goo blog サービス終了のお知らせ 
見出し画像

リートリンの覚書

「千歳」 六の巻



はじめに
この小説『千歳』は、
平安時代の大嘗祭の様子を
題材に妄想した小説です。
フィクションですが、
その当時の風景を
感じていただければと思います。


・悠紀殿の神事

午後九時、神事に供える御膳を奉る。
内陣のお進みになられた主上は、内陣の御座にお着きになられた。そこで主上は、まず御手を清められた。

主上は、不安を抱えたままこの神事に臨んでいる。本来なら、兄がこの場に着くことになっていた。だが、流行り病に侵され、今も床に着いている。逃げ出したい気持ちをおさえ主上は、手をギュッと握った。清めた手が緊張のあまり冷たくなっている。足は神事の際、大地の神気を得るため素足のままだ。十一月の夜の寒さが、床からじわじわと伝わってくる。主上は震えを必死にこらえた。

采女に渡された神膳を主上は、上座に向かって差し出した。供えられた物に白酒・黒酒が注がれると酒の芳醇な香りが辺りに広がる。

主上は必死に、神事の手順を思い出す。やや頭をさげ、拍手を打ち、称唯されてご自分の御膳をおめしあがりになられた。

悠紀殿の外。武官の青年が警備の交代のため、持ち場に向かっていた。彼は、不意に空を見上げた。
神事の始まる前には、今にも雨が振り出しそうな、気配がしていたのだが、今は晴れ上がり満月がぽっかりと顔を出している。武官の青年は、屋根の向こうに見える月を眺めた。青草の屋根が、はっきりと見て取れる。突然、月よりも明るい光が天から降り注いでくるのが見えた。その光は神々しく、黄金色の光の柱が悠紀殿をスッポリと包み込んでいく。その奇跡に青年は目を見開いた。

主上は、神膳を頂いている時、違和感を覚えた。それは、決して嫌なものではない。神座から暖かい風が吹いてくる。そして、何とも言えぬ芳香が辺りに漂い始めた。そう、神座に何かしら強い神気を感じる。それは、まるで温かな春の日差し、母親の様な優しく心地よい神気。

そして、背後から、優しく温かな何かが自分に触れるのを感じた。それは、父、先帝が自分に触れる時のように優しく。やがてそれは自分と重なり合い、スッと馴染んでいった。主上は、そっと微笑み、瞳を伏せた。

主上が天皇霊と一つとなった瞬間だ。そして、天皇霊を介して、皇祖・天照大神と繋がった瞬間でもあった。

“豊葦原の瑞穂の国を 安国と平けくしろしめせ”

皇祖がおっしゃられた事を守り続けて来た祖先の思いが…一気に伝わってきた。そして、温かなもので満ち溢れてくる…主上は目を伏せた。
(…あぁ、自分は一人ではない)

それは、側にいた采女も、側近である左大臣にも気づくことの出来ないほどの一瞬の出来事であった。

最後にもう一度、主上は、お手を清められ悠紀殿の神事は無事終了した。

そして、午後10時半頃に、御膳は片付けられた。

妄想は続く


・称唯(いしょう)
上位のものに対して「おお」とこたえること。
・薦享の儀(せんきょうのぎ)
天皇が御膳を神に薦められ、また自らそれを享けお召し上がりになる神事を「薦享」の儀をいう。大嘗祭の中の第一の大事な神事と言われている物だ。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

最近の「小説」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事