ペンネーム牧村蘇芳のブログ

小説やゲームプレイ記録などを投稿します。

禁断の果実 第13話

2025-01-25 12:23:40 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>

 ケイトの父であるヴェスターは、
 王宮護衛団本部にいた。
 突如として出現した謎の麻薬組織の発見に、
 全力をあげたその結果とも言える資料を
 見せてもらっていたのだ。
 ここの総責任者である、
 セイクレッド・ウォーリアから。
 この人物もまた、酒場のギルと同様に、
 過去に起きた魔族討伐対戦の時の六英雄の一人である。
 その後、王宮騎士団の一番隊隊長を務め、数年前、
 女天才剣士ランにその地位を譲って今の職に就いた。
 ヴェスターとは同期なのか、仲はよい方かもしれない。
「あやしいと思われるのは、その書面にまとめた3箇所だ。」
 東方の地から輸入している、
 和紙と呼ばれる紙に記載した書面を、
 口調と共にヴェスターに投げつけた。
 ぶっきらぼうに感じるが、
 これがウォーリアの普段の口調であり、
 スタイルである。
 いつもの事なのか、
 当のヴェスターは気にもせずに受け取った。
「えーと、南門付近にある廃屋群。
 西部区域にある旧工場跡地。
 北部にある旧貿易倉庫27号の3箇所ですか。
 これらは今もまだ捜査中で?」
「南門の廃屋群のみ調査済みで、
 残る二箇所は現在調査中だ。」
 調査済みという事は、
 廃屋群はハズレだったようである。
「これら3箇所に絞った理由は?」
「それら全てに共通する点は、
 一個人が買い取った巨大な敷地ということだ。
 廃屋群の方は、全て潰して巨大な屋敷が立つらしい。
 これに関してはシロだ。」
「ちなみに、ウォーリア卿が
 一番怪しいと思われるのはどちらで?」
「・・・一個人としての予測にすぎんが、
 錬金術によって調合された特殊な麻薬となると、
 かなり大掛かりな施設が必要となるはずだ。
 錬金術師を妻にもつ君なら分かるだろう。」
「ええ、うちの地下施設は錬金術調合を行う為の、
 巨大な工場ですからねえ。」
 金1グラムを採取するのに、
 銀1トンが必要とされる。
 それが昔の錬金術であった。
 あまりにもコストのかかる不経済な技術であるが、
 時に常識では考えられないものが出来上がる為、
 廃れる事なく現在も多くの地域で受け継がれている。
 ただコストのかかる技術故に、
 一種、金持ちの道楽という見方も強かった。
 その状況を打破したのは、
 今からわずか15年前の話である。
 錬金術調合する為の最適な原料を、
 錬金術で多種に渡って作り、量産する。
 その試みが成功してからは、
 簡単な薬品等はテーブルの上で出来る程にまで、
 技術が急発達したのだ。
 と、なると、狭い敷地でも問題なく
 錬金術が行なえるじゃないかと思うだろうが、
 そこが素人の考えそうなところだ。
 錬金術師たる者は、日夜、
 新たなる原料の開発に余念がないのである。
 成功すれば一獲千金も夢ではない。
 それに、薬品や麻薬等を大量生産するにも、
 巨大な設備は今でも必要不可欠なのだ。
「旧工場跡地は、刀鍛冶を多く持った
 武器製造工場だったところだ。
 だが、敷地としては広く、
 一番怪しく感じられた所だ。」
「何故、そちらを先に調査しなかったんです?」
 ウォーリアは、ヴェスターをみつめた。
「・・・3箇所とも、
 同時に調査団を送り込んだんだよ。
 2日たって調査終了したのは廃屋群のみで、
 他のは3日目となる今でも連絡がないんだ。」
 と、いうことは、
 旧貿易倉庫の調査団からも連絡がない事になる。
 一箇所に的を絞られぬ様、
 張り巡らされた敵の罠にはまってしまったのかもしれない。
 今、こちらが団体で行動を取るのは、
 不利になるだけだ。
 やるなら、少数精鋭しかない。
「フィアナ殿に予言を頼みますか。」
「聞いてないのか?」
「?」
「フィアナ殿は・・・
 あなた方の家族の危機を予言された後、
 倒れこんでしまい、意識不明だそうだ。」
 ヴェスターが、立ち上がるや外へと向かう。
「どこに行く気だ?」
「とりあえず、旧工場跡地に行ってみて、
 何もなければ旧貿易倉庫へも行ってみます。」
「一人で行く気か?」
「夜になる前に、一度こちらに戻りますよ。
 ですから、私の分の夕食の方、
 用意しておいて下さい。」
 お気楽な台詞と、
 ニコリと笑った余裕の表情を見せるや、
 ヴェスターはさっさと行ってしまった。
 ウォーリアは、
 ヴェスターのいつもの冗談な台詞の
 少なかった事が気になるや、
 傍に置いていた自分の愛剣を手にし、
 外へと出向いていった。
 夕食の用意を部下に任せて。

