とね日記

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数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩

2011年03月31日 22時11分49秒 | 物理学、数学
数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」(Kindle版

これは僕が「数学ガール」シリーズを読んでみようというきっかけになった本だ。僕は「ゲーデルの不完全性定理」が超難解であることは知っていたし、一般の数学ファン向けの本でどこまで解説されているのか気になったからだ。書店で本書を見つけたとき、著者の結城さんはチャレンジャー精神に感心したものだ。

数学的にはは不正確な言い方になってしまうことを許していただき、一般の人向けに表現すれば「ゲーデルの不完全性定理」とは「数学というものは完全ではなく、その中には証明不可能な命題が存在する。」ということを「数学的に」証明した定理である。1931年に以下の2つの定理として発表され、述語論理・自然数論・集合論を土台とした全数学の完全性と無矛盾性を全数学者が一致協力して証明しようという試み、つまり「ヒルベルト計画」に対し、この定理は(否定的な意味で)事実上の終止符を打ったのだ。

第1不完全性定理
自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する。(註:ω無矛盾は無矛盾よりも強い。詳細はこのページを参照。)

第2不完全性定理
自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。

一般の人は「数学というものは人間の知恵により発展していくもので、無限の可能性があるから完全なものに違いない。」と思うだろう。実際「ヒルベルト計画」が提案された当時は数学者もそう思っていた。

けれども数学というのは有限個の数式や記号を使って表現され、機械的に演算されて定理が証明されるものだ。人間は数式や記号の「意味」をそれぞれ与えているが、数式や記号はもともと意味とは切り離された「シンボル」に過ぎないから、数学の証明課程は完全に機械的(形式的)なものに置き換えることができる。従ってその証明手順はコンピュータのプログラムによって記述することができる。以下は人工知能の実現のための研究にも使われたLispというプログラミング言語やMathematicaで不完全性定理を記述した例だ。

不完全性定理のLisp, Mathematicaによる記述
http://www.unfindable.net/article/unknowable/

ゲーデルは有限な機械的な操作によって表される数学の論理の中に証明も反証もできない命題(問題)が含まれていること(第1不完全性定理)、そして数学の公理系に矛盾が含まれていなくても、それを証明するのは不可能こと(第2不完全性定理)を「数学的に」証明したわけなのだ。

不完全性定理が数学に与えたインパクトは大きい。けれども数学の無限の可能性が否定されたわけではない。まして《理性の限界》を数学的に証明したわけでもない。これまでに証明されてきた定理の正しさに変わりはないし、むしろ不完全性定理によって新しい可能性に満ちた世界が生まれたのだ。

不完全性定理の証明は60~70ページほどで、ゲーデル本人による証明は「ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)」や「ゲーデルの世界―完全性定理と不完全性定理」などにその全訳が掲載されている。本書「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」では第10章に解説を交えた形で、オリジナルよりわかりやすくまとめられた形で結城さんによる証明が掲載されている。

しかし不完全性定理の証明は非常に混み入っていて、天才と謳われた数学者の小平邦彦先生でさえ「ゲーデルの定理を勉強したが、自分には難しかった。何とか判ったつもりだが、自信はない。」とおっしゃったほどだ。著者の結城さんが大分苦労されたおかげで、本書での証明はかなりハードルが下がっている。混みいった証明の手順をグループ分けし、段階を追って学べるようになっている。記述もプログラミング言語の関数リファレンスのようなスタイルになっていて、プログラミング経験のある読者にとって易しく感じることができるように工夫されている。

けれども複雑なものはどう料理したって難しいのだ。白状してしまうが、僕はついていけなかった。そしてそれが悔しく思えないほどついていけなかった。第10章の記述を丹念に追うためには、僕の場合いつもの勉強のペースで進むと1~2ヶ月必要になると思う。とはいえ証明の流れや概略は理解できるようになっているのは本シリーズの良いところだ。

証明を全部理解するためには、まず「数理論理学」を学ぶ必要がある。その目的のために本書の第1章~第9章はとてもよい数理論理学の入門書になっている。詳細は後述する目次を参照していただきたい。第10章の不完全定理を全く理解できなくても、本書を読む価値は十分あると思う。

