MY LIFE AS A DOG

ワイングラスの向こうに人生が見える

人は何のために働くか

2006年02月19日 13時55分04秒 | 雑感
今週はばたばたと忙しくて更新出来ませんでした。
この忙しさはもうしばらく続きそうです。そこで、手抜きのようで申し訳ありませんが、今日は高野孟氏の運営する〈ざ・こもんず〉というサイトで発見したおもしろいジョークを紹介することにします。
一見他愛のないジョークですが、かなり本質を突いているように思います。

以下〈ざ・こもんず〉に投稿されていたコメントより引用。

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」
と尋ねた。 すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」

引用ここまで。

経済音痴の僕はとりあえずこういう話に妙に共感を覚えてしまいます。
皆さんはいかがでしょうか。

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8 コメント

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Unknown (kazu-n)
2006-02-26 06:40:25
コメントどうも。



>>特に昨今2つの自我の境があいまいになっているように感じる。



同感です。特に昨今、日本人の多くにその傾向が顕著になってきているように感じます。まるで二つの自我の同一化が起きているかのようなそんな印象さえ受けてしまいます。言い換えると、“社会における役割を演じる自分”の崩壊現象とでも言いましょうか、裸の言葉をぶつけ合って平然としていられるメンタリティとでも言いましょうか。。。もっと単純に言うと、世間知らずの、井の中の蛙的日本人が際限なく増殖している社会とでもいいましょうか。。なにかそういう雰囲気を感じます。(僕の理解が間違っていたらごめんなさい)



>>彼の住んでいる環境では、それが価値観だから。



僕は構造主義的なものの考え方にはどちらかというと懐疑的なほうなんですが。。しかし、これぞまさに近代社会の中に存在する「冷たい社会」とでも言うべきものではないでしょうか。

極論すれば、アングロサクソンもレヴィ・ストロースの言うところの「未開人」もその構造においては些かの違いもないということかも知れません。



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本当の幸せ (おさぼりフロイト)
2006-02-24 18:34:52
ふむ。いい話でつな。



人間には、2つの自我が存在する。1つは、本当の自分。もう1つは、社会における役割を演じる自分。通常、意識的なものであるが、自己理解や受容度が低い場合、本当の自分と演じている自分の差異があいまいになり、心的に混乱する。



こうありたい自分とこうでなくてはならない自分の違い。わかる?私は少しだけなら理解できる。「こうでなくてはならない自分」として、演じていませんか?社会的に認められるから、演じていませんか?実は、ほとんどの人間が演じていて、特に昨今2つの自我の境があいまいになっているように感じる。



漁師とアメリカ人の話を聞いて、通じるものがあると思いました。



ユニバーサルな人間の本来の目的とは、「幸せに生きること」。それは、アメリカ人であれ、メキシコ人であれ、同じこと。日本人でも同じ。



でも、その目的に達する道のりの考え方がそれぞれに異なっているのだね。そのアメリカ人の言っていることは、実はごもっともだと思うね。なぜなら、彼の住んでいる環境では、それが価値観だから。でも、その価値観を他者に押し付けるのは良くないことだ。押し付けがましいのが、一部アメリカ人の良くないところだ。もっとも優れているのが、自分の文化だと勘違いしているのだろう。非常に危ない、ある意味の無知症状が出ていると思うね。ひとつのゴールには、星の数ほどやり方があるのだ。決して、1方向じゃない。ミサイル打ち込む前に絶対に哲学を勉強した方がいい。



幸せの本質とは、ユニバーサルで大して変わらないもの。でも、人それぞれ、住んでいる社会からの大きな影響を受けるため、そこに達するにはさまざまなやり方が出てくる。経過だけ見ると、まったく違ったゴールを目指しているようにも見える。でも、結局は同じことなんだよね。



本当の自分と役割を演じている自分との差異に混乱するように、自己理解も含めて、文化理解、他者理解度が低い場合、人間は目指しているゴールがなんであったのか、本質的なものを忘れがちなのでしょう。



実は同じものを目指している2者が相容れない・・・・右翼と左翼みたいだけど、実はその両極端的な存在は、自己の中にもあるっつうこと。だから、どちらかの自我が、優勢をふるい過ぎないように注意を払わなきゃいけない。



私のゴール?私は「本当の自分」と「演じている自分」の間には相当のギャップがあると思う。かなり混乱を極めている人間だ。



今のままでも充分だけど、できれば、君みたいに人のために尽くしたいと思う。ほんまに。人の踏み台になっても、笑っていられる人間になりたいね。それが私のプライド的ゴール。今、私はその位置にいるのだろうか?(マズローの欲望段階説参照のこと。)
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Unknown (kazu-n)
2006-02-21 13:09:22
>>結構有名な話なのかなあ

そうみたい。

メキシコ人の漁師で検索してみたらどどどっとおんなじ話が出てきましたね(笑)
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実は・・ (DAZ)
2006-02-20 21:12:25
結構有名な話なのかなあって思った。

どこかの本で読んだような気がします。

ちょっと僕らの業界のように、受取手のことを考えることが重要だなあ・・・・・・

結構、そういうの見えないですけどね。。
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Unknown (kazu-n)
2006-02-20 12:44:58
ダイアンさん

ご無沙汰しております。

なんやかんやと忙しい生活を送っております。



日本のプチ・アメリカ化は最近どんどん加速している気がします。また、それに従って失われてきたものもかなり大きいように思います。
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ふふ・・・ (ダイアン)
2006-02-20 08:20:01
このアメリカ人アホだね・・・



「豊かさ」の定義ってヨーロッパと北アメリカではこんなに違うんだなって思う・・・北アメリカに居ると、ある意味日本にいるみたい・・・

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ikuさん (kazu-n)
2006-02-19 14:37:39
コメントありがとうございます。



この漁師の現在の生活こそ、実は人生の「究極の贅沢」だったという笑い話です。

ふと目に付いて面白かったので思わず引用してしまいました。

ということで、また遊びに来てください。
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Unknown (iku)
2006-02-19 14:12:01
ジョークというのがよく分からんかったけど・・・



深い話やね



その漁師にとって、大きな家を買ったり、いい物を



買ったりする人生よりも、家族とたわいもない話をし



て夜中語り合う、お金は必要なぶんだけあればいい



っていうそんな感じの人生の方が合ってたりするんか



なと思ったんで、コメントしてみましたー







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