 ロード・ストリートの裏路地は多い。
 いたるところに小さな店が軒を連ね、
 商売に精を出している。
 それは、食料品店であったり、
 衣服店であったり、靴屋であったり・・・
 酒場であったりもする。
 表の看板は錆びれていた。
 本来なら、はっきりと書かれているはずの酒場の名は、
 間近で見てようやく分かる程度である。
 そんな酒場“セイル”に、
 フォルター男爵は威風堂々と中に入った。
 明かりは多くのランプが照らしている。
 船乗りが使用する様な、耐水性のランプだ。
 ちょっとやそっと酒を浴びたところで消えはしまい。
 壁には、巨大な鮫の歯や、碇等の船具類が、
 ワイルドなアートを作り出している。
 店内の空気は、海の臭いがした。
 辺りを見渡すが、目的の人物が見当たらない。
 かわりに、人相の悪そうな者なら、13人程はいる。
 フォルター男爵は、カウンターの左端へと席を取った。
 ここなら、他の奴等に背を向けることなく酒が飲める。
「何になさいますか?」
 ここのマスターが声をかけた。
 奴をあぶり出すには、
 こちらから先制しなければならんか。
「こちらで、これを扱っていると聞いて、
 購入に来たのだが。」
 と、大胆不敵にも麻薬を見せたのだ。
 辺りに気付かれぬ様、
 足下に身を潜めていた黒猫が目をパチクリさせた。
 が、
「これ、何ですか?
 うちではこんなの扱ってませんよ。」
 あっさりと躱したような台詞に、
 フォルターはフムと一呼吸おくや、
「いや、失敬。
 勘違いであったようだ。」
 と、麻薬を懐に戻して、
 こちらもあっさりと諦めてみせた。
 席を立ち、酒場を出ようとする。
 だが、他の客二人が扉をゆっくりと閉めた。
 そして、鍵をかけるのも忘れない。
「帰させてはもらえんのかね。」
「ケッ、酒場に来たら、
 酒を飲むのが礼儀じゃねえのか?」
 聞きなれたような台詞を、
 先程の店のマスターが放った。
「成る程な。
 その男の影へと身を隠したか。」
 フォルターは、
 帯剣していた細みの剣レイピアを抜いた。
 だが構えは見せず、
 ダラリと下に垂らしている。
「てめえら。こいつを殺しな。」
 その声に従順するかのごとく、
 ユラリと13人全員が立ち上がった。
 マスターを入れれば、敵は14人か。
「男爵様よお。
 こいつらの影は既に俺の支配下にある。
 悪いがここで会ったのが不運だと思ってくれや。」
「ビルはどこにいる?」
「かかれ!」
 マスターを除く全員が、一斉におどりかかった。
 皆の手にする武器は、ショート・ソードだ。
「ぬうん!」
 気迫の声と共に、
 レイピアがヒュルンと空を斬って突進した。
 しかし、敵の異常ともいえる迅速な動きに
 フォルターがついていけない。
 そしてついに、
 ザシュッ
「くっ。」
 左腕に傷を負う事となった。
 敵の目線がまともではない。
 支配されたのもあるが、これは・・・。
「こやつら全員、麻薬の中毒者か。」
「さすが、簡単に見抜いたか。
 だがな、俺にも理由は分からねえが、
 今のこいつらの強さは尋常じゃねえぜ。
 俺の支配したのや麻薬とは別の、
 何か得体のしれねえ力が働いてやがる。」
「・・・。」
 フォルターが黙した。
 その得体のしれない力の正体に気付いたらしい。
「何か知っているのか?」
「いいや、知らないな。」
 仮にギランに真実を語っても分かるまい。
 種が木に成長したからだと言って納得するのは、
 ビルぐらいだろう。
 悪しき果実の種を良き事に使おうと
 努力した結果がこれか・・・。
 私は誤っていたのか?
 回避するのが精一杯だ。
 このままでは殺される。
 だが、フォルターも伊達に
 男爵の位を得ているわけではない。
 フォルターは、
 懐から金の球と銀の球を取り出し、
 足下に放った。
 二個放ったはずが、
 地面には三個分の球が転がった音が聞こえた。
 暗くて3個目が見えなかったのか、
 それとも単なる聞き違いか。
 ギランに体を支配された店のマスターが、
 不信な表情を見せた。
 金と銀の球が、ゆっくりと中空に浮くや、
 銀の球が猛スピードで敵に襲い掛かった。
 そのスピードは、音速に近いのではと
 凝視する程の凄まじさで
 敵の体をことごとく貫いていく。
 だが、麻薬の力を得た13人を一度に倒せない。
 2人が、フォルターの傍へ突進してきた。
 しかし、金の球がそれ以上の侵入を許さない。
 フォルターの周りを高速旋回していた金の球が、
 2人の体を容赦なく貫いた。
 フォルターが、金色のマントを
 身にまとっているかのような錯覚に囚われる。
 防御主体の金色の球と、攻撃主体の白銀の球。
 それは、瞬く間に13人を打ちのめしていった。
「妙な技、使いやがるな。」
「フム。
 君等から見れば妖術と見えるかもしれんな。
 私の出身地では珍しくもないのだが。」
 その地方独特の防御術といったところか。
 麻薬に冒され、力が倍増していた敵であった
 にもかかわらず瞬時に倒してみせた
 その強さは並ではない。
 これがフォルター男爵の妖術、
 操球術であった。
 独自の力を有する3個の球を操る技は、
 東方の地ローランに伝わる武術である。
 フォルターは、その地の出身なのだろう。
 フォルターが、ギランの元へと歩み寄る。
「ビルはどこにいる?」
「ちっ、ここはひとまず引くしかねえか。」
 ギランが捨て台詞を吐くや、
 体を乗っ取られていた店のマスターが
 気を失って倒れた。
 ギランが影から抜けた。
 だが店内が暗く、
 影と同化した奴を見つけるのは不可能だ。
 みすみす奴を逃がすのか。
 フォルターがそう思っていた刹那、
「う、動けねぇ!?」
 と呻く、ギランの声がした。
 フォルターがハッとし、
 その声のした方へと近寄る。
 そこには、ケイトの使い魔である黒猫がいた。
 ギランの本体である影の上にしゃがみこみ、
 ニャーオ
 と、愛想良く鳴いてみせた。
 猫の方には、特に苦しがっている様子はない。
 今までのフォルターの死闘に
 御苦労様とでも言いたいのか、
 ゴロゴロと咽を鳴らして甘えてみせている。
「魔の影を制止させる猫か。」
 良く言えばそうだが、
 平たく言うなら踏んづけて
 重しになっているだけである。
 影に対して重しになっている分の驚きが、
 単純な行動を深みのあるものにしていた。
「どうするね?
 素直にビルの居所を教えてくれるなら
 解放してもよいが。」
「だからって、
 俺が話したことを素直に信じるのかぁ?」
「いいや。」
「なら、どうする?
 行動は止められても
 それ以上は出来ねえだろう。」
「いいや、そんなことはないぞ。」
 足下にコロコロと転がってきたのは、
 まだ使用していなかった残りの球だ。
 漆黒の球は黒猫の傍で止まるや、
 ズズズズと何かを吸い込むような音をたてはじめた。
「ば、ばかな・・・!」
 黒猫は微動だにしていない。
 吸い込んでいるのは、ギランの影だ。
 影を吸い込み、黒球内に閉じ込める気か?
「畜生っ!」
 この罵声を最後に、
 ギランの気配は跡形も無くなってしまった。
「さて、奴は何故ここの連中を
 支配したがっていたのか。
 それを調べる必要があるな。」
 フォルターが呟くや、
 黒猫がテクテクと海原の描かれた
 絵画の掛けられた壁へ歩み寄り、
 ニャーオ
 と、また鳴いた。
 ここに来いとでも言いたげな眼差しで、
 フォルターを見つめている。
「どうしたのだ、フレイア。」
 黒猫の名を呼び、
 フォルターはその壁へと近寄ってみる。
 その足下には、
 何かを引き摺ったような跡がうっすらと見えた。
「隠し扉か!」
 壁に力を入れると、
 ゆっくりと音を立てて壁が開いた。
 その隠し扉の向こうには、
 地下へと降りる階段があった。
 階段の両脇の壁には蝋燭が点っている。
 成る程な。ただの酒場ではないわけだ。
「いくぞ、フレイア。」
 フォルターが階段を降りだし、
 黒猫フレイアがその後に続いた。
 階段を下りきったところには、
 鉄製の扉が行く手を塞いでいた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

禁断の果実 第12話

2025-01-24 21:21:13 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>

 唐突な出来事に、その場にいた者たちは
 硬直せざるを得ない状態でいた。
 ジャックと豆の木のように
 一瞬にして成長した禁断の果実の種は、
 一本の巨大な木までになっていたのだ。
 そして、そこからゆっくりとではあるが、
 花を咲かせはじめている。
「これは予想外の展開になったな。
 これでは種を採取するには
 実がつくのを待つしかないようだ。」
「それよりも、
 あたしの玄関の真ん前にこんなの生えちゃ、
 営業妨害もいいとこよ。
 切り倒してやりたいとこだわ。」
 両者の初見の感想は、
 えらく食い違っていた。
 緊急事態であるというのに、
 テリスが思わず吹き出している。
「笑い事ではないぞ、テリス。」
「笑い事じゃないのよ、テリス。」
 それだけは意見の合った二人であった。
 が、このままではらちがあかない。
「とりあえず、どうしますか。」
 テリスが、笑いをこらえながらも切り出した。
 事実、笑い事ではない。
「この果実を誰かに食されたら大事だからな。
 やむを得ん。テリスはこの木を見張るのだ。
 誰にも手出しさせるな。」
「分かりました。
 フォルター様は?」
「私はギランの入っていった酒場へと乗り込む。
 奴からビルの居所を聞き出さねばならん。」
「単身で侵入するのは危険ではないですか。」
「なら、あたしがこの木を監視するわ。
 理由は知らないけど、
 要は誰にも食べさせなきゃいいんでしょ。」
「ケイト殿、その通りお願いするが、
 それはテリスと一緒に、だ。
 一人でこれを守り切るのは不可能に近い。」
 フォルター男爵は、最初からケイトにも
 監視役を依頼するつもりだったらしい。
「・・・どういうこと?」
「守っていれば分かる。
 では頼んだぞ。」
「待ちなさいよ!
 あなた一人で乗り込むのも危険なんでしょ。
 いいもの渡してあげるからちょっと待ってて!」
 そう言うや、ケイトは家の中へと入っていった。
 フォルターは、素直に待つことにしたようだ。
「ケイト殿には世話になりっぱなしになってしまうな。」
「本当に・・・とても頼りになりますわ。」
 その当人は部屋で何をしているのか、
 まだ出てくる様子がない。

 そのうちに薬局の玄関から悪女が顔を出した。
 外の異変に気付いての行動だろう。
「まぁ、フォルター様ではありませんか。
 どうなさったのです?」
 追加の御注文でもあるのかしらと言いたげな声色だ。
「貴女に依頼していた分の原料が木になってしまってな。
 申し訳ないが、実がなるまで待っていてもらいたい。
 とりあえず、残り2つのうちの1つである、
 純白の花フラウスは渡しておく。」
「最後の一品は、この木の果実なのかしら?」
「正確には、その中の種なのだ。」
「実がなったら、
 もぎ取ってもよろしいのでしょうか。」
「うむ。
 ただ、実を食べるような真似はしないでほしい。
 己自身は勿論のこと、
 世界が滅することもありえるのだ。」
 果物を食しただけで、
 えらく大袈裟な話であるが、
 ここは剣と魔法の世界なのだ。
「分かりましたわ。」
 生真面目に応じたアニスであった。
 が、どこまで真面目かは当人しか知らない。
 アニスは、テリスから花を受け取るや、
 一礼すると薬局へと戻っていった。

