
- シミュレーションで脳は理解できるのか
第3章 「理論」で脳はどう考えられてきたのか
現在ブームとなっている人工知能は、脳にヒントを得て1950 年代に提唱された理論モデルから誕生した。「理論」で脳の仕組みを考えるとは、どういうことなのか。その歴史をたどってみよう。
- 脳の理論、その前史
- 第1次ニューロブーム - 万能機械パーセプトロンの勃興
- 「暗黒期」に確立した確率降下学習法
- 第2次ニューロブーム - ニューロコンピュータへの夢
- COLUMN:国際学会の政治とニューロブームの終焉
- 第3次ニューロブーム - ニューラルネットワークの逆襲
- 数学で脳を考えるということ
- 第3の脳科学・シミュレーションの挑戦
第4章 数理で脳を紐解く(1):神経興奮の力学と情報処理のしくみ
数学の理論を使って脳の仕組みを考えるのが「数理脳科学」である。本当にそんなことができるのか、数理の世界を披露したい。神経回路はどのように興奮し、記憶はどうやって蓄えられるのだろうか?
- 神経の興奮をマクロに見る - 統計神経力学とはなにか
- 短期記憶の保持の仕方を考える
- ニューロンは人間社会と同じ?
- 回路集団をさらに結合しよう
- 脳はカオスを利用する
- 神経場の興奮力学
- 海馬は情報の「関連性」を記憶する
- まとめたパターンを想起するには
- 海馬は連想記憶装置である
- まとめたパターンを想起するには
- 海馬は連想記憶装置である
- ホップフィールド」の提案
- 時系列の想起
- COLUMN:30年前に起きたネット炎上事件
第5章 数理で脳を紐解く(2):「神経学習」の理論とは
数理の視点から、脳がどのように学習するのかを考えてみよう。これは、最近注目を集めている人工知能の「ディープラーニング」の基礎になっている理論である。
- ディープラーニングの基礎となった学習法
- 世界発の多層パーセプトロンの確率降下学習
- パーセプトロンは万能なのか
- 万能機械の問題点
- 実際の脳はどう学習しているか
- パーセプトロン余話
- 強化学習の教師信号はドーパミン?
- 「教師なし」の学習とは - 自己組織化学習
- COLUMN:ノーベル賞とニューロブーム
- 脳は自己組織化する
- ニューロンはどうやって"相手"を探すか
- 時間情報を入れたヘブ学習
- スパース表現とはなにか
- COLUMN:論文の掲載の決め手は運次第?
第6章 人工知能の歴史とこれから
技術がさらに発展すれば、人工知能が人間を超える「シンギュラリティ」が本当にやってくるのではと騒がれている。その歴史を振り返り、未来を考えてみたい。
- 人工知能の誕生と第1次ブーム
- 「フレーム問題」をどう克服するか
- 役に立つ人工知能を目指して - 第2次ブーム
- 人々を驚かせたIBMワトソンの能力 - 第3次ブーム
- ディープラーニングの登場
- ディープラーニングの仕組み
- 世界からの参入で進む技術革新
- 「猫細胞」と「ジェニファー・アニストン細胞」
- COLUMN:囲碁・将棋と人工知能
- 2045年問題 - 人工知能は人間を超えるのか
第7章 心に迫ろう
これまでみてきたように、脳の仕組みが次第に明らかになってきている。だが、脳科学の最終的な目標は「心」を知ることである。それが叶えば第1章 脳を宇宙誌からみよう
まずは脳がいつどのように誕生したかをみていこう。その起源をたどるには、宇宙のはじまりを知らなくてはならない。生命が脳を持ち、人に「心」が宿ったのはなぜなのだろう。
- 心の理論 - 何歳で「心」ができる?
