見出し画像

And This Is Not Elf Land

I Swear

※映画「ブロークバック・マウンテン」の筋書きが書かれています。


平日の朝、狭い映画館には30代以上の女性を中心に十数名の客だけでしたが、終盤では全員が涙していたようでした。

僅かのサンプルで判断するわけではありませんけれど、こういうテーマは、日本人のほうが、より「普通に」受け止めるのではないかと思います。(「普通」って?…と、突っ込まないでくださいね。)

二人のカウボーイの恵まれない出自や苛酷な現実の生活とはうらはらに、ワイオミングの自然の美しいこと!空、山並み、湖、渓流…あらゆる場所に「神性」が宿っているかのような、息を呑むような大自然がスクリーン一杯に映し出されます。

「エデンの園」というのも、あのような場所だったのかも知れない…と、ふっと思いました。

でも、そこに存在したのはアダムとイブではなくて、アダムとアダムだった。

「ただそれだけのことなのに…」と言えるのは、私も信仰の制約を受けない多くの日本人のひとりだからなんでしょう。

イニスは、幼い頃、同じ地域に暮らしていた同性愛者が父によって虐殺され、見せしめにされていたさまが目に焼きついていました。(50年代、保守的な地域では、こういうhate crimeがまかり通っていたのですね。)ジャックへの愛がかけがえのないものになっていくにしたがって、幼い頃の記憶が「原罪」のように彼を苦しめます。ジャックが偶発的な事故で亡くなった(とされる)知らせを受けた時など、一瞬、自分が彼に対して私刑を加えたかのような錯覚に陥ってしまうのでした。実際、ジャックもやはりhate crimeの犠牲になったことを暗示させています。

「宗教的なタブーを扱っている」という点においては、昨年オスカーを受賞した「ミリオンダラー・ベイビー」にも共通するものがあると言えます。「ブロークバック・マウンテン」は台湾出身のアン・リー監督によるものです。私は、そんなに多くの映画を観る方ではないので、彼の他作品も未見なのですが、監督としての評価は高く、時として「アジアの宝」と形容されるようです。

私自身「ミリオンダラー~」よりは、この映画の方に、少しの「救い」が見出すことができるのは、やはり、監督の「アジア的なセンス」なのかもしれないと感じました。この映画は重いテーマを扱っているけれども、「ミリオンダラー~」と比べると、さほど饒舌な感じは受けません。ひとつの「答え」を見出そうと、がむしゃらになるような姿勢が、良い意味で、希薄なんですね。観る側に「どうぞ、感じ取ってください…」と言っているような映画なのです。そして、そんな「曖昧さ」に、救いと癒しを与えられるような…そんな印象なのです。

大自然の美しさ、人と人との間に流れる時間、あらゆるところに「宿っているもの」が、さまざまな制約を受けながら生きる人間を包み込んで、そして人の心を癒してくれる。人は大いなる「自然」の懐の中で、ある時はあるがままに身をゆだねながら、俗世を淡々と生きていくのでしょう。

楽園を失ってしまった人間をやさしく包み込む森羅万象…。映画の中の細やかな描写のひとつひとつが心の深いところにしみてきて…完全に「持っていかれて」しまいました。


結果的に最後の逢瀬となった時、二人は既に「限界」を感じています。
Jack: I wish I knew how to quit you.
Ennis: Then why don't you? Why don't you just let me be, huh?

そして、無骨なイニスがBecause of you, Jack. I'm like this...I'm nothing. I'm nowhere.と泣き崩れます。禁断の愛と引きかえに、寄る辺を失ってしまっていた者の悲しさでした。

イニスはジャックの生前の希望通り、遺骨をブロークバック・マウンテンに散骨しようと、彼の両親の元を訪れます。寡黙な両親からは悲しみの深さが窺い知れます。

絶望しか残されていないような、重苦しい沈黙が覆っているジャックの部屋に入るイニス。小さな窓を開けると、そこから風の音、鳥のさえずりが聞こえてきて部屋を満たします。
ここにも「神性」は存在している…。
人は静かに癒されていく。

イニスの弔問を受けたジャックの両親は、最終的には息子を家族の墓地に埋葬することを決心します。Brokeback(背徳の)山ではなく…。

イニスは人里離れた場所に質素なトレーラー・ハウスを構えます。そこへ娘がやって来て、一年前から付き合っている恋人と結婚する事を知らせます。イニスは娘のその前の恋人のことは知っていました。彼は若い娘の周りに流れる時間のサイクルに戸惑い、混乱するのでした。そして、元恋人の近況を尋ねて娘に笑われてしまう。

彼の中の時間はジャックと出会った時で止まってしまっていたのか…あるいは、周囲の感覚とはかけ離れた、極めて緩やかな時間の流れの中にいたのでしょう。「メソジスト教会で」式を挙げる…と告げられた時、一瞬、複雑な表情を見せるのですが、結局、再び教会へ行く決心をします。「愛娘のためなんだ」と自分に言い聞かせて。長年、我が身を呪うようにして生きてきたイニスの再生の可能性が示されます。


クローゼットの中には、ジャックの形見のシャツとブロークバック・マウンテンの写真が飾られていました。

Jack,I swear…と静かに語りかけるのでした。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Movies」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2021年
2020年
人気記事