 ケイトがようやく現れたのは、
 この直後である。
 肩に黒猫を乗せていた。
「待たせてごめんなさい。
 こいつを連れていって。」
 こいつとは、黒猫のことらしい。
「この猫をかね?」
「これでも、あたしの使い魔なの。
 ただの黒猫じゃないわ。
 きっと頼りになるわよ。」
 ニャーオ
 愛想良く猫が鳴いた。
 漆黒の毛並みをした黒猫の目は紫色であった。
「では、有り難く連れていくとしよう。
 この猫の名を教えてもらえるかね。」
「フレイアよ。」
「フレイア、宜しくたのむぞ。」
 ニャーオ
 また愛想良く、一声鳴いてみせていた。

 一人と一匹が去った後、
「ねえ、ケイト。」
「何?」
「今まであの猫ちゃんが
 姿見せなかったのは何故なの?
 普通、使い魔って
 いつも傍にいるものじゃないの?」
「それは昔の魔法使いの話よ。
 魔法も段々と進歩しているから、
 今では必要な時だけ
 召喚魔法で呼び出すようにしてるの。」
「じゃ、今も召喚していたんですね。」
 ケイトは首を横に振った。
「違うわ。
 あいつったら、棚にしまっていた
 あたしの大事な魔封瓶を割ったから、
 お仕置きとして小部屋に閉じ込めていたの。
 昨夜からのお仕置きの時間から解放しただけよ。」
「・・・。」
 事実とは随分と奇なりである。

 人形娘ドールがルクターにイヴの現状を訪ね、
 イヴがギランという名の男に奪われた事を確認するや
 ルクターにも同行を依頼した。
 これで、暗黒騎士、吟遊詩人、尼僧、
 そして魔法使い兼人形使いという、
 実に奇妙な4人パーティが構成されたのである。
 アガンは、とりあえずここの司祭に
 ルクターの治療費を支払った。
 野宿好きのルクターが、
 金品をそれほど多く手にしていないことは
 十分承知していた。
「ありがとう、アガン。」
「案ずるな。あれはお前の金だ。」
「え?」
「お前はフォルター様から仕事料を受け取っても、
 使わずにフォルター様に預けたままだろう。
 フォルター様に頼まれて、
 お前の分の金は私がいくらか預かっている。
 それよりも、ギランが連れ去ったということは、
 ビルのアジトにいると見ていいな。
 奴等を粉砕するには都合のいい展開だ。」
「イヴさんは、私共の客人でもありますので、
 こちらの方には危害を加えないでもらえますか。」
 散々イヴに対して無謀な計らいをした者の台詞とは
 思えなかった。
「私たちの狙いはビルの抹殺と、
 麻薬の完全なる撲滅だ。
 あの女は今回のキーマンであったが、
 最初から対象外だ。」
「どういうことですか?」
 人形娘ドールは、
 テリスがケイトに話した内容を知らない。
 もちろん、酒場のギルがアガンにした話も知らない。
「ふむ、汝になら話しても構わんが、
 この場ではちょっとな・・・。」
 一部始終を聞いていたアリサが、
 ここでポンと手を叩く。
「では、私の喫茶店でお茶にしましょう!」
 緊張という言語を知らないのは、
 キャサリンとルクター以外にもまだいたようであった。

 また喫茶店内の従業員部屋で、
 今度は4人でのお茶会となった。
 紅茶と、アリサの焼いたクッキーが
 テーブルに置かれている。
 アリサが意外に感じたのは、
 アガンがクッキーを食べていることであった。
「甘いものは大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、問題ない。」
 暗黒騎士の言動、行動の全てが
 新鮮に感じていたアリサであった。
 この国にはいない、
 珍しいタイプの人間だと思っている。
 その当人が語って聞かせた内容に、
 疑問を感じたのは人形娘だ。
「納得のいかない点が一つあります。」
「何かね?」
「話の内容から、
 イヴさんはビルという方の恋人ということですが、
 イヴさん本人はビルが錬金術師である事を
 知らなかったのでしょうか。
 彼女の依頼してきた種の破壊の内容は、
 ワクチン作成を阻止する為の手段だったのでしょうが、
 それなら身寄りのビルに破壊してもらうのが妥当なはずです。」
 人形娘は、アリサから錬金術師の調合した薬品で
 破壊できる事を聞いている。
 錬金術のエキスパートであるビルが、
 この事を知らなかったとは思えない。
 ましてや、イヴがビルの能力を知らないとも思えない。
「と、いうことは、
 イヴはビルに隠れてでも種を破壊しようとしている。
 何か別の目的があるということですね。」
 ルクターが結論を口にした。
 が、ルクターにしろアガンにしろ、
 その別の目的が何一つ思い付かない。
「ここはドール殿の言う通り、
 イヴには危害を加えない事にしよう。」
「ありがとうございます。」
 人形娘のIQはどこまで高いのか。
 アリサは、感心しながらも
 皆のカップが空なのを確認すると、
 さっさと片付けた。
 そして、自分のロッカーから
 長い柄の武器を取り出す。
 武器は、刃の付いていない竿状のものだ。
 宗派によっては、いかなる敵であっても
 刃の付いた武器を禁じるところもある。
 アリサの信仰する宗教には、
 そういった規制があった。
 だからこういった武器なのだろう。
「見慣れぬ武器だな。」
 剣を扱うアガンは、
 どのような武器にも興味を持つ。
「東方の地から伝わったと言われている多節棍です。
 この棒の中に鎖が組み込まれていて、
 間合いを倍以上に広げることが出来ます。」
 人形娘が席を立った。
「では、アリサさん。
 宜しくお願いします。」
 アリサが、呪文を詠唱した。
 手に白い光が点ると、
 その光を棒の先端へと移す。
 光は、ある一点の方向へ向けて
 放っているように見えた。
「何を唱えたんですか?」
 ルクターが興味深気に聞いてきた。
 呪文に無縁な吟遊詩人の純粋な興味である。
「ロケート・オブジェクトと呼ばれる探査魔法です。
 自分の手にしたことのある物を探し出すのに使う
 神聖魔法ですわ。」
 イヴに自分のブローチをプレゼントしていたのは
 この為だったのだ。
 これでは、ルクターがイヴを隠していたとしても
 難なく発見されるに違いない。
「では、まいりましょう。」
 4人は喫茶店を出、
 光の指し示すままに歩き出していった。
 神の力のなせる術で。
 先頭は、尼僧のアリサであった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

禁断の果実 第11話

2025-01-23 21:05:39 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>

「たぶん、もうすぐ連れがきますので、
 待っててもらえます?」
「では、来なかったら
 一週間ただ働きということで。」
 寺院の人間とは、
 こうも強慾ばかりなのか。
 神聖魔法で治療してはもらったものの、
 患者には払えるだけの金が無かった
 ということで交わされた会話がこれであった。
 他の人間なら、
『この強慾坊主どもがぁ、なめんじゃねーぞ!』
 と、罵声を浴びせ放題するんだろうが、
 この患者に至っては
「はいはい。」
 と、ホエホエのニコニコ顔で即答するのみで、
 鬼気など欠片もない。
 制限時間付きの約束であったのか、
「じゃ、来ないようなので、早速寺院内の大聖堂で
 聖歌を演奏してもらえますか。」
「聖歌ですか。」
「・・・楽器を手にしていたので、
 吟遊詩人かと思ったのですが、
 聖歌は弾けませんか?」
「いえいえ、弾けますよ。」
「じゃ、お願いします・・・
 もしかして、別の宗教の崇拝者とか?」
「いえ、宗教にはあまり興味が無いもので。
 えっと、大聖堂ですね。」
 この患者、
 ルクターはよっこらしょとベッドから起き上がるや、
 小さなハープを手に取り弦を張りはじめた。
「場所は分かりますね?
 巨大オルガンの傍で演奏して下さい。」
 司祭の声に、ルクターが興味深気な顔をした。
「オルガンがあるんですか?」
「ええ、古の遺産として寺院が保管しているんです。
 この寺院を含む12寺院で
 1台ずつ保管しているんですがね。」
 ルクターが全ての弦を張り終え、
 微調整をはじめた。
 本気で弾く気になったらしい。
「じゃ、弾きに行きますか。」
 ルクターのこの声色は、
 もうすぐ来るであろう連れの存在の事など、
 既に忘れ去っているようであった。

