リフトドライバーに挑戦!60才になったので新しい冒険をします。

ウィークエンドだけトライします。Driveしたらジャーナルを書きます。よろしくお願いします。

『十津川警部、特急「しまかぜ」で行く伊勢神宮』

2017-03-03 15:47:13 | Books
昨日読み終わった本、『十津川警部、特急「しまかぜ」で行く伊勢神宮』、ですが、
特に面白くも無く230ページの薄い本です。
ただ自分にとって興味深いエピソードがあったので、読んでよかったと思いました。

70年前の第二次世界大戦終局時の思い出話が事件に繋がるのですが、
その中で、当時15才の少年達が竹槍を作らされ、アメリカ兵が上陸して襲ってきたら槍で闘えと指示されていたという件です。
アメリカ兵は自動小銃をかまえ、パラシュートで降下する際にも様々な兵器を持っているという事がわかっているのにです。


実は、私がアメリカに来て2年後に大学に入学して日本語の教授にお会いした際、その竹槍の話が出たのです。
日本語のアンソニー教授は日本が大好きでコロンビア大学で日本について学び、
俳句や俳画に詳しく日本の美術史にも造詣の深い方でした。
そして折角一生懸命勉強した日本語が初めて役に立ったのが戦争中で、
日本軍の暗号解読や文書翻訳だったのが本当に悲しかったとおっしゃいました。
文書を翻訳する中で『竹槍』という言葉が頻繁に使われるようになり、
戦争が終わる頃には学生や主婦が竹槍で対戦する用意をしているという文章があったので、理解に苦しんだとの事だったのです。


まさか、爆撃機が飛び交い自動小銃で武装した相手に槍で立ち向かうようにという指示が出たとは、
考えられなかったとおっしゃったのです。
これは心構えの話なのか、何かの修業の話なのか解らなかったとおっしゃいました。


その時は、私も深く考えませんでした。
けれど今回、『十津川警部、特急「しまかぜ」で行く伊勢神宮』、を読んで、
当時の子供達は本当にこの様な訓練を受けていたのだと知りました。物悲しく切ない事です。

戦艦ミズーリ号を見学した際にも矢張り同じ経験をしました。
大きなミズリー号に0戦がつけた傷跡が余りにも小さく何の意味も効果も無かったという説明を聞いて苦しく切ない気持ちになりました。


もう二度と戦争が起きない様に祈ります。

今日のサンフランシスコは珍しく快晴です。


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