いよいよ8月に入りましたがここワシントンは思ったほど暑くなく比較的過ごし易い日々が続いています。
きく所によると日本は戦後最高の暑さだとか、、、
みなさんお元気でしょうか。夏バテしてないですか?
体調など崩されませんようお気をつけください。
ちなみに僕のほうは最近、仕事上の問題などいろいろなことがあって、あまり気勢があがっておりません。
おかげでブログの執筆意欲も停滞気味です。
でも昨日ひさびさに、あるDVDを観たので今日はそのことを書くことにします。
8月といえば終戦記念日、と言うわけでもないのですが、NHKのアーカイブス「映像記録史 太平洋戦争」という歴史ドキュメンタリーものを観ました。前編・後編に分かれていてDVD全2枚組です。この手のドキュメンタリーはNHKの十八番ですね。実にいい出来でした。
偏った見方を極力排し歴史的事実のみを中立的に描いているという点も大いに評価できました。
このドキュメンタリーは1941年12月8日の真珠湾攻撃から1945年8月15日の終戦までを日米英に残る膨大な映像記録をもとに忠実に再構成した作品です。
日本の運命を決したいくつかの重要な作戦について、豊富な資料を駆使して丹念に描いて見せてくれます。
開戦当初こそ連戦連勝であった日本軍ですが、昭和17年6月のミッドウェー海戦で大敗北を喫して以降はじりじりと追い込まれてゆきます。ミッドウェーに引き続く、ガダルカナル攻防、マリアナ沖海戦、サイパン攻防、インパール作戦、レイテ島海戦、硫黄島、沖縄戦、原爆投下とポツダム宣言の受諾まで、日本軍は圧倒的な物量を誇るアメリカ連合軍の前に次々と敗れ去ってゆくのです。
これら痛々しい姿を目の当たりにすると、日本がいかに無謀な戦争を闘ったのかがよくわかります。
先の