はじめに
この小説『千歳』は、
平安時代の大嘗祭の様子を
題材に妄想した小説です。
フィクションですが、
その当時の風景を
感じていただければと思います。
・朝堂院の庭にて
いよいよ儀式が始まる。
初めに吉野の国栖らが朝堂院に参入する。彼らは大嘗宮の南門の外の庭上にて国栖奏を奏上する。篝火の橙色の光がゆらゆらと揺れるなか、笛と歌翁の声が響き渡る。幻想の世界へ誘うようだ。
つづいて、悠紀地方の歌人が参入して、悠紀地方の風景などが詠み込まれた歌を奏上する。目の前に悠紀地方の情景が目に浮かぶ、素朴な歌だ。悠紀地方の奉仕者は、今日まであったことを思い出し、感極まり目頭を熱くした。
次に、諸国の語部が参入し古詞を奏上する。
それらが終わると、皇太子・親王たち、大臣以下官人たちが参入し、順序にしたがって並立った。篝火の光が反射し白装束が橙色に映る、そうそうたる顔ぶれ、その姿は壮観である。
最後に、隼人が参入し、歌舞を奏上した。
全ての演奏が終了すると皇太子以下冠位五位以上の者は、跪き八開手を4度繰り返えした。続いて、冠位六位以下も同じく八開手を4度繰り返す。
開手は、邪気を祓い、また、神への感謝や喜びを、そして神を御呼びするための意味を表す。
それが終わると、安倍氏の者が跪いて宿直する文官・武官の名簿を奏上した。
これらは、すべて悠紀殿の中におられる天皇に対して行われる儀式である。
悠紀殿の中には内陣と外陣と分かれており、この時天皇はまだ外陣に南を向いておいでになられる。
主上の心臓が早鐘を打ち続けている。
白い帳の向こうで繰り広げられる、素晴らしい演奏を聞いても、彼の緊張がほぐれることはない。必死に逃げ出したい思いと戦っているのだ。しかし、そんな彼の思いとは裏腹に時は一刻一刻と進んでいく…
午後九時になると、采女が主上に時刻をお伝えした。いよいよ、儀式が始まるのだ。主上は、意を決め内陣へお進みになられた。
妄想は、続く
・国栖(くず)
宮廷の諸節会や大嘗祭において吉野国栖が御贄を献じ歌笛を奏していた。
・隼人(はやと)
古代日本において、阿多、大隅(現在の鹿児島県本渡部分)に居住した人々。日本神話には海幸彦が隼人の阿多君の始祖であり、租神火照命の末裔であるとされている。
・八開手(やひらで)
8回続けて打つ拍手。重要な祭式に用いた。現在も、伊勢神宮では行われている。
・采女(うねめ)
日本の朝廷において、天皇や皇后に近侍し、食事など、身の回りの雑事を専門に行う女官。平安時代以降は廃れ、特別な行事の時のみの官職となった。