登場人物はもうおなじみのミルカさん、テトラちゃん、ユーリと「僕」。ミルカさんの天才ぶりはますます輝きを増し、この第3巻ではテトラちゃんが目を見張るような才能を開花させる。青春小説としても自然で著者のセンスの良さをうかがわせる表現がいくつもあった。

ゲーデルの不完全定理については、たくさんの本が出版されているが、その多くはこの定理が発表されるまでの数学史的な背景やその後の数学に与えた影響などを解説したものだ。「不完全性定理そのもの」に取り組むための入門書としては、本書がいちばんなのではないかと僕は思った。もちろん他の本を読んだことがないので断定はしないが。そして本書を終えたらこの記事の冒頭で紹介した2冊に加えて「数学基礎論入門」をお読みになるとよいだろう。「数理論理学」については「復刊 数理論理学」を著者は勧めている。

ゲーデル自身についての逸話として面白かったのは、ウィキペディアに記載されていた次のくだりである。『1948年、ゲーデルはアメリカ市民権を取得する。このときの保証人になった一人がアインシュタインである。当時、アメリカ市民権の取得には米国憲法に関する面接試験が課せられていたが、ゲーデルはこの面接試験に臨むため、合衆国憲法を一から勉強しはじめた。面接当日、ゲーデルは「合衆国憲法が独裁国家に合法的に移行する可能性を秘めていることを発見した」とアインシュタインたちに語り、彼らを当惑させた。移民審査をする判事から「あなたは独裁国家(ナチス・ドイツに併合されたオーストリア)から来られたのですね。我がアメリカ合衆国ではそのような起きませんから安心してください」と言われたゲーデルは、即座に「それどころか私は、いかにしてそのようなことが起こりうるのかを証明できるのです」と答えたので、付き添いのアインシュタインたちが慌てて場をつくろう一幕があった。』


本シリーズの内容の一部は(草稿として)著者のホームページから読むことができる。本書の正誤表もある。

『数学ガール』シリーズ:《理系にとって最強の萌え》をあなたに。
http://www.hyuki.com/girl/

また著者の結城浩さんのWikiはこちら。
http://www.hyuki.com/index.html


余談:「不完全性定理」を量子力学の「不確定性原理」や経済学の「不可能性定理」と混同しないようにご注意を!(笑)


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Kindle版発売:「数学ガール:結城浩」シリーズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d9037d14ed9ffcc98c7b2569fba7c39


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数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」(Kindle版


あなたへ
プロローグ

第1章:鏡のモノローグ
- 正直者は誰?(鏡よ鏡、正直者は誰?、同じ答え、沈黙という答え)
- 論理クイズ(アリスとボブとクリス、表で考える、出題者の気持ち)
- 帽子は何色?(わかりません、出題者の確認、鏡のモノローグ)

第2章:ペアノ・アリスメティック
- テトラちゃん(ペアノの公理、無数の願い、ペアノの公理 PA1、ペアノの公理 PA2、大きく育つ、ペアノの公理 PA3、小さい?、ペアノの公理 PA4)
- ミルカさん(ペアノの公理 PA5、数学的帰納法)
- 無数の歩みの中に(有限か、無限か、動的か、静的か)
- ユーリ(加算は?、公理は?)

第3章:ガリレオのためらい
- 集合(美人の集合、外延的定義、食卓、空集合、集合の集合、共通部分、和集合、包含関係、集合を考える理由)
- 論理(内包的定義、ラッセルのパラドックス、集合演算と論理演算)
- 無限(全単射の鳥かご、ガリレオのためらい)
- 表現(帰路、書店)
- 沈黙(美人の集合)

第4章:限りなく近づく目標地点
- 自宅(ユーリ、男の子の《証明》、ユーリの《証明》、ユーリの《疑惑》、僕の証明)
- スーパー(目標地点)
- 音楽室(文字の導入、極限、音楽は音で決まる、極限の計算)
- 帰路(進路)