 暗黒騎士の到着は、
 聖歌の最終章を奏でている時であった。
 信者と僧侶、司祭たちは彼のハープと
 彼女のオルガンの響きに酔いしれていた。
「終章か。」
 暗黒騎士アガンの呟いた小声など、
 誰一人として聞こえまい。
 天使の美声が聴こえてきそうな錯覚に陥る程の、
 完璧なシンクロ・リズムだ。
 彼等二人の流れには一部の隙もない。
 演奏が終わった時、
 その場にいた全ての者が
 総立ちで拍手喝采していた。
 周りがしたから自分もしたではない、
 自身から彼等に送る、
 清らかな拍手の嵐であった。
「まさか、あなたと演奏する事になるとは
 思いませんでした。
 お上手ですのね。」
 オルガンを演奏していた美少女が、
 ニコリとルクターに笑みを見せた。
 その美少女は、アリサであった。
 確かに、朝方に喫茶店で邂逅した時の事を考慮すれば、
 こんな二人のユニットによる演奏など考えられなかったに違いない。
「いえいえ、貴女こそ素敵な演奏でした。」
「まったくだな。」
 第三者の声に、
 二人が、その場にいた者共が振り向いた。
「アガン。」
 ルクターが、
 親愛の意をこめての声とは裏腹に、
 信者共が敵意を露にした。
「その黒い甲冑、貴様、邪教の手の者か!」
 アリサがルクターを見つめた。
「いえ、あの人は訳あって・・・。」
 ルクターがアリサに説明しようとした矢先、
 第四者の美少女の声が全ての行いを制止した。
「その方は、私共ウェストブルッグ家の客人であり、
 もっとも信頼できる方です。
 無礼な真似は許しませんよ。」
 人形娘ドールの声に、
 その場にいた全員の鬼気が失せた。
 たった一言で沈黙させる実力は、彼女の力か、
 それともウェストブルッグ家の実力か。
「礼を言わねばならんな。」
「いえ、
 これから私達のボディー・ガードをしてもらうのですから、
 貸し借りは無しの方がよろしいでしょう。」
 アガンは、ドールの台詞が理解出来ずにいた。
「どういうことだ?」
「これから、アリサさんの力を借りて
 イヴさんのアジトに乗り込む予定でいます。
 よければ、御同行願いたいのですが。」
 利用出来る者は、
 全て利用するつもりらしい。
 人間を自在に操る人形使いは、
 話術も巧みなようであった。
 だが、これはアガンにとっても幸運な事であった。
「喜んで同行しよう。
 汝等のボディー・ガードは任せたまえ。」
 この時に一瞬見せたドールの笑みが、
 どれ程奇跡に近い現象であることに、
 アガンは知る由もなかった。

 ケイトとテリスが魔術探偵の応接室に帰ってきたのは、
 昼などとっくに過ぎていた時刻だった。
「待ってて。
 今、お昼用意するから。」
 例の種は、テリスの仕組んだ幻の殻に包まれたまま、
 テーブルの上に置いてあった。
「ねえ、ケイトさん。」
「ケイトでいいわよ。何?」
「アニスさんって、
 あなたの母さんなの?」
「? そうだけど、家の母さんにも用があるの?」
「うん。会いたいんだけど、どう行けばいいのかな。」
「一旦、ここの玄関出てから
 薬局の玄関に入った方が近いわね。」
 何か欲しい薬でもあるのかしら。
「有難う。
 じゃ、お昼の用意終わる前に、
 すぐ済ませてしまうから。」
「ん、分かった。」
 テリスは、種と花を手にするや、
 魔術探偵の玄関を出ようとした。
 が、
「ドアが開かない?」
 ノブを何度か回してみるが、
 鍵のかかった様子がない。
 ただ単に、ドアが開かないだけなのだ。
 何故?と言いたげなテリスの後ろで、
「そろそろ、本当の事を話してくれないかしら。
 私、貴女のことを敵に回したくないのよ。」
 ケイトが、生真面目な表情でテリスを見つめていた。
 種には、持ち出した者が絶対に外に出られないように、
 特殊な魔法を施していたのである。
「分かった。ケイトを信じるわ。」
 諦めではないテリスの声に、ケイトはニコリと笑う。
「じゃ、遅くなったお昼を食べながらお話しましょ。」
「うん・・・あの、ケイト・・・。」
「何?」
「今まで黙っててごめんね。
 純白の花フラウスを探すの手伝ってくれたのに・・・。」
「お互い仕事でしてるんだもの、仕方ないわよ。
 さっ、それよりお昼にしよ。
 ドールが買っといてくれたパンとフルーツがあるわ。」
「うん! 私もお腹空いてたとこだったんだ。」
 ケイトがキッチンから細長いパンと、
 オレンジジャム、アップルジュース、
 そしてデザート用にピーチを運んできた。
 南国の香りが、一瞬にして部屋を充満する。
「・・・すっごいフルーツずくしですね。」
「いっぱい食べてね。」
 見ただけでいっぱいになりそうな程の量に、
 半ば呆れたテリスだった。

