ジェンキンズさんが帰国することになったそうですな。とてもよかったと思います。
あの、ジャカルタでの涙のご対面、、、ネットで写真を見ただけですがそれでも十分に感動的でした。よかったよかった。
しかし、病気のことが気になりますね、、、
まあ、それはそれとしてです。あの感動のご対面をわざわざ選挙の直前にセッティングした日本政府のやり方はあまりにみえみえじゃないですかねー。
僕のような天の邪鬼でなくとも、あれには絶対ある種の意図を感じたでしょうに、、、。
もし百歩譲って政府自民党に何の意図もなかったとしても、あれは選挙にはむしろ逆効果になった可能性もあるんじゃないでしょうかねー。
そして、今度は速攻でジェンキンズさんが、帰国ということになりました。病気のこともありますのでもちろん、それはそれで大変に喜ばしいことですが、もしも今回、日本政府の演出のために無理やり帰国を遅らせられていたのだとしたら、、、、
まあ、へんな詮索はやめておきましょう。
ところで、メディアリテラシーという言葉がありますな。
教科書的に言うと「メディアによってもたらされるあらゆる情報を、取捨選択し使いこなす能力」ということになりましょうか。
確かに、メディアという膨大な情報リソースのなかから必要なもののみを取捨選択したり、ある情報に秘められたマルチラテラルな意味を理解したりという能力はそう容易に身につくものではないでしょう。しかし、現代人にとってこの能力を持つことは極めて重要なことだと思います。
特に、日本のマスコミには政府の御用記者みたいなのが掃いて捨てるほどいますから、単に記事の内容を鵜呑みにしていると、事の本質を見失うことがあります。
たとえば、警察や国税庁の不正を暴こうとした政治家が、何故かその後に選挙違反や脱税で捕まっちゃうなんてことはよくあることらしいですが、新聞にはただ“悪徳政治家が捕まった”としか報道されません。また、しばらく前の話になりますが、検察の裏金作りについて内部告発しようとした大阪高検の公安部長が、テレビの取材に応じる予定のその日の朝に、暴力団と内通していたとかなんとかの理由で突然逮捕されてしまったという事件もありました。
なつかしいところでは、湾岸戦争時に海岸で油まみれになった鳥の写真が実はでっちあげだったとか、イラク兵の残虐行為を証言したクウェート人少女が実はクウェートに行ったことすらなかったなんていうこともありました。
テレビのスポンサーについてこういう話も聞いたことがあります。
何故、競争相手がいない独占企業であるはずの電力会社がテレビCMを流す必要があるのか?
それは、メディアに対しての影響力を保持することが目的だというのです。
スポンサーとして金を出している以上、例えば原発に対するネガティヴな報道など、電力会社にとってマイナスイメージにつながるようなニュースでは、報道する側になんらかの負の動機付けを与えることができるというのがその理由なのだそうです(嘘か本当か知りませんが、、、)。
まあ、こんな話はいくらでもありますが、このように、膨大な情報の中で僕達はその背景にあるものが何なのかということを読み解いていかなければなりません。新聞やテレビの報道を鵜呑みにすることなく、むしろ批判的に、疑いの目を持って情報に接することが大切なのではないでしょうか?
あの、ジャカルタでの涙のご対面、、、ネットで写真を見ただけですがそれでも十分に感動的でした。よかったよかった。
しかし、病気のことが気になりますね、、、
まあ、それはそれとしてです。あの感動のご対面をわざわざ選挙の直前にセッティングした日本政府のやり方はあまりにみえみえじゃないですかねー。
僕のような天の邪鬼でなくとも、あれには絶対ある種の意図を感じたでしょうに、、、。
もし百歩譲って政府自民党に何の意図もなかったとしても、あれは選挙にはむしろ逆効果になった可能性もあるんじゃないでしょうかねー。
そして、今度は速攻でジェンキンズさんが、帰国ということになりました。病気のこともありますのでもちろん、それはそれで大変に喜ばしいことですが、もしも今回、日本政府の演出のために無理やり帰国を遅らせられていたのだとしたら、、、、
まあ、へんな詮索はやめておきましょう。
ところで、メディアリテラシーという言葉がありますな。
教科書的に言うと「メディアによってもたらされるあらゆる情報を、取捨選択し使いこなす能力」ということになりましょうか。
確かに、メディアという膨大な情報リソースのなかから必要なもののみを取捨選択したり、ある情報に秘められたマルチラテラルな意味を理解したりという能力はそう容易に身につくものではないでしょう。しかし、現代人にとってこの能力を持つことは極めて重要なことだと思います。
特に、日本のマスコミには政府の御用記者みたいなのが掃いて捨てるほどいますから、単に記事の内容を鵜呑みにしていると、事の本質を見失うことがあります。
たとえば、警察や国税庁の不正を暴こうとした政治家が、何故かその後に選挙違反や脱税で捕まっちゃうなんてことはよくあることらしいですが、新聞にはただ“悪徳政治家が捕まった”としか報道されません。また、しばらく前の話になりますが、検察の裏金作りについて内部告発しようとした大阪高検の公安部長が、テレビの取材に応じる予定のその日の朝に、暴力団と内通していたとかなんとかの理由で突然逮捕されてしまったという事件もありました。
なつかしいところでは、湾岸戦争時に海岸で油まみれになった鳥の写真が実はでっちあげだったとか、イラク兵の残虐行為を証言したクウェート人少女が実はクウェートに行ったことすらなかったなんていうこともありました。
テレビのスポンサーについてこういう話も聞いたことがあります。
何故、競争相手がいない独占企業であるはずの電力会社がテレビCMを流す必要があるのか?
