おじさん山伏です

修験道の修行から見た心の散歩です。
アイヌのアシリ・レラさんからの命名です。
「キムン・マタギ」になりました。

「悟りってなあに」(中西研二)から

2014-10-22 | 読書感想

シャンタンさんから教えていただいた本です。

「悟りってなあに」(中西研二)からです。

今まで、悟りとは苦しい修行のあとにくるもので

座禅で「悟った!」と言えばその場で殴られるほどに

簡単に悟れないと思っていました。

でもこの本を読んでいて、小さな至福感を感じたときに

それは悟りと考えて良いとのことのようです。

困難を克服し手を取り合って喜びを分かち合ったときにも悟りなのです。

難しく考えないでその時そのときに感じれば良いのです。

 

仏陀の十二のニダナからです。

 

悟りの十二のプロセス

21日問コースの終わり近くになって、プラギャーナンダさんから、悟りのプロセスについてとてもわかりやすい説明を聞きました。仏陀が自分の体験から記したもので、「十二のニダナ」といわれています。この「十二のニダナ」は、その後の人が伝えていかなかったので、書物の中にも残っていないし、日本にも伝わっていません。これをお読みいただけば、悟りに至るプロセス、悟りとはどういうことなのか、どのような状態になるのか、さらに整理されることと思います。

仏陀が残した「十二のニダナ」

1。苦しみ(Suffering)

 まず初めに「苦しみ」があります。

苦しみのないところに悟りはない。

だから、苦しみはとても大事なものだ、といわれます。

スピリチュアリテイ、精神性の探求というのは苦しみがあるからこそ始まるもの。

どう受けとめればよいのかわからないほどの苦しみを体験したとき、

人は精神性に目覚めます。目覚めざるをえないのです。

ですから、悟りへのスタート地点には必ず「苦しみ」があります。(中略)

 

バガヴァンの教えでは「苦しみ」は三つに分けられます。

(1)肉体的苦しみ

(2)心理的苦しみ

①心理的に必要なものが欠けたときの苦しみ

  ②葛藤

(3)存在の苦しみ

   この三つの苦しみに関して方程式で説明されています。

   その方程式とは、肉体の苦しみ十心理的苦しみ+存在の苦しみ=一定(100)。

2。強い信頼感(Faith)

 人は苦しみをとことん経験することで、精神的な探求をし、

気づきを得、また助けを求めます。

そして、「自分の力ではどうにもならない。もうだめだ」と

全部を投げ出した瞬間に、光明が差しはじめます。

全託、サレンダー、お手上げの状態です。

 そうすると、自分以外の何かの力で助けられるという強い信頼感が内側からふと湧いてくる。

3。喜び〔Joy〕

 強い信頼感の次には喜びが訪れます。

苦しみからの解放を長いあいだ待ち望んでいるとき、

誰かが助けてくれることは大きな喜びをもたらします。

信頼感をもって待った後に列車がやってきたら、「やった!」と喜びます。

列車が来ることがまず強い信頼感を呼び起こし、

列車が本当に近づいてくることで大きな喜びになるのです。

4。歓喜(有頂天)(Rapture)

 待ちっづけた後に助けがやってきたとき、

歓喜、狂喜、有頂天、恍惚の状態になります。

長いあいだマインドによってコントロールされていた体は、

そこから初めて解放され、自由になったとき、

笑い転げ、飛び跳ねてその喜びを表現することがあります。それはどの歓喜です。

 体を使って歓喜が表現されると、

体に記憶としてたまっているものが浄化されます。

歓喜の強い流れがメンタルなブロックをはじき飛ばすのです。

中心にある太いホースにかかる圧力が上がることで、

枝状に分かれた小さいホースにかかる圧力も上がり、小さいゴミがとれていく感じです。

5。静けさ(Caimness)

 この歓喜の後に静寂、静けさがやってきます。落ち着いた状態です。

 歓喜の段階でどれほど体が熱くなっても、

しばらくすると落ち着きます。そして、その後は歓喜が来ても、

体はそれを静かな状態で受け入れることができます。それはまったく

新しい経験として味わうものです。

6。至福(Bliss)

 その状態になると至福に満ちてきます。

すべての細胞がエネルギーで満たされている感じです。

あらゆることが至福になります。電車の中で会った人がブスツとした顔をしていても、

その顔を見た瞬回にうれしいのです。ブスツとした顔がうれしいのではなくて、

そこにその存在が存在していること全体が至福なのです。

 つまり、何かが変わらなければいけないのではなくて、そのままでいいのです。「そのまんまで

オッケーー!」なのです。何も変わらなくていい。その存在そのものがとてもうれしい。これが

至福です。

 

この十二のニダナを呼んでいると

今までいろいろと言われていたことがそういう考えもあるものだと

感じました。

面白いですね。

ありがとうございました。

背表紙に書かれていること。

地球全体が、今「悟りの時代」に入っている。

・悟りとはマインド(思考・概念・認識など)の呪縛から外れて

 五感を通じて喜怒哀楽を存分に楽しめる状態になること。

・悟った後も日常は変わらない。

 自然な状態に戻って瞬間瞬間の体験をそのまま楽しむだけ。

・あなたと他人は分離した存在ではない。

・カルマとは個人にあるのではなく、グル-プや集合体にあるもの。

悟りって、楽しい遊びに無邪気に興じている2,3歳の子供の姿を感じます。

 

 

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