第8回目の舞鶴公園にこんなもんありますは、
「万葉集巻十五 遣新羅使人の歌」の万葉歌碑です。
少し人通りの少ない、平和台陸上競技場と旧平和台野球場の間にあたる位置にあります。
【万葉歌碑】
今よりは 秋づきぬらし あしひきの
山松かげに ひぐらし鳴きぬ
※「今からはもう秋になってしまったらしい。山の松かげでひぐらしがないたから。」
という意味です。
【昭和四十三年三月建立 福岡市】
のようです。
鴻臚館の前身である「筑紫の館(つくしのむろつみ)」で詠まれた万葉集の歌碑です。
天平時代(西暦736年)新羅へ派遣された使節団の一人が家人と秋に帰る約束をしながら、
秋にやっと筑紫の着いた悲しみを故郷の大和に残した家族に向かって詠まれた万葉歌の石
碑です。
在り処は ココ です。舞鶴公園内、平和台陸上競技場の北東です。
「万葉集巻十五 遣新羅使人の歌」の万葉歌碑です。
少し人通りの少ない、平和台陸上競技場と旧平和台野球場の間にあたる位置にあります。
【万葉歌碑】
今よりは 秋づきぬらし あしひきの
山松かげに ひぐらし鳴きぬ
※「今からはもう秋になってしまったらしい。山の松かげでひぐらしがないたから。」
という意味です。
【昭和四十三年三月建立 福岡市】
のようです。
鴻臚館の前身である「筑紫の館(つくしのむろつみ)」で詠まれた万葉集の歌碑です。
天平時代(西暦736年)新羅へ派遣された使節団の一人が家人と秋に帰る約束をしながら、
秋にやっと筑紫の着いた悲しみを故郷の大和に残した家族に向かって詠まれた万葉歌の石
碑です。
在り処は ココ です。舞鶴公園内、平和台陸上競技場の北東です。
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