それは、メディアに対しての影響力を保持することが目的だというのです。
スポンサーとして金を出している以上、例えば原発に対するネガティヴな報道など、電力会社にとってマイナスイメージにつながるようなニュースでは、報道する側になんらかの負の動機付けを与えることができるというのがその理由なのだそうです(嘘か本当か知りませんが、、、)。
まあ、こんな話はいくらでもありますが、このように、膨大な情報の中で僕達はその背景にあるものが何なのかということを読み解いていかなければなりません。新聞やテレビの報道を鵜呑みにすることなく、むしろ批判的に、疑いの目を持って情報に接することが大切なのではないでしょうか?
しました。私のグループは役者がそろっていて
みんなでクリティカルな意見をぶつけあったりして。
「言論の自由」って何を定義に自由だと思っているのか・・・なんて話をしました。「事実」と「真実」って違ったりするんですよね・・・。
ジェンキンスさんどうなるんでしょうね・・・。
ちょっと案じています。
さすが、欧米ははディベート社会ですからね、ディスカッションもきっとすごいのでは?
先日、アメリカに住んでおられる方からこういう話を聞きました。その方がアメリカの大学に通っていた頃、テストで一番とったのに成績が「A」じゃなかったのだそうです。納得いかないので教授室へ行って「どうして自分はAじゃないんだ!」と言ったら
「だって君はディスカッションに参加してないからだ」と言われたそうです。
それぐらい欧米では積極的に意見を述べるということが高い評価につながるんですよね。
慣れない僕にはこれがマジでつらいんですよ、、。
ダイアンさん、負けないで頑張って論破しまくってやってくださいね。
USUHSさん
帰国されちゃったんですか?
ということは、これからはずっと日本ですか(あたりまえか)?
確かに、日本はせまっ苦しくていやでしょうね。
国土の広さと言う点においてはどうやったって勝ち目ないですもんね。
>>ホームページで意見を述べるのではもったいないので
いやー、お恥ずかしい。
自分本位の文章ばかりで、、、
これじゃまるで単なる愚痴っぽいおやじですな。
書いてるときはいいんですが、あとで読み返してみると
「おいおい、あんましかっかすんなよー」と自分でも思います。
>>研究しながら
うっ、そのことについてはあんまり訊かないでください。
これから留学を考えている皆さん
ラボ選びはくれぐれも慎重に!
その上、つまらない質問の振り方だと
誰一人乗ってこない・・・
プレゼンテーションの怖さですよね・・・。ディスカッション結構好きなんですよね~。ふふふ。だから、一緒に熱くなってますよ。
今日もブックレビューの時間にみんなで
あーでもないこーでもないってディスカッションやってたら、最後はとうとう先生からすトップがかかりました。お互いにモチベーションが高いと面白いですよね。
おやじなんていいなさんな・・・。
愚痴なんかじゃありませんよ、立派な個人の意見です。ね。
ちなみに初めて携帯からアクセスしてみました。QVGAだと十分読めますね。ただ、文字の入力が…
おっしゃるとおり日本でディベートっていうと冷静さを欠くものが多いと言う気がします。
あと、誰に話してるんだか分からないのも多くないですか?
お互いが相手の目を見ないで、むしろ司会者のほうに向かって話すというあの感じも変だからやめたほうがいいと思うんですけど、、、どうでしょう?
まあ、僕も実は人のこといえないんですけどね。
意見を意見として言って、意見を意見として聞くっていうのがディベートのルールだって前に教えてもらったことがあります。
ディベートって違う意見とかがあるから面白いんですけどね。
いるので、意見を意見として聞けない人が多く、反対の
意見を言われると人格を否定されたような感覚になるひとが往々にしているのですよね・・・。だから方針を検討する会議でも、ロジカルな正しさよりも声の大きさが有効で
あったりして。自戒せねば・・・。