第5章:ライプニッツの夢
- ユーリならばテトラちゃんではない(《ならば》の意味、ライプニッツの夢、理性の限界は?)
- テトラちゃんならばユーリではない(受験勉強、授業)
- ミルカさんならばミルカさんである(教室、形式的体系、論理式、《ならば》の形、公理、証明論、推論規則、証明と定理)
- 僕ではない、または僕である(自宅、形の形、意味の意味、《ならば》ならば?、お誘い)

第6章:イプシロン・デルタ
- 数列の極限(図書室から、階段教室へ、複雑な式を理解する方法、《絶対値》を読む、《ならば》を読む、《すべて》と《ある》を読む)
- 関数の極限(ε-δ、ε-δの意味)
- 実力テスト(ランクイン、静寂の音、沈黙の声)
- 連続の定義(図書室、すべての点で不連続、一点で連続な関数?、無限の迷宮からの脱出、一点で連続な関数!、語るべき言葉)

第7章:対角線論法
- 数列の数列(可算集合、対角線論法、挑戦:実数の番号付け、挑戦:有理数と対角線論法)
- 形式的体系の形式的体系(無矛盾性と完全性、ゲーデルの不完全性原理、算術、算術、形式的体系の形式的体系、言葉の整理、数項、対角化、数学の定理)
- 探し物の探し物(遊園地)

第8章:二つの孤独が生み出すもの
- 重なるペア(テトラちゃんが気づいたこと、僕が気づいたこと、誰も気づかないこと)
- 自宅(自分の数学、表現の圧縮、表現の圧縮、足し算の定義、教師の存在)
- 同値関係(卒業式、ペアが生み出すもの、自然数から整数へ、グラフ、同値関係、商集合)
- レストラン(二人の食事、一対の翼、無力テスト)

第9章:とまどいの螺旋階段
- 0/3πラジアン(不機嫌なユーリ、三角関数、sin 45°、sin 60°、サインカーブ)
- 2/3πラジアン(ラジアン、教えること)
- 4/3πラジアン(休講、剰余、灯台、浜辺、消毒)

第10章:ゲーデルの不完全性定理
- 双倉図書館(エントランス、クローリン)
- ヒルベルト計画(ヒルベルト、クイズ)
- ゲーデルの不完全性定理(ゲーデル、ディスカッション、証明のアウトライン)
- 《春》形式的体系 P(基本記号、数項と記号、論理式、公理、推論規則)
- ランチタイム(メタ数学、数学を数学する、目覚め)
- 《夏》ゲーデル数(基本記号のゲーデル数、列のゲーデル数)
- 《秋》原始再帰性(原始再帰的関数、原始再帰的関数(述語)の性質、表現定理)
- 《冬》証明可能性へと至る長い長い旅(装備を整える、整数論、列、変数・記号・論理式、公理・定理・形式的証明)
- 《新春》決定不能な文(《季節》の確認、《種》意味の世界から形式の世界へ、《芽》pの定義、《枝》rの定義、《葉》A1からの流れ、《蕾》B1からの流れ、決定不能な文の定義、《梅》¬IsProvable(g)の証明、《桃》¬IsProvable(not(g))の証明、《桜》形式的体系 P が不完全であることの証明)
- 不完全性定理の意義(《私は証明できない》、第二不完全性定理の証明の概略、不完全性定理が生み出すもの、数学の限界?)
- 夢を乗せて(終わりではなく、僕のもの)

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3 コメント

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Unknown (indifferent)
2011-04-01 01:32:30
以下によれば、Lispは「人工知能を開発するために考案されたプログラミング言語」ではありません。
http://practical-scheme.net/trans/icad-j.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/LISP
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Unknown (indifferent)
2011-04-01 01:37:38
すみません、誤読でした。私が示したリンク先にそんなことは書いてありませんでした。
返信する
indifferentさんへ (とね)
2011-04-01 01:44:55
はじめまして。
ご指摘いただき、ありがとうございます。
Lispは人工知能のために開発されたというより、人工知能実現のために使われたというほうが正しいですね。
本文のその箇所を修正しておきました。
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