日本国内で、英語や中国語にハングルなど多言語表記の案内板を至るところで目にし、多言語のアナウンスを耳にするようになった。
米国に拠点を構えてビジネスをする三井真由美さん(仮名)はその変化に驚いている。久しぶりに訪れた日本は、訪日外国人客の熱烈歓迎ムード一色だった。
驚きつつ、「当惑した」というのが真由美さんの正直な感想だ。
「デパートや都心の家電量販店だけではなく、ちょっとしたスーパーやドラッグまでも免税制度が導入されていてびっくりしました。
お店のレジで免税価格で買えてしまうなんて」
前職が客室乗務員だということもあり世界各国を訪れたことがある真由美さんだが、「日本ほどの外国人観光客向けのサービスは欧米では見たことがない」という。
ヨーロッパやアメリカでも、外国人観光客に税金を還付する制度はある。だが、いったん税金を払ったあとで別の免税窓口に行くか、
または空港の免税カウンターに出向かないと還付されない。手続きが面倒なため、少額の場合は還付金を受け取らない観光客も多い。
■ 日本の「おもてなし」はやりすぎ?
「日本はなぜそこまでやるのかしら?」 真由美さんは素朴な疑問を投げかける。
真由美さんはハワイとの違いを教えてくれた。ハワイでは、外国人観光客は居住者よりもずっと高い値段で買い物をしなくてはならない。ハワイとしては、
裕福な外国人観光客には高く買ってもらい、お金をたくさん落としてもらおうというわけだ。日本は逆だ。「外国人を対象にした過度な割引や優遇などの
サービスが目につきます」
そうした日本の過剰な「おもてなし」に真由美さんは否定的だ。「それは本当に必要なことなんでしょうか。免税なんかにしなくても、
訪日外国人客は日本で買い物をするはずです」。確かにハワイでの買い物が割高だったとしても、ハワイの魅力が失われるわけではない。
ハワイには買い物だけではないたくさんの魅力があり、観光客はそれに引かれてやって来る。
最近、筆者の周りでは、このように「日本の『おもてなし』はやりすぎなのではないか」という声が聞かれるようになった。
丸の内のオフィスに勤務し、海外旅行が趣味の田村朋子さん(仮名)も同様の意見だ。外国人観光客のために特別な割引をする必要はないという。
「私が海外旅行するとき、旅先で割引に期待することはほとんどありません。基本的に外国人と分かれば吹っかけられますから、予想外の出費をするのは
覚悟の上です。せめてその国の国民と同じ価格で買い物ができれば満足です」
■ 肩身が狭い日本人買い物客
今、東京の高級ブランドの店では日本人の買い物客の肩身が狭くなるという現象が起きている。中央区在住の女性がこう語る。
「店員は爆買いの接客にてんてこ舞い。銀座のデパートやブランド店では以前のような優雅な買い物はできなくなりました。
バッグや靴を選んでいると、店員は『ゆっくり考えて下さい』と言って、そそくさと行ってしまいます。爆買いの訪日外国人客には手厚く接客して、
日本人客には適当に、みたいな感じです」
売り場は「爆買い客」優先の接客で、少額の買い物客である日本人は歯牙にもかけてもらえない。
小売り業のみならず運輸業でも外国人観光客向けの特別なおもてなしが目につく。シンガポールから日本に旅行に来た筆者の友人、
イ・ボーンさんが羽田空港で買ったのは、2200円で3日間乗り放題という訪日外国人客専用のレールパスだ(京急線の羽田空港国際線ターミナル駅~泉岳寺駅と、
東京メトロ全線・都営地下鉄線全線が乗り放題)。
こうした外国人向け周遊券は欧州などにもサービスとして定着しているが、日本のは格段に安い。イ・ボーンさんは言う。「もともと日本の交通運賃の料金設定は
合理的だと思いますよ。それをここまでディスカウントしてくれるんですから、ありがたいですね」
海外旅行に出向く人は、基本的に生活に余裕のある人たちだ。いわゆる富裕層にとって、短距離移動の交通運賃は割引があろうとなかろうとさほど大きな
問題ではないだろう。だとしたらなぜ、ここまでの大安売りを展開しなければならないのか。
国際観光マーケティングに詳しい人物に聞いたところ、最近の日本の“爆安事情”について次のように語ってくれた。
「私鉄各線は訪日外国人客に利用してもらおうと必死です。なぜなら沿線の人口が減り、運輸収入が減っているからです。中には、いつも電車がガラガラで
廃線を覚悟しなければならないような私鉄もある。そこに現れたのが訪日外国人客です。どんなに割引をしてもかまわないから1人でも多くの人に乗って
もらいたいというのが本音でしょう」
■ 「買ってくれる客に対応するのは当然」
1月27日、東京・銀座三越の8階に空港型免税店がオープンした。訪日外国人客をターゲットにした専用フロアである。
「あの銀座の老舗百貨店までもが・・・」という嘆きの声も聞こえてくるが、前出のマーケティング専門家は「ビジネスである以上、買ってくれる客に
対応するのは当然」という。ひいてはそれが今の日本経済の下支えになるというわけだ。
2015年、訪日外国人客が日本滞在中にもたらした旅行消費額は3兆4771億円になった。日本の定住人口1人当たりの年間消費は125万円だという。
単純計算だと、日本人280万人分の消費額に匹敵する。
そして、その旅行消費の多くを占めるのが中国人客による買い物である。2015年の中国人客の消費額は1兆4174億円となり、旅行消費額全体の4割にまで膨らんだ。
ここ数年で、一国の経済がここまで「訪日外国人客」の影響を受けるようになったのは、まったく想像もつかなかった変化と言ってよい。
訪日外国人客の消費で国を維持していく――いよいよ覚悟を決めなければならない時代が到来したのだろうか。