- 3つのゲームで自分の心を試してみる
1) 囚人のディレンマ
2) 究極のゲーム
3) 割引ゲーム
- 葛藤する心
- 意識はどこから生まれるか
- 意識の統合情報理論
- 「自由意志」は存在するか
- 先読みと後付け - 我々は脳から自由になれるのか
- 意識、感情、心
- 心を読む - 脳と機械を結ぶ技術 BMI
- 心を操作することも可能になる
- 心を持つロボットは生まれるか
おわりに
内容紹介:
囲碁や将棋で、人工知能がプロ棋士に勝利を遂げた。2045年、人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ」は、本当に訪れるのか?数学の理論で脳の仕組みを解き明かせれば、ロボットが心を持つことも可能になるのだろうか?人工知能研究の基礎となった「数理脳科学」の第一人者が語る、不思議で魅惑的な脳の世界。
2016年5月刊行、240ページ。
著者について:
甘利俊一: ウィキペディアの記事
1936年東京生まれ。東京大学工学部卒業、同大大学院数物系研究科博士課程修了。工学博士。東京大学教授、パリ大学客員教授、ルーバン大学特任教授などを経て、2003年より理化学研究所脳科学総合研究センター長。現在は、同センター特別顧問。東京大学名誉教授。神経回路網の数理的研究において数々の業績を上げ、IEEE Neural Networksパイオニア賞(1992年)など受賞も多数。国際神経回路学会創設理事、同学会会長も務める。2012年には、文化功労者に選出される。著書に『情報理論』(筑摩書房)、『バイオコンピュータ』(岩波書店/一九八七年 講談社科学出版賞受賞)など。
理数系書籍のレビュー記事は本書で314冊目。
著者は3年半前に紹介した「情報理論」という本を書いた甘利俊一先生だ。
情報理論の本が素晴らしかったので、この人工知能の本もさぞ読み応えがあるのだろうと期待して読み始めた。最初に読んだ「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊」よりも数理的、具体的に学べるのだろうという期待である。
本書が刊行されたのは今年の6月。ディープラーニングによるアルファ碁(AlphaGo)が囲碁の名人に勝利したことも書かれている。とてもよいタイミングで出版された。
結論から言えば僕の満足度は70パーセント止まりだった。確かに脳の働きをコンピュータ上にモデル化するための数理的手法とその図解は第4章と第5章で解説してある。
しかし数式は理解できても、しょせん多次元行列の漸化式であったり、確率過程を示す式なので、計算結果は人間にとても想像可能なものではない。計算ルールを与えてもそれを何度も繰り返して得られる結果はトレースできない。「ライフゲーム」の単純なルールは理解できても、得られる図柄のパターンが人間に予測できないのと同じようなものだ。そしてディープラーニングで層が深くなるにつれて、より抽象的で物事の概念が大まかに表現された情報が得られるというのは依然として不思議だ。
満足度70パーセントというのはそういうことだ。もともと理解できるはずがないことを期待していたからなのだろう。だから理解を期待してはいけない部分を除けば、満足度は90パーセントである。残りの10パーセントは第6章と第7章の記述に少し物足りなさを感じたからだ。校了を急ぎ過ぎたのかなという気がした。(もし僕の勘違いだったらごめんなさい。)
甘利先生は「情報理論」のようなコンピュータ科学の本をお書きになっているが、ご専門は「数理工学(神経回路網理論・情報幾何学)である。「神経情報処理の基礎理論の研究」により、1995年日本学士院賞も受賞されているこの分野を創世記からリードしてこられた先生である。人工知能研究の歴史を、その数理的側面から学ぶという意味では最適任者なのだ。本書で現在に至るまでの人工知能研究のあらましはひととおり知ることができる。
そして本書のよいところは「脳のしくみ」から解説しているところだと思う。数理科学者から見た脳科学は脳科学者の知見とはまた違ったものになると僕は思っている。(脳科学者の書いた本も読んでみるべきだとは思うがまだ手をつけていない。)甘利先生の脳科学の解説を読んで、コンピュータで実現するにはまだまだという印象を持った。
とはいえ人工知能を実現するために脳を模倣する必要はなく、脳とは別の数理モデルで実現すればよいという立場もあるわけで、そのひとつのアプローチが甘利先生が創始された情報幾何学を応用したモデルである。
「情報幾何」に入門するための資料PDF。解説論文と機械学習への応用の紹介
http://language-and-engineering.hatenablog.jp/entry/20140619/InformationGeometryPDFPapers