「ケイトは、今、王国内に蔓延しはじめている
 麻薬のことを知ってる?」
 ケイトが、ピーチの皮を
 サクサクと剥いていながら聞いていた。
「ううん。聞いたこともないわ。」
「その麻薬は、
 私達の主が開発した新種の促進薬なの」
「促進薬?」
「うん。
 主・・・フォルター男爵様の領地は
 この王国の南10キロ先にあるわ。
 国から国へ色々な商品を運送したりする貿易業と、
 林業、農業を主とした小さな国なの。
 平穏な地だったんだけど、
 一昨年から原因不明に周辺の土地が汚染されはじめて、
 林業と農業は不況続きになったわ。」
「じゃあ、促進薬っていうのは・・・。」
「うん。
 土地の活性化を計ることを目的とした薬品なの。
 錬金術を得意としていたビルという男は、
 貿易管理から急遽薬品調合の研究に取り掛かったわ。
 薬品も完成間近とまで言われていたんだけど、
 ビルはこの薬品のもう一つの力を知ってしまったの。」
「それが、その薬品の麻薬としての効果ね。」
 ケイトの声に、テリスが小さく頷いた。
「ビルがかなりの野心家であることに、
 早くから気付くべきだった。
 あいつは、薬品の大量生産の方法を熟知するや、
 三人の仲間を従えて我々を裏切り、
 その麻薬にフォルターと男爵様の名を付けて、
 闇ルートで売り出しはじめたのよ。
 そこで奴等が恐れたのが、
 その麻薬のワクチンを作られることだった。」
「そりゃそうね。
 でも、その麻薬の効果ってどんなものなの?」
「人体に対してあらゆる促進作用が働くの。
 視力が急激に良くなったり、筋肉が極度に発達したり・・・、
 でも肝心なのは、麻薬が切れた時に起こる禁断症状が、
 突然の変死を遂げてしまうことなの。」
「そんな薬じゃあ、すぐ売れなくなるんじゃないかしら。」
「だから、この麻薬を売り捌いている盗賊ギルドなどでは、
 一日一回の投与を忘れずにと注意して売っているわ。
 投与すればスーパーマンになれるとだけあって、
 売れ行きは上々だって。」
「そうか、そのワクチンを作る為に、純白の花フラウスと
 禁断の果実の種が必要だったのね。」
「うん。信じてもらえる?」
 ケイトがスクッと立ち上がった。
「だいたい読めてきたわ。
 でも、やっぱり証言だけじゃなくて、
 確かな証拠が欲しいわね。」
「どうすればいいの?」
 見上げるテリスの目は、真剣そのものだ。
 自身の証言を証明する為なら、
 どんなことにでも努力を惜しまないに違いない。
「その前に一つ聞きたいんだけど。」
「何かしら?」
「それらの材料を使ってワクチンを作るってことは、
 その種は無くなってしまうってことなのかしら?」
「え、ええ。跡形も無く。」
 この台詞に、ケイトはニヤリとした。
 種の壊滅が最初の目的であるから、
 これは一石二鳥である。
「ワクチンってことは、
 人体に投与しても何も影響はないはずよね。」
「ええ、麻薬に冒されてない人の場合は、
 何も起こらないそうだけど。」
「なら、これからあたしの母さんに
 ワクチンを作ってもらいましょう。」
 テリスが、喜びを押さえきれずに立ち上がった。
「いいの!?」
「但し、最初の被験者はあなたよ。
 その麻薬を入手して、
 麻薬を投与してからワクチンを打つ。
 どう、受けて立つ?」
 なんという無情な条件をつきつけるのか、ケイトよ。
 さすがのテリスも硬直していたが、
 決心したのか、かすかに口が開いた。
 だが、
「その被験者、私がやろう」
 ドアの向こうから聞こえた威厳ある声に、
 ケイトがおもむろにドアを開けた。
「話は聞かせてもらった。
 全ては私の責任なのだ。
 私が受けてたとう。
 麻薬なら、微量ではあるが所有している。」
 黒のシルクハットに黒のマントを身に付けた
 フォルター男爵が、ケイトの元を訪れていた。
「男爵様。
 行動が遅くて申し訳ありません。」
「なにを言う。テリスはよくやってくれた。
 純白の花フラウスを見つけてくれただけで充分だ。
 礼を言う。」
「男爵様・・・。」
 フォルターはケイトに向き直った。
「話だけでは治まらないのが世の中だ。
 被験者は私がやらねばなるまいて。」
 ケイトが静かにフォルターを見た。
 貫禄ある容姿の内面にある部下への思い遣りは、
 本物とみていいのかしら。
「あの、フォルター男爵。」
「何かね、ケイト殿。」
「ケイトでいいです。
 あの、私の元を訪れたのは、
 他にも用件があったのではないですか?」
「おお、いかん忘れていた。
 アガン・ローダーという、
 黒い甲冑に身をまとった男を
 捜しているのだが心当たりはないかね。」
「ビルって男を捜してくれって頼まれたんですけど、
 テリスの花を方を最優先したら出て行っちゃいました。
 今どこにいるのかはちょっと・・・。」
 フォルターが肩をおとした。
「やれやれ、どうもあいつとは
 すれ違ってばかりのようだな。
 仕方ない、先にワクチンの方をお願いしよう。」
 テリスが、心配そうにフォルターの顔を覗き込んだ。
「何かあったんですか?」
「ようやくビルの部下のギランを見つけたのだ。
 奴がロード・ストリートから少し入ったところにある
 小さな酒場群の一つ“セイル”に入っていったのを見たのでな。
 奴を押さえる為に、二人で行動したかったのだが。」
「私が偵察に行きましょう。」
 今度は男爵が心配そうにテリスを見た。
「あくまで偵察にしておくこと。
 見つけても、向こうから仕掛けてこない限りは
 留まっていることだ。
 私かアガンが来るまで待て。いいな。」
「はい。ではまず種の幻を解きましょう。」
 テリスが幻を解いた途端、
 信じられない出来事が起こってしまった。
 幻を解かれた種は急激に成長を始め、
 それはみるみるうちに巨大な木へと移り変わろうとしている。
 この極端な事態に真っ先に反応したのはケイトだった。
 ケイトが成長していく種から生えてきた小さな幹を、
 わしづかみにする。
「ドアを開けて!」
 ドアに近いフォルターが、即座に開けた。
 ケイトがそれを外に放り投げる。
「こんな・・・こんな馬鹿な!」
 外では、ウェストブルッグ家の二階の屋根に達する程の勢いで、
 緑の葉を生い茂らせながら成長を続けていた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

禁断の果実 第10話

2025-01-22 20:43:29 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>

 アガンが酒場に戻ったのは、昼過ぎであった。
 ビルを探そうと、とりあえず
 ソルドバージュ寺院のある北東部と、
 王城から真直ぐ東に突き抜ける
 ロード・ストリートをくまなく調べたのだが、
 成果は一つとして挙がらなかったのだ。
 男爵様も、どこへ出向いたものか。
 単独行動を好むルクターからの情報は期待できまい。
 ため息の出そうな気分を抑えながら、
 アガンはカウンターで昼食セットを頼んだ。
「どうしたね、浮かない顔して。」
 酒場のマスターのギルの声に、
 クールな表情でいたアガンの眉が軽く寄った。
「分かるか?」
「私も昔は冒険者だったもんでね。
 その時一緒に組んでいたパーティ・メンバーに、
 あんたみたいに寡黙で紳士な男がいたんだよ。
 あんたはそいつによく似てる。」
 懐かしそうな口調に、
 アガンは静かに耳をすませていた。
「その男は、今何をしている?」
 ギルは苦笑いした。
「今でも謎に残る“西の対戦”で
 行方不明になったよ。」
「・・・そうか、残念だな。」
「で、何があったい?」
 愛想のいい親父相手には、
 アガンも簡単に折れるしかなかった。
「人を探しているんだが、見当たらなくてな。」
「どんな奴だい?」
 ギルは、質問と共に昼食セットをアガンに出した。
 カウンターが調理場にもなっているのだが、
 それにしても注文に応じるのが早い。
「主一人で調理しているのか?」
「ん?
 今はもう昼過ぎで
 客の入りが少なくなってきたからな。
 普段は奥の調理場で稼いでいるやつらに任せるんだが、
 俺自身手が空いてきたら俺が作ることもあるのさ。」
「そうか、では次回からも食事の時間は今ぐらいとしよう。」
 食事を始めたアガンに、ギルはハッとし、
「こら。
 せっかく人が聞いてやってんだから、
 話を脱線させるなって。」
 アガンも気がつくや、
 ナイフとフォークを一時置いた。
「ああすまん。
 ビル・カーターという名の人物を探している。」
「・・・。」
 ギルが黙り込んで考えてしまった。
「心当たりでもあるのか?」
「いや、すまんが全然しらないね。」
 ギルは、こう言った後で
 カウンターの調理場を洗いはじめた。
 アガンもあっさりと諦めたようで、食事に戻った。
 だがここで、
『本人かどうかは知らんが、
 最近、妙な話を聞いてね。』
 ギルが突然念話を使いだした。
『妙な話?』
 アガンもそれに準じて応える。
 周りから見れば、
 調理場を洗っているマスターと、
 黙々と食事している黒騎士にしか見えない。
『最近、王国内で麻薬が広く出回りはじめてね。
 寺院はおろか、
 病院ですらその対処法を模索中だという
 凶悪の麻薬を仕切っているのが、
 確かビルって名前だったよ。』
『・・・間違いないな。
 だが、何故そのような事を知っている?』
『念話も使えない馬鹿な盗賊共が、
 ヘラヘラと酒に酔ったまま
 カウンターで喋ってたのさ。
 話じゃあ、王国内で3番目にデカい
 盗賊ギルドに属していた女幹部が、
 裏切って管轄外の地域で盗み働かせたらしい。
 盗んだそれが、麻薬と麻薬の元だそうで、
 盗んだ女幹部はビルって奴の色だとな。』
『はじめからここで聞くべきだったな。
 ビルのアジトは分かるか?』
『それが分かってたら、
 今頃は護衛団のお縄になってるだろう。』
 ギルが苦笑したところで
 アガンの隣にどこぞの商人が座ってきた。
 右手に傷を負っている。
「いらっしゃい!
 おや、園芸用植物運送の
 ハイランドさんじゃないですか。
 久しぶりですね。」
「いやぁー、まいっちゃったよ。」
「何が・・・ああ、右手の傷ですか。
 重い荷物でも下ろしてたんで?」
「いやいや、荷馬車の馬を休ませようと、
 貿易地区の馬小屋に行ったら、
 細い糸みたいなのに包まれた男を見つけてさ。
 糸ほどこうとしたら、手切ってしまって。」
「それは災難でしたね。」
「ん。
 でも俺のことが敵じゃないとでも悟ったのか、
 勝手に糸がほどけてよ。
 背中に深い傷負って意識無かったから、
 慌てて馬車で寺院まで運んできたってわけよ。」
 ◯◯よ、が彼の口癖らしい。
「その男の容態は?」
「とりあえずは大丈夫だろうよ。
 しっかし、吟遊詩人がなんだって
 あんな目にあってんだかねぇ。」
 この台詞に、アガンが鋭く反応した。
「寺院とはソルドバージュ寺院か?」
「あ、ああそうだが・・・。」
「あんたの言ってた、
 連れのルクターって人かい。」
 ギルは、気がついたように語った。
 アガンは素早く立ち上がり、
 カウンターに昼食の料金を支払う。
「間違いあるまい。
 マスター、金はここに置いていくぞ。」
「気を付けてな。」
「有難う。」
 台詞を交わし、
 アガンは再び北東部へと足を運んだ。

