昨年に続いて今年もアドリア海に面したイタリアのリゾート地Pesaroで毎年開催されているロッシーニ・オペラ・フェスティバルにやってきた。今年は滞在期間中にオペラ5演目とリサイタル1つを大いに楽しんだ。まず到着の翌日8月17日の午後は、昨年「パルミラのアウレリアーノ」で素晴らしい歌唱を披露してくれたスペイン出身のメゾ・ソプラノSara Blanchのリサイタルだった。曲目はロッシーニ、ベルリーニ、ドニゼッティの歌曲とオペラ・アリアで構成されていた。その自然体で流麗な歌唱は甘美な香りを会場一杯に漂わせ聴衆を魅了した。最後に置かれた「イタリアのトルコ人」からのフィオリッラのアリアは来年のこの役での登場を予想させるものだった。(考え過ぎか?)続いてこの日の夜は、後年の傑作「エルミオーネ」の新プロダクションだった。A.バルトリ(エルミオーネ)、V.ヤロヴァヤ(アンドローマカ)、E.スカーラ(ピッロ)、J.D.フローレンス(オレステ)等の名歌手による声の饗宴は正に夢の様。M.マリオッティの指揮するRAI(トリノ)のオケの間然とするところのない伴奏に導かれ、ヴェルディの「オテロ」をも先取りしたような天才ロッシーニの筆致が舞台に響いた。J.アラースの演出には多少解りにくいところもあったが、この名演の前ではそんなことはどうでも良かった。翌18日は名匠P.L.ピッツィによる2018年のプロダクションによる美しくスタイリッシュな「セビリアの理髪師」の再演である。J.スワンソン(伯爵)、A.フロンチク(フィガロ)、C.レポーロ(バルトロ)、M.ペルトゥージ(バジーリオ)等による若く活気に満ちた舞台は動きが溌剌としていてとても楽しかったし、ピッツィの舞台の隙のない美しさにはイタリア美学の粋を感じた。しかしロジーナ役のM.カタエヴァの歌唱が私にはスタイルを外しているように聞こえたし演技にはいささか品が無かった。それにL.パッセリーニの指揮のOrchestra Sinfonica G.Rossiniが余りにもガサツな伴奏ぶりでとても残念だった。翌19日の午前中は恒例のアカデミーの生徒17人による「ランスへの旅」だった。2001年以来続いているE.Sagiによる衣装も装置も真っ白な舞台は、これから様々な色を獲得して世界に羽ばたくであろう未来ある生徒たちを象徴するのだろう。この日は二回ある公演の二日目で、同じ生徒達が役を変えて登場する仕組みなのだ。生徒達は皆若々しく活き活きと良い歌を唄っていた。中にKilara IshidaそしてNanami Yonedaという二人の日本人と思しき名前がクレジットされていた。そしてこの日の夜は待望の我が脇園彩がファッリエッロ役でロールデビューする「ビアンカとファッリエーロ」だった。これはJ.L.グリンダによる美しく周到に考えられた新プロダクションである。名匠R.アッバード指揮するRAIのオーケストラがピットに入り、J.プラット(ビアンカ)、D.コルチャック(コンタレーノ)、G.マノシュヴァリ(カッペリオ)という布陣は全く文句のない秀でた歌唱と演技。彼らの美声による見事なアジリタの応酬を聞かされると、そのロッシーニ独特のスタイルに強い説得力を感じることが出来た。そんな中で脇園は良く健闘したと言って良いだろう。他の名歌手に比較してしまうと多少声の突き抜けには不足したとはいえ、余裕を持ってアジリタを展開し、そのずば抜けた技術力と堂々たる舞台姿は感動的であった。このロッシーニの本場に集ったロッシーニ好きの聴衆からの大喝采の中に一緒に身を置き、日本人としてこちらの胸も熱くなるのを感じた。そして21日に最後に観たのは2019年にROFプリミエの若書きの作品「ひどい誤解」の再演だった。前回はVitrifrigo Areneという体育館に仮設された横長大舞台で上演されたのだが、今年はこじんまりとTeatro Rossiniでの上演になり、ぐっと凝縮された舞台は楽しく観ることが出来るものだった。エルネスティーナにM.バラコヴァ、ガンベロットにN.アライモ、ブラリッキオにC.パチョン、エルマンノにP.アダイーニと配役に人を得、M.スポッティ指揮のFilarmonica G.Rossiniのピットも秀で、M.レイザーとP.コリエのいささか下品で卑猥な脚本をきれいにリファインした気の利いた演出ともどもブッファの真髄を感じさせる秀でた舞台となっていた。こうして今回もあっと言う間に夢のような五日間が過ぎ去って行って、明るく軽やかでキラやかな響きだけが心と耳に残っている。来年のオペラは「ツェルミーラ」(新作)、「アルジェのイタリア女」(新作)「イタリアのトルコ人」の3演目だそうだ。今から待ち遠しい。
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