皆さま、ご無沙汰しております!
前回、宣伝しておりましたZOOMでの音楽会、こちらで手違いがありまして、私は参加できませんでした。楽しみにして下さった方、ごめんなさい!また、機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします😊
今年は想定外のコロナによって、大きく生活習慣が変えられ、大きな演奏会は中止になり…さまざまな方にとっていろいろな思いの詰まった年月となりました。が、このような中、やはり音楽、歌、これは心の栄養としてかけがえのない物だなぁとつくずく感じています。結局、いろいろな困難に出遭っても、心が元気であればなんとか乗り越えられる、そんな1つのサプリメントとして歌声広場が続いていき、童謡や昭和歌謡が人々に末永く愛唱歌として歌い続けられること、これがまた人情味溢れる昭和を引き継いでいくような気もします。
そして、細々と続けたブログもそろそろ1年が経とうとしています。少しづつ、いろんな方々に読んでいただけるようになったこと、大変嬉しく思います。最近は宣伝的なことばかりでしたので、また、曲目紹介も復活していきたいと思います。ご意見、ご感想など何でもかまいませんので、ぜひ、このブログを昔懐かしい音楽交流の広場としてご愛用いただけると嬉しく思います☆
それでは、そろそろ冬の到来、ロシア民謡の恋しい季節になってきましたので、今日は「ともしび」をご紹介いたします♬
ともしび(ウィキペディアより)
戦地に赴く若者とその恋人の離別、故郷と前線との距離を隔てた交情を主題とする歌曲である。ミハイル・イサコフスキーが1942年に発表した詩に基づく。原題の「Огонёк」とはロシア語で火を意味する名詞огоньの指小語である。
イサコフスキーがこの詩を発表したのは第二次世界大戦(ロシアでは大祖国戦争と呼ばれる)の最中のことで、ここに描かれたような別れの光景は当時ロシアのどこでも見られるものだった。この詩はロシアの大衆の心をとらえるところとなり、広く親しまれ口ずさまれるうちに自然発生的にメロディーがつけられるようになった。こうしてできたいくつものメロディーのうち、淘汰されて残ったのが現在知られる歌曲としての「ともしび」である。古い民謡のメロディーが借用されたという説もあるが詳細はわかっていない。同じイサコフスキーの詩「カチューシャ」に作曲したマトヴェイ・ブランテルをはじめ多くの名立たる作曲家がこの詩に作曲したが、いずれも広く知られることなく忘れ去られた。
日本ではいわゆるロシア民謡を代表する一曲として「カチューシャ」などとともにうたごえ運動の中で広く歌われた。新宿にはタイトルを店名に冠した歌声喫茶『ともしび』が1955年に開店し、うたごえ運動のシンボル的な存在として親しまれた。1956年7月にはダークダックスがシングルとして発売し(B面は「カチューシャ」)、1958年の第9回NHK紅白歌合戦ではダークダックスが歌った。日本で一般に知られている日本語詞は、楽団カチューシャによる訳詞である。日本では遅いテンポで叙情的に歌われるのが普通だが、ロシアでは早めのテンポで行進曲風に歌われることが多い。
なるほど~では、ダークダックスとロシア版の2曲を比べてみましょう。
ロシアの曲というのは、物悲しい響きがいつまでも余韻を残します。
次回は、「カチューシャ」をご紹介しますね!どうぞお楽しみに~♬
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