 王城前広場のいつもの場所。
 その場所に向かって、
 人形娘ドールは歩いていた。
 その場所が見えた。
 そして居た。
 老婆ベレッタは、
 今の時間最後のお客の占いをしていた。
 後に並ぶ客の姿は見えない。
 そのお客が、有難うございましたと言って
 去っていったのを確認するや、
「ベレッタ様、ドールです。」
 と声をかけた。
 背後から歩み寄ってきた
 ドールに気付いていたのか、
 ベレッタに驚く様子はない。
「どうしたんだい?」
「申し訳ないですが、
 少しお時間頂けますか。」
「ああいいよ。
 丁度今から休憩時間だからね。」
 今日も元気に稼いでいる老婆の目の前には、
 営業時間の書いた羊皮紙が貼られていた。
 ドールは、ケイトに依頼にきた者と、
 その依頼内容を話して聞かせた。
 そして、最後にドールが語ったのは、
「盗賊を生業とする者が、
 損得勘定なしに行動するとは
 思えないのです。」
 という、イヴに信頼された者が
 語るとは思えない、冷めた言動であった。
「その通りだね。
 その種とやらを破壊して、
 その依頼主にどんな得があるのか。
 まずはそれを調べる必要があるね。
 悪行に手を貸しているとしたら、
 そりゃまずいよ。」
「はい。既に策は講じております。
 その為、少し長くなりますが
 家を空けますので、宜しくお願いします。」
 ベレッタは、にっこりと笑みを見せた。
「あんたは、本当にケイトの事が好きなんだね。
 その事、ケイトには話してないんだろう?」
「はい。」
「アニスとキャサリンには?」
「話してきました。」
「分かった。家の方は任せておき。」
「有難うございます。
 では、いってまいります。」
 ドールは、一礼すると
 ソルドバージュ寺院の方へ向かって去っていった。
 そのすぐ後、
「ドールは行きましたか。」
 またも背後で声が聞こえた。
 今度は聞き慣れた男の声だ。
「何、陽気な声で語ってんだい。
 今回は、あんたの力もいるかもよ。」
「かもしれません。
 フィアナ殿も、中途半端ではありますが、
 我が家の危機を予言されましたし。」
 そんな台詞でも、
 やはりどこか嬉しそうな声色だ。
 ベレッタが軽くため息をついた。
「なるほどね。
 今朝の早朝出勤はそれかい。
 どうりで、あたしの占いが
 大凶になるわけだよ。」
「ま、とりあえず女王から
 許可はいただきましたんで。
 私はセイクレッド・ウォーリア卿率いる
 王宮護衛団の方に合流します。
 そんなそんなわけですので・・・。」
「分かった。
 家族にはちゃんと伝えておくから安心おし。」
 あたしゃ、伝言係かい。
「どうも。じゃ、私はこれで。」
 その男は、言うだけ言うや、
 さっさと去ってしまった。
 ベレッタが、またため息をついた。
「やれやれ。
 我が息子ながら、
 緊張感の欠片もないんだからね。」
 間もなく営業再開なのか、
 ベレッタの周りにまた人が集まりはじめていた。
 とりあえずは、ドールに任せるしかないね。
 頼んだよ、ドール。
 そんな思いを胸に、
 ベレッタはまた易者業を再開していた。

 大陸一の幻術師が侮れないと言った敵か。
 久々の戦闘で、なんかワクワクするわね。
 ケイトは、右手で腰に帯剣していた細身の剣、
 レイピアをベリスに向けた。
 どう考えても、魔法使いの行動とは思えない。
 剣先を微妙に揺らし、
 ある一定のリズムをとっているようだ。
 小声で鼻歌のようなものまで聞こえる。
 これが、呪文の詠唱だと気付いたのは
 テリスのみであった。
 私が使う、幻術系の鏡光魔法だ。
 自分の立っている位置を
 敵にズラして見せる気だわ。
 スーレンとベリスも魔法使いだけど、
 この呪文は知らないはず。
 ベリスはケイトから少し離れ、
 静かに間合いをとっていた。
 両手に武器らしいのはない。
 先程、ケイトの剣を弾いたのは何だったのだ?
「女戦士か?」
「ためしてみたらどう?」
 弾いていた正体不明の武器に対して、
 臆した様子はない。
 剣先を敵に向け、左腕を上げた体制は
 熟練のレイピア使いにしか見えなかった。
 それもそのはず。
 王国内のレイピア競技大会においては、
 3年連続優勝の実力を誇るケイトである。
 ケイトが、少しずつ間合いを詰めはじめた。
 そして、
 ギィン
 ケイトの剣が、また何かに当たったように響いた。
 だが、当のケイトは少しも動じていない。
 いや、むしろ何かを悟ったのか、
 ベリスに対して不敵な笑みすら見せたではないか。
 馬鹿な。
 目に見えぬこれに気付くはずがない。
 剣に当てて挑発していたベリスが、
 逆に焦りの色を見せた。
 再び間合いを取り直し、
 今度はケイトの体めがけて放つ。
 しかし、ベリスが目で見た結果は、
 放ったそれがケイトの体を突き抜け、
 遠くで爆発音が鳴り響いたのみであった。
 こいつの体はどうなってるんだ?
 ベリスの疑問をよそに、
 植物園内が途端に騒がしくなってきた。
 しまった、今の爆音で
 園内巡回のやつらが集まってくる!
「ベリス!
 目的のものは手に入れているから、
 ここは引くわよ!」
「・・・分かった。」
 スーレンがテリスから瞬時に離れ、
 ベリスがケイトから瞬時に離れ、
 その場を去っていく・・・予定であった。
 ビュルン!
 ケイトの腰の辺りで、鞭の唸るような音がした。
 と思うや、それは空に広がっていき、
 ベリスの上空を覆った。
 編み目状になっている赤いそれは、
 まるで投網そのものだ。
 朱色の投網が、ベリスの体全てを包み込む。
「しまった!」
 逃げ出しているスーレンに、
 もはや成す術はなかった。
 舌打ちして去ってゆくスーレンに、
 ケイトは見向きもしない。
 いともたやすくベリスを捕らえた事実に、
 テリスが呆然と立ち尽くして見ていた。
 赤い投網に驚愕しているのではない。
 ケイトの、レイピアの剣先を揺らすことを媒体に
 詠唱した鏡光魔法に目を見張ったのだ。
 光の屈折を利用して、
 自分の位置を敵にずらして見せる魔法に
 ベリスはアッサリと引っ掛かったのである。
 魔法の詠唱とは、大声である必要はない。
 敵に気付かれぬ様、
 小声で唱えても魔法の発動に
 何ら支障はないのである。
 ケイトは、つまらなそうな表情を見せた。
「さてと、さっさと殺しましょうか。」
 22歳の女性の語る台詞ではなかった。
 モンスター相手ならまだしも、
 彼は人ではないのか。
「え?
 尋問しないんですか?」
 テリスの声に、
 ケイトがまたもつまらなそうに語る。
「だって、幻術師のあなたが唱えた
 幻術魔法に引っ掛かるならともかく、
 魔法使いのあたしが唱えた
 初歩の魔法に引っ掛かる相手よ。
 こんな雑魚に有力な情報があるなんて
 思えないし。」
「今の鏡光魔法って・・・
 初歩なんですか?」
「初歩よ。
 そもそも、魔法使いの魔法って
 幻術系は少ないもん。」
 即答のケイトであった。
 初歩の魔法であるにもかかわらず、
 有力者のベリスを容易く引っ掛け、
 挙げ句の果てに捕らえたのは、
 いかにケイトの魔力が膨大かを物語っていた。
 テリスは、ケイトの実力を目のあたりにし、
 一種の恐怖を悟っていた。
 あの暗殺歴7年の魔弾のベリスを
 1分かからずに仕留めるなんて。
「ま、まってくれ!
 有力な情報ならある。」
 ベリスが、息苦しそうに声を上げた。
 暑い。何でこんなに暑いんだ? 
 まるで、火傷しそうな暑さだ。
「情報って?」
「俺達のアジトを教えるってのは、どうだ。」
 この上ない情報であった。
 ケイトが、今度は普通の大きさの声で
 魔法を詠唱した。
 が、外観上は何も変わっていないように見える。
「いいわ。教えてくれたら自由にしてあげる。」
「ま・まって・く・れ・・
 暑く・て喋り・ずらいん・・・だ。」
 ケイトは、赤い網をいともあっさりと
 消してしまった・・・ように見えた。
 ベリスが、突如自由を得たことに、
 内心ニヤリとする。
「アジトはなあ・・・。」
「アジトは?」
「やっぱり、教えねえよ。」
 またも目に見えないものが、
 今度は無数にケイトとテリスめがけて襲撃してきた。
 マジック・ミサイルと呼ばれる魔法のミサイルを、
 ベリスは詠唱を必要とせずに独自の魔力で
 その効果を発動させていたのだ。
 マジック・ミサイルは、
 威力自体はさほどではないが、
 数が多く当たれば死に至るのは明白である。
 だがそんな常識はケイトには無意味であることも
 また常識である。
 無数のマジック・ミサイルを浴びせたにもかかわらず、
 ケイトとテリスの2人は全くの無傷であった。
 マジック・ミサイルの、そのことごとくが、
 今度は全て弾かれたのである。
「一点集中で攻撃して外れたからって、今度は乱射?
 馬鹿じゃないのあんた。
 そんなワンパターンなこと、
 今時の悪党はやらないわよ。」
 ケイトが先程唱えていた魔法は、
 マジック・シールドと呼ばれる魔法の盾であった。
 物理攻撃、魔法攻撃ともに有効なこの魔法は、
 実力の高い魔法使いが唱えれば、
 かなり強度な盾を作りだせる。
 もはや、ベリスに打つ手はなかった。
 ベリスが背を向けて逃走する。
「ケイトさん、ベリスが・・・!」
 追おうとするテリスの腕を掴んだケイトは、
 軽くウィンクしてみせた。
 逃がせっていうの?
「邪魔だ、どけ!」
 やってきた巡回員を撥ね除け、
 ベリスは無事に逃走に成功したようだった。
 何だ、アイツは?
 とでも言いたげな視線をベリスに向けた巡回員は、
 ケイトとテリスの元へと寄る。
「どうしたんですか、今の爆音は?」
「今、逃げていったあいつが、
 私達の命を狙って攻撃してきたのよ。」
 その敵を散々いたぶったケイトだったが、
 その事実は当然ながらおくびにも出さない。
「なんて奴だ。
 早速、王宮護衛団に殺人容疑で手配します。」
「あ、そんなのはどうでもいいの。
 それより私達お目当ての花を探してるんだけど
 見つからないのよ。
 悪いけど、探してもらえる?」
 殺人容疑をそんなのと語るケイトに、
 一瞬言葉を失った巡回員であった。
「・・・なんて花をお探しで?」
「純白の花フラウス。」
 美女二人の願いが通じたのか、
 植物園内で無事に見つけることが出来た。
 ケイトはそれにホッと胸をなでおろす。
 これで、あの園芸店に行かなくて済むわ。
 しかし、巡回員は別の花の消失を見て悲鳴を上げた。
「あぁー、真紅の花ブレッグが無いぃ!」
 対に生える真紅の花が生育していたところには、
 長身美女のスーレンが根こそぎ奪っていった
 跡しかなかった。
 巡回員としての俺の立場は~!、
 と嘆き叫ぶ姿に、美女の二人が苦笑していた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

