昨年末に亡くなったジャーナリスト筑紫哲也さんがその活動を通して私たちに伝えたかったことは何か。『スローライフ―緩急自在のすすめ』(岩波新書1010)には、その遺志とでもいうべきものが端的に語られている。
岩波書店の読書雑誌『図書』の連載をまとめたもので、話題は、衣食住、自然環境、政治経済、教育など多岐にわたる。筑紫さんは、このような日常生活における様々な分野における私たちの性急な営為にたいして常に「それで幸せになれるか」という問いを投げかけ、スローライフを提唱する。スローライフとは、ただ遅いということでなく「ゆっくり、ゆったり、(心)ゆたかに」生きることだという。それは、ひとつの価値観にとらわれず、緩急のペースを自分で選び取って融通無碍に生きることでもある。このようなライフスタイルにたいしては「一方で、都会の一部恵まれた人たちだけが享受できる流行にすぎない」という批判もある。だが、健康や環境について考えて行動することが、たとえ自分ひとりの都合や家族の繁栄を優先させることであっても、その一方で世の中の全体や人類とそれを取り巻く動植物が平衡を維持して生存し続ける地球環境にも目を向けていくことはできるはずだ。筑紫さんは、取材や講演などの旅を通して日本各地で起こっているスローライフの動きを見聞し、そこから次のようなルールを導きだしている。
スローライフ―緩急自在のすすめ (岩波新書)
筑紫 哲也
岩波書店
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(1)自発性こそがすべての出発点であり、命である。
(2)ゆるやかな結びつきを組織原理とする。
(3)「小さいことはよいことだ」(少数派であることを誇りにする。)
(4)水平型、ネットワーク型の結びつきを目指す。
(5)「正当性」に固執しない。
(6)寛容とゆとりをもつ。
(7)「快」「楽」を最優先にする。
こうして、自分で考えて行動する多様な個人が共に生きる社会が形成されていくことが、私たちが幸せに生きるための条件であり、スローライフの目指すものといえるだろう。
「ああおもしろかった」と臨終の際にどこまでいえるかが、限りある生の勝ち負けを決めるものさしだと私自身は思っている。(p.202)
ジャーナリストとして卓越した行動力と観察眼をもち、多彩な交友関係や人脈を通して、様々な分野に興味と関心をもって生き、発言をしてきた筑紫さんは、きっと思い通りの臨終を迎えられたにちがいない。
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