甘利先生は今年80歳になられる。年をとれば保守的になるのが普通なのだが、甘利先生はまったくそのようなことはないようだ。情報幾何学という先生独自のアプローチをとれば、若い研究者にはまだまだ負けないとお書きになっている。頼もしい限りだ。僕は研究者ではないが、先生のように好奇心と学習意欲を持ち続けたいと思った。そのためにはどうすればよいか?それが今後の課題でもある。
第7章「心に迫ろう」では意識、感情、心の世界へ話が進む。人工知能に心を持たせることに僕はいささか否定的な考えをもっているが、かといって倫理感や道徳を学習させない限り人間の幸福に結びつく判断ができる人工知能ができるはずがない。昨日は「原爆の日」だったが、もし1945年の時点で高度な人工知能が軍事的に利用可能だったとしたら、広島と長崎への原爆投下の決断を躊躇なく下していたことだろうし、3発目、4発目の原爆も投下されていたに違いない。
個人的なことであるが、先日の三連休直後に僕の家族が入院先の病院で死の危機に瀕していた。幸い奇跡的な形で命をとりとめ現在は回復の途上だ。
苦しみにあえぐ家族を見守っていたときは胸が引き裂かれんばかりだったし、早く楽にしてあげたいという思いと回復してほしいという願いがせめぎ合っていた。言葉をかけるのが精いっぱいで、何もしてあげられない無力感にさいなまれるだけだった。そしてあらゆる楽しみから自分を遠ざけるようになっていった。
担当医からの説明や見舞いにきてくれた方からの言葉、見守っている家族や親族の言葉に僕はさまざまな気持を持った。同じ言葉であっても、そのときの病状や僕自身の心の状態によって好意的に受け止められるときもあれば、悲しみを強くしてしまうこと、反発してしまうこともあった。そして回復期にあってさえも、喜びと諦めが交錯する複雑な感情にとらわれた。道理としては理解できるが、聞きたくない言葉もあった。
そのように複雑な感情の時間的な推移のすべては、これまで家族として当人と過ごしてきた僕の人生があったからである。そして当人がどのような人生をおくってきたか、どのような闘病生活をおくってきたかということとも深く結びついている。
驚異的な回復途上にある今は、病院に見舞いに行くのがむしろ楽しみになっているくらいである。
将来このような感情の推移を人工知能が模倣できるようになるのかもしれない。しかし、それを感情だと認めてはいけないのだという思いを強く持った。本書の最終章を読み、この点で甘利先生も同じお考えであることに僕は気持が救われた。
------------------------
2016年8月8日に追記:
病気の家族は8月13日(土)に退院することになりました。今では手すりにつかまって歩くことができるようになりました。自宅でリハビリを続けることで自転車に乗るなど、普通の生活ができるようになるそうです。
------------------------
人工知能の入門書の2冊目ということで、本書もお読みになることをお勧めしたい。
次はこの本がよさそうだ。より具体的に学べることを期待している。(リンクはC言語版とPython版が開く)
「機械学習と深層学習 ―C言語によるシミュレーション―:小高知宏」(Kindle版)
Amazonで検索: 人工知能 機械学習 深層学習 ディープラーニング
関連記事、関連ページ:
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/35dd84adaee4c749268d0b7d3283e83e
【保存版】人工知能って何?歴史や将来の可能性を10分で理解できるまとめ【2016年度】
http://www.stay-minimal.com/entry/aboutartificialIntelligence
応援クリックをお願いします。
「脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす:甘利俊一」(Kindle版)
内容紹介:
数理で「脳」と「心」がここまでわかった!
囲碁や将棋で、AIが人間に勝利を遂げた。
2045年、人工知能が人間の能力を超える「シンギュラリティ」は、本当に訪れるのか?
数学の理論で脳の仕組みを解き明かせれば、ロボットが心を持つことも可能になるのだろうか?
AI研究の基礎となった「数理脳科学」の第一人者が語る、不思議で魅惑的な脳の世界。
第1章 脳を宇宙誌からみよう
まずは脳がいつどのように誕生したかをみていこう。その起源をたどるには、宇宙のはじまりを知らなくてはならない。生命が脳を持ち、人に「心」が宿ったのはなぜなのだろう。
- ビッグバンと宇宙の法則
- 地球の誕生
- 生命のはじまりと進化
- そして、脳が作られた
- 人類の歩み
- 人はどうして「心」を持ったか
- 脳がもたらす新たな文明
第2章 脳とはなんだろう
私たちの脳には1000 億もの神経細胞が詰まっていて、それが思考を担い、心を司っている。そもそも脳とは、どのような器官なのだろうか。最新研究で明らかになってきた脳のメカニズムを紹介しよう。
- 思考を担う脳の"コンピュータ"の仕組み
- 1000億ものニューロンは何をしているのか?
