この公演は、この春から新たに首席指揮者に就任したトレバー・ピノックの就任記念コンサートとなるはずだった。しかし本人の病気のためにドクターストップが出て来日が叶わず、代わってピノック自身が後継者と認めるジョナサン・コーエンが指揮台に立った。まずはスターターはモーツアルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」序曲だ。これはビブラート控えめながら、特に古楽的なニュアンスも目立たない「様子見的」な大人しい「普通」の演奏だった。続いては、この春からミュンヘン・フィルのコンサート・ミストレスに就任した青木尚佳をソリストに迎えたベートーヴェンのバイオリン協奏曲ニ長調。青木の繊細なバイオリンは心のヒダにある音楽を残すことなく紡ぎ出す。美しく滑らかな音色が特色で、とりわけ終楽章のカデンツアでの運弓は見事だった。弛まぬ弓の動きから相乗効果を伴って滑らかに音楽が溢れ出し、ここだけでもまさに圧巻だった。一度は指揮台に置いたハンカチを持って舞台裏に引っ込んだが、それでも鳴り止まぬ大きな拍手にアンコールはバッハの無伴奏から静謐な一曲。これは心に沁みた。そして休憩を挟んでモーツアルトの交響曲第39番変ホ長調。ここでコーエン個性が初めて発揮されたと言って良いだろう。古楽的なスッキリしたスタイルながら、決してストレートなだけでなく、豊かな感情を伴うニュアンスが随所に付加されているので、とても自然に受け取れる極上の演奏だった。そしてそんな中にも、思わぬ声部の強調もあり、オーケストレーションの新たな発見をも感じさせてくれて、音楽の悦楽に自然体で酔うことが出来た。アンコールに、交響曲では除かれていたオーボエをフューチャーした歌劇「エジプト王ターモス」からのアンダンテというのも洒落ていた。こういう演奏を聴いていると、初期のアルノンクールあたりから始まった管弦楽のピリオド・スタイルもやっとここに来てこなれてきて、ごく普通に楽しめるスタイルとして定着したなと感じる。
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