禁断の果実 第9話

2025-01-21 21:13:16 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>

 吟遊詩人のルクターは、
 貿易地区の一角にある荷馬車用の馬小屋内にいた。
 30~40頭ほどの馬を収納出来るスペースは、
 今が昼間で馬が皆仕事に出ているのか、
 子馬すら見えない。
 連れ去ったイヴには、あの後さらに
 “闇夜の羊”という呪歌を聴かせており、
 完全に熟睡状態にしている。
 ちょっとやそっと抓った程度では、まず起きまい。
 そのイヴを、見つからないように藁で覆い隠した。
「さて、アガンに連絡するかな。」
 よっこいしょと腰を上げながらの台詞に、
「連絡する必要はねぇよ。」
 と、一人の男の声が応じていた。
「オヤー?
 ビルかい?」
 殺意に満ちた声を受けてもなんのその。
 茫洋たる表情に、一人の名が挙がった。
「ビル様が、わざわざ出向くと思ってか。
 てめえの相手なんざ、
 俺一人で充分すぎて釣りがくるんだよ。」
 現れた男は、
 やけに自身たっぷりの台詞を口にしていた。
 が、馬小屋自体が暗いのか、
 人は暗い人影のようにしか見えない。
「てめえはここで死ぬんだ。」
 荒々しい声に向けて、
 ルクターが人影に勢いよく魔弦を放った。
 触れれば岩をも断つ魔弦を、
 馬小屋全体に這わせる。
「どこにいても体が真っ二つになるけど、
 どうします?」
「やってみな。
 次の瞬間、てめえの体がバラバラになるぜ。」
 ルクターは、その声の終わった次の瞬間、
 敵の期待通りの行動に出た。
 しかし、分断されるのは藁ばかりで、
 神出鬼没の敵を切り刻んだ手応えがない。
「それだけか?
 馬小屋ごと分断するぐらい出来ねえのかよ。」
 ルクターは、ようやく声の主を思い出し、
 魔弦を他の弦に変えようとした。
 だが、
「ガッ!?」
 と、声を上げ、その場に崩れ落ちてしまった。
「遅かった・・・ですか・・・。」
 その声を最後に、ルクターは
 微塵に刻まれた藁の上に伏してしまった。
「ケッ、イヴを連れ去るのに
 いちいち手間取らせやがって。」
 声の主は、やはり漆黒の人影そのものであった。
 真横から見れば、その本体を見極める事が
 不可能なほどのペラペラさだ。
 こいつの体は、
 限りなく二次元平面に近い体であった。
 その影の腕が槍状に変型した。
「死にな。」
 だが、簡単に止めは刺せなかった。
 ルクターの変えようとしていた別の弦が、
 急速にルクターの体を包みはじめたのだ。
 それは、みるみるうちに巨大な繭を形成し、
 主を完全に囲ったのである。
 影の槍は、この物体を刺し通すことは出来なかった。
「チクショウめ。」
 ペラペラな男は、その繭を外そうと手を触れたが、
「痛っ。」
 なんと、驚くべきことに影の手が切れたのだ。
 新たな魔弦の切れ味に、
 ここは引くしかなかった。
「チッ、いつか決着はつけてやる。
 覚えとけよ。」
 魔弦の繭に包まれている相手に聞こえたかどうか。
 影な男は、隠されたイヴを容易く見つけるや、
 イヴの影の中に入っていった。
 次の瞬間、イヴがムクリと起き上がる。
「女の口調を俺にやらせるなんて間違ってんだよ。
 でも、こんな真似ができんのは俺しかいねえしなあ。
 ・・・仕方ねえか。」
 女の、イヴの声で嘆くや、
 コイツはイヴの体を乗っ取って馬小屋を出、
 外へ歩き出していった。
 ルクターの繭を荷馬車の者が見つけたのは、
 昼過ぎになってからだった。

「御苦労だったな。」
 重く響き渡る男の声が、暗い部屋で聞こえた。
 その男の座っている椅子の豪華さから、
 瞬時にここの主であると確認出来るだろう。
「いやー、暗い馬小屋の中にいたから楽だったよ。
 でなきゃ、ルクターの魔弦に切り刻まれて
 さようならだったぜ。」
 主に対しても、この口調は直らないらしい。
 しかし、体はごく普通の男のものだ。
 身長は極端に低いが。
 先程のペラペラは何だったのか?
「イヴは?」
「とりあえず誰も使ってねぇ個室に入れてらあ。
 ルクターの呪歌でも聴かされてたのか
 当分起きねえぜ、ありゃ。
 盗んできた種のありかを聞き出すのは、
 まだ無理だ。」
「味方でありながら、
 次なる計画には反対か・・・。
 まぁ、とりあえずはそれでいい。
 あれはまだ使える。」
「使えなくなりゃあ、用無しかい?」
 椅子に座っていた男はニタリと笑った。
「まだまだ使えると、
 しっかり自分をアピールすることだ。」
「妹と弟はどうした?」
「彼等には別の任務がある。
 あの種を用いて例の薬を作る為の、
 原料調達がな。」
「・・・本気でやるつもりなのか?」
 図々しい男の声色が強張った。
 一種の恐怖心が露になったかのようだ。
 麻薬以外に、
 まだ何か新たな薬品を作るつもりなのか。
「もちろんだ。
 案ずるな、被験者は
 麻薬フォルターを服用している俺がやる。」
「大した自信だな。」
「錬金術の家系では名家とまで言われた
 カーター家の跡取りがやるんだ。
 問題はない。
 ただ、その合成する為の品は、
 4つのうち2つまでが揃っている。
 残り2つのうちの1つである高山植物は、
 数が希少なものでな。
 一人で探し出すのは困難だと思ったわけだ。」
 影男は、ニヤリとした。
「俺一人にイヴを連れてくる役目を与えたのは
 困難じゃねえってか。」
「出来なかったら・・・。」
「出来なかったら?」
「リストラされてるところだったということだ。」
 この世界にも、
 リストラ等という言語は存在するらしい。
「で、リストラを免れる為に、
 次に俺がやることは何だ?」
「イヴは、ここの盗賊ギルドの脱会を望み、
 私の配下になろうとしている。
 盗賊ギルドから目の上の瘤に見られたイヴを、
 このままにしておくのはあまりにも危険だ。
 イヴだけでなく、延いては私たち自体がな。」
「俺に、この王国にある
 盗賊ギルドを叩きのめせってか。」
 義賊な行動っぽいところが、
 この影男には気に入らないらしい。
 そんなことでもしたら、
 間違いなく王宮護衛団から
 最高の表彰を受けるだろう。
 だが、目前の男の命令は違っていた。
「いいや。
 お前の力で盗賊ギルド全体を乗っ取れ。
 麻薬フォルターの流通経路を確保するにも、
 その方が都合がいい。」
 盗賊ギルドをたった一人で占領しろという、
 大胆不敵な、実行不可能に近い命令に、
 影男は妖しく笑った。
「そいつぁ面白れえ。
 さすがビル様は考えることが違うぜ。」
 一人でやるということに対して、
 少しの不満もないようだった。
 ビルは、その様を見て取ったのか、
「一人でいいのか?」
 と、問うてきた。
「邪魔なんだよ。
 他の奴が周りにいるってなあ。」
 ビルは、やれやれとでも言いたげに
 一言吐いた。
「だから、お前はどんな時でも
 一人で行動させている。
 リストラしないように気をつけることだな、
 魔影のギラン。」
 その声に、ギランはビルに背を向けた。
「トイレ掃除以外なら我慢してやらあ。」
 相変わらずな口調で、
 ギランは部屋を去っていった。
 それを見届けたビルが、
 ゆっくりと立ち上がる。
「ルクターに倒されなかったのは
 僥倖だったな、ギラン。」
 ビルは、ギランの手が負傷していたことを
 見抜いていた。
 問題なのは、ルクターが来たということは、
 他の2人も・・・
 おそらくはフォルター男爵自身も来ただろう。
 フォルターは俺が殺す。
 アガンはギランが殺す。
 テリスはスーレンが殺す。
 ルクターはベリスが殺す。
 これで充分だな。
 フォルター男爵の元側近であるビルは、
 誰に誰を殺させるか計画を立てていた。
 出来なかった者は、
 やっぱりリストラなんだろうか?

 ケイトは、テリスと共に
 マウンテン・ドームへと来ていた。
 ここは、巨大な植物園なのである。
 一千種を超えると言われるほどの
 膨大な量を管理しているだけあって、
 広大な敷地を陣取っていた。
 そのうちの一区画には、
 魔法で気温・湿度制御された
 高山植物専用の場所も設置されている。
 あまり人の入らないその区域へ、
 二人は向かっていた。
 でも、テリスは見つからなかったっていってた。
 一応、もう一度探そうと思ってきたけど、
 やっぱり無かったらどうしよう・・・。
「ここで無かったら、あてはあるんですか。」
 一番聞かれたくない質問をテリスにされ、
 ケイトはギクリとした。
「うーん、無い訳じゃないんだけど・・・。」
「あるという保証もないんですね。」
 残念そうなテリスの声に、
 ケイトは軽く肩をたたく。
「大丈夫、絶対に見つけてみせるから。」
 ケイトの強気な口調に、
 テリスが笑みを見せた。
「ケイトさん、有難う。」
「あなたから受けた仕事だもの
 ・・・って、そうだ。
 一つ気になっていたんだけど。」
「何ですか?」
「純白の花フラウスを見つけたとして、
 それをどうするの?」
「それは・・・。」
「言う必要はなくてよ。」
 ケイトとは違った、
 別の女性の声がテリスの台詞を遮っていた。
「スーレン、久しぶりね。」
 テリスは、声の主を容易く見抜いた。
 その者の、なんと長身なことか。
 先程出会ったアガンよりもあろうかと思われる身長は、
 長い脚線美を一種の芸術品と思わせる程に美しかった。
 ブルーの瞳と、腰まで伸びた長い金髪を有した女性は、
 冷ややかにこちらを見つめて殺意を露にしている。
 右手に持っているのは、男でも両手で持てるだろうかと
 悩ませる巨大な槍だ。
 あんな槍を片手で持つなんて!
「あなたの仲間?」
「昔は仲間でした。」
 テリスは、ケイトの疑問に受け答えながら、
 懐から2本の短刀を取り出した。
 何らかの呪紋処理を施した、
 クリス・ナイフと呼ばれる武器だ。
「ケイトさん、下がっていてください。」
「あの人、誰なの?」
「ビルの配下の一人、氷魔のスーレンです。
 今では我々の敵です。」
 我々の敵と聞いた時点で、
 ケイトがテリスの前に出た。
 腰に帯剣していた
 細身の剣レイピアをスラリと抜く。
「依頼人を危険な目に合わせる訳にはいかないわ。
 ここは私にまかせて。」
 反論しようとしたテリスだったが、
 ケイトの強い瞳に気圧され、
 ここは静かに下がるしかなかった。
 ケイトがスーレンと対峙する。
「あなたに用は無いわ。
 テリスを殺す邪魔をしないでくれる?」
 ケイトは、レイピアの剣先をスーレンへ向けた。
「私もあなたとは無縁なんだけど、
 彼女は私のお客様なの。
 お客様の安全を確保するのは、
 当然の義務だと思わない?」
 スーレンは、巨大な槍を両手で構えた。
「後悔するわよ。」
 死の国から訪れたような声色の台詞を皮切りに、
 ケイトが迷うことなく突進した。
 だが、
 ギィイイン
 と、ケイトの剣先が、
 目に見えない何かに弾かれた。
 ケイトとスーレンの間に、
 もう一人別の存在を認めた。
「姉さん。
 ここは俺にまかせて、姉さんはテリスを狙いな。
 二対二なら文句はないだろう。」
 突如現れた、ケイトよりも短身な身長の小男に
 テリスがハッとした。
「魔弾のベリス・・・!」
 一瞬、恐怖の相を見せたテリスだった。
 しかし、それに気付かぬケイトは、
 突然の新たな敵の遭遇に少しも臆することなく、
 眼前の敵を見据えた。
「久々に暴れるわよ。」
 ケイトの台詞は、この植物園の主が聞いたら
 即倒しかねないものであるのに、
 遠慮の念は欠片も無かった。
 スーレンは、ベリスとケイトの場を避け、
 テリスの元へと歩み寄った。
「テリス、ごめんね。」
 ケイトの謝る声にテリスは、
「気を付けて下さい。
 その者の力、侮れません。」
 優し気な声で忠告した。
 が、どこまでこの思いが通じたか。
「5分でカタをつけるわ。
 ちょっとだけ踏ん張っててね。」
 毎度の強きの発言は、
 テリスの心配など全くどこ吹く風であった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする