古事記 上つ巻 現代語訳 六十三
古事記 上つ巻
豊玉毘売との結婚
書き下し文
故、教への隨に少し行でまししに、備さに其の言の如し。其の香木に登りて坐す。尓して海神の女、豊玉毘売の従婢、玉器を持ち、水を酌まむとする時に、井に光有り。仰ぎ見れば、麗しき壮夫有り。甚異奇しと以為ふ。尓して火遠理命、其の婢を見、「水を得む欲ふ」と乞ひたまふ。婢乃ち水を酌み、玉器に入れて貢進る。尓して水を飲まさず、御頸の璵を解き、口に含み其の玉器に唾き入れたまふ。是に其の璵、器に着く。婢璵を得離たず。故、著ける任に豊玉毘売命に進る。尓して其の璵を見て、婢に問ひて曰く、「若し人、門の外に有りや」といふ。答へ曰さく、「人有り。我が井の上の香木の上に坐す。甚麗しき壮夫なり。我が王に益して甚貴し。故、其の人水を乞はしつ。故に、水を奉れば、水を飲まさず、此の璵を唾き入れつ。是れ得離たず。故、入れし任に将ち来て献る」とまをす。尓して豊玉毘売命、奇しと思ひ、出で見る、乃ち見感で、目合して、其の父に、白して曰さく、「吾が門に麗しき人有り」とまをす。尓して海神、自ら出で見、云はく、「此の人は、天津日高の御子、虚空津日高ぞ」といふ。内に率入れまつりて、美智の皮の畳八重を敷き、亦絁畳八重を其の上に敷き、其の上に坐せて、百取の机代の物を具へ、御饗為。其の女豊玉毘売命を婚かしむ。故、三年に至るまで、其の国に住みたまふ。
現代語訳
故に、教え通りに少し行くと、つぶさにその言葉の如く。その香木に登って座りました。尓して海神の女・豊玉毘売(とよたまびめ)の従婢(まかだち)が、玉器(たまもひ)を持ち、水を酌(く)もうとする時に、井に光が有りました。仰ぎ見ると、麗しき壮夫(おとこ)が有り。甚だ異奇(あや)しとおもいました。尓して火遠理命は、その婢(まかだち)を見て、「水を得たいとおもう」と乞いました。婢はすなわち水を酌み、玉器に入れて貢進(たてまつ)りました。尓して水を飲まずに、御頸の璵(たま)を解き、口に含み、その玉器に唾き入れました。ここにその璵が、器に着きました。婢は璵をとりませんでした。故に、著けるままにして豊玉毘売命にたてまつりました。尓してその璵を見て、婢に問いていうことには、「もしかして、人が門の外にいるのですか」といいました。答えていうことには、「人がいらっしゃります。我が井の上の香木の上にいます。甚だ麗しき壮夫です。我が王にも益して甚だ貴い。故に、その人が水を乞いました。故に、水を奉りましたが、水を飲まずに、この璵を唾(つば)き入れました。これが離れないので。故に、入れたままにもって来て奉りました」と申しました。尓して豊玉毘売命は、奇しと思い、出で見ました。乃ち見ると感じて、目合(まぐわい)して、その父に、もうしていうことには、「吾が門に麗しき人がいらっしゃります」と申しました。尓して海神が、自ら出で見て、いうことには、「この人は、天津日高の御子、虚空津日高(そらつひたか)である」といいました。内に率(い)入れになられて、美智の皮の畳を八重に敷き、また絁畳(きぬたたみ)を八重にし、その上に敷き、その上に坐せて、百取の机代物(ももとりのつくえしろのもの)をそなえ、御饗(みあえ)しました。その女・豊玉毘売命と結婚させました。故に、三年に至るまで、その国に住みになられました。
・従婢(まかだち)
貴人のそばに仕える女性)
・玉器(たまもひ)
美しい椀
・目合(まぐわい)
目を見合わせて愛情を通わせること
・美智の皮
アシカの皮
・絁畳(きぬたたみ)
絹製の敷き物。太さのそろわない絹の糸で織った敷き物
・百取の机代物(ももとりのつくえしろのもの)
種々の飲食物などをのせた机のこと
・御饗(みあえ)
貴人または神に飲食のもてなしをすること。また、その飲食物、神饌。ごちそう
貴人のそばに仕える女性)
・玉器(たまもひ)
美しい椀
・目合(まぐわい)
目を見合わせて愛情を通わせること
・美智の皮
アシカの皮
・絁畳(きぬたたみ)
絹製の敷き物。太さのそろわない絹の糸で織った敷き物
・百取の机代物(ももとりのつくえしろのもの)
種々の飲食物などをのせた机のこと
・御饗(みあえ)
貴人または神に飲食のもてなしをすること。また、その飲食物、神饌。ごちそう
現代語訳(ゆる~っと訳)
よって、教え通りにしばらく行くと、完全に塩椎神の言葉の通りでした。
そこで、その香木に登って座りました。
すると、海神の娘・豊玉毘売のそばに仕える女性が、美しい椀を持ち、水を汲もうとした時に、井に光が見えました。
仰ぎ見ると、麗しき男性がいるのが見えました。侍女は、たいそう不思議なことと思いました。
そこで、火遠理命は、その侍女を見て、「水が欲しいと」と求めました。侍女はすぐに水を汲み、美しい器に入れて差し出しました。
ところが、火遠理命は、その水を飲まずに、かけていた首飾りを解いて、口に含むと、その器に唾とともに吐き出しました。
すると、その玉が、器に着きました。侍女は玉を取ることが出来ませんでした。こういうわけで、器に玉を着けたままにして、豊玉毘売命に差し上げました。
そこで、その玉を見て、豊玉毘売命は侍女に、「もしかして、人が門の外にいるのですか?」と問いました。
侍女は答えて、「人がいらっしゃります。我が井の側の香木の上にいます。たいそう麗しき男性です。我が王にも勝るたいそう尊貴な方です。
そして、その方が水を乞いましたので、水を差し上げましたが、水はお飲みにならず、この玉を吐き出されました。これが離れないので、入れたままにもって来て差し上げました」といいました。
そこで、豊玉毘売命は、不思議な事だと思い、外に出で見ました。火遠理命の姿を見るなり感じ入り、目を見合わせて愛情を通わせ、その父に、「私どもの門に、麗しき人がいらっしゃります」と申しました。
そこで海神が、自ら出で見て、「この方は、天津日高の御子、虚空津日高である」といいました。
宮の内にお連れして、アシカの皮の畳を幾重にも敷き、また絹製の敷き物の畳をいく枚もその上に重ね敷き、その上にお座りいただき、種々の飲食物などを机の上に置き並べ、もてなしました。その娘・豊玉毘売命と結婚させました。
そして、三年に至るまで、火遠理命は、その国に住みになられました。
続きます。
読んでいただき
ありがとうございました。