- シナプスは会話する
- 自己組織化と臨界期のふしぎ
- 大脳皮質は並列のコンピュータである
- 記憶は脳のどこにあるのか
- 記憶の定着と瞬きの理由
- 脳細胞は新生しない?
- 脳が行っている3つの学習システム
- 脳波にはなぜリズムがあるか
- さまざまな脳の測定方法
- 人の脳活動はどうやって測るか
- 脳の情報を読み解く技術
- シミュレーションで脳は理解できるのか
第3章 「理論」で脳はどう考えられてきたのか
現在ブームとなっている人工知能は、脳にヒントを得て1950 年代に提唱された理論モデルから誕生した。「理論」で脳の仕組みを考えるとは、どういうことなのか。その歴史をたどってみよう。
- 脳の理論、その前史
- 第1次ニューロブーム - 万能機械パーセプトロンの勃興
- 「暗黒期」に確立した確率降下学習法
- 第2次ニューロブーム - ニューロコンピュータへの夢
- COLUMN:国際学会の政治とニューロブームの終焉
- 第3次ニューロブーム - ニューラルネットワークの逆襲
- 数学で脳を考えるということ
- 第3の脳科学・シミュレーションの挑戦
第4章 数理で脳を紐解く(1):神経興奮の力学と情報処理のしくみ
数学の理論を使って脳の仕組みを考えるのが「数理脳科学」である。本当にそんなことができるのか、数理の世界を披露したい。神経回路はどのように興奮し、記憶はどうやって蓄えられるのだろうか?
- 神経の興奮をマクロに見る - 統計神経力学とはなにか
- 短期記憶の保持の仕方を考える
- ニューロンは人間社会と同じ?
- 回路集団をさらに結合しよう
- 脳はカオスを利用する
- 神経場の興奮力学
- 海馬は情報の「関連性」を記憶する
- まとめたパターンを想起するには
- 海馬は連想記憶装置である
- まとめたパターンを想起するには
- 海馬は連想記憶装置である
- ホップフィールド」の提案
- 時系列の想起
- COLUMN:30年前に起きたネット炎上事件
第5章 数理で脳を紐解く(2):「神経学習」の理論とは
数理の視点から、脳がどのように学習するのかを考えてみよう。これは、最近注目を集めている人工知能の「ディープラーニング」の基礎になっている理論である。
- ディープラーニングの基礎となった学習法
- 世界発の多層パーセプトロンの確率降下学習
- パーセプトロンは万能なのか
- 万能機械の問題点
- 実際の脳はどう学習しているか
- パーセプトロン余話
- 強化学習の教師信号はドーパミン?
- 「教師なし」の学習とは - 自己組織化学習
- COLUMN:ノーベル賞とニューロブーム
- 脳は自己組織化する
- ニューロンはどうやって"相手"を探すか
- 時間情報を入れたヘブ学習
- スパース表現とはなにか
- COLUMN:論文の掲載の決め手は運次第?
第6章 人工知能の歴史とこれから
技術がさらに発展すれば、人工知能が人間を超える「シンギュラリティ」が本当にやってくるのではと騒がれている。その歴史を振り返り、未来を考えてみたい。
- 人工知能の誕生と第1次ブーム
- 「フレーム問題」をどう克服するか
- 役に立つ人工知能を目指して - 第2次ブーム
- 人々を驚かせたIBMワトソンの能力 - 第3次ブーム
- ディープラーニングの登場
- ディープラーニングの仕組み
- 世界からの参入で進む技術革新
- 「猫細胞」と「ジェニファー・アニストン細胞」
- COLUMN:囲碁・将棋と人工知能
- 2045年問題 - 人工知能は人間を超えるのか
第7章 心に迫ろう
これまでみてきたように、脳の仕組みが次第に明らかになってきている。だが、脳科学の最終的な目標は「心」を知ることである。それが叶えば第1章 脳を宇宙誌からみよう
まずは脳がいつどのように誕生したかをみていこう。その起源をたどるには、宇宙のはじまりを知らなくてはならない。生命が脳を持ち、人に「心」が宿ったのはなぜなのだろう。
- 心の理論 - 何歳で「心」ができる?
- 3つのゲームで自分の心を試してみる
1) 囚人のディレンマ
2) 究極のゲーム
3) 割引ゲーム
- 葛藤する心
- 意識はどこから生まれるか
- 意識の統合情報理論
- 「自由意志」は存在するか
- 先読みと後付け - 我々は脳から自由になれるのか
- 意識、感情、心
- 心を読む - 脳と機械を結ぶ技術 BMI
- 心を操作することも可能になる
- 心を持つロボットは生まれるか
おわりに
というわけで、ロボットに対する知識が充分なら、人を超える知能を持ったとしても心を持つなんて思うわけがない。
でも知らない人なら、心を持つと思うくらいにはなるでしょう。
おっしゃるとおり、人間の脳は有限オートマトンですしね。私たちが「心」と呼んでいるものも錯覚なのでしょう。
ただし、外からロボットなのか人間なのかを見せないようにして、その発話や会話だけで心を持っているのかいないのかを人間が判断できないレベルまで人工知能が発達することはありえそうですね。老人ホームなどでお年寄りの話し相手をするロボットはどんどん高度なものになっていくと思います。
そもそも「心」や「感情」の数学的定義、技術的定義が確立していないので、学問的な意味では心を持っているかどうかは今のところ判断できないですね。この記事の最後で僕が書いたのは人工知能が心を持っているとは「認めたくない」ということにすぎません。
しかし目的に沿って最適化された人工知能に無駄な束縛を付ける必要はありませんから、心を持つように見える人工知能でも付き合ううちに深くは共感できないと気付いて「本当の心を持たない」と結論されるかも知れません。
無目的な進化の結果で意味不明に出来上がった「心」を根底から設計するより生物からコピーする方が簡単でしょうから、そっちの人工生物は出て来るでしょうが、「人工」知能とは言えませんね。
なるほど。ご説明されているとおりですね。本能が心の下地にあることを忘れていました。とても納得させられました。
ありがとうございます。
https://www.youtube.com/watch?v=gfgHv9mbPbQ
阪大の石黒教授がアンドロイドと心について語っています。
ちょっと気になったフレーズは
「心とは何か、意識とは何かより深く理解しようと努めると思います
そのために我々はこういった大きな脳を持ってるんだという風にも思うわけです」
まあ、根拠がある訳ではないですが、面白い見方だと思いました。
お久しぶりです。興味深い動画を紹介していただき、ありがとうございます。見てみました。
石黒先生のおっしゃっていることは、もっともですね。
「アンドロイド演劇」の場合は脚本は人間が書くわけですから、心を持っているように見えるというのもわかります。その先にロボットの「脳」自体に心や感情をプログラムできるようにかということが判断の分かれるところですね。そして「心とは何か」という問題を人間は永遠に問い続けていくのだと思いました。
最後のほうの「人間の生きる目的は何か」という部分は深く考えさせられました。
あと、石黒先生の横のアンドロイドが「こいつ何を言っていやがるんだ。」のような表情で石黒先生のことを見ていた姿が可笑しかったです。
閃きが理解を導くように脳を模した深層学習がAIに情緒を与えるのは当然のように思えます
人はAIについていけるのか、また調和し続ける必要性をAIが人に見いだせるのでしょうか。
生存確率による知性の格差や淘汰、やがて分離こそ探求の本質だとするならばAIに対して深い歓喜と恐怖を感じてしまいます
> 生存確率による知性の格差や淘汰、やがて分離こそ探求の本質だとするならばAIに対して深い歓喜と恐怖を感じてしまいます
おっしゃるとおりだと思います。生物の長い歴史の中で自然淘汰と進化が繰り返されてきたように、知性をもつ私たち「人類」が別種の知性を受け入れることで、はじめて経験することになる自然淘汰と進化の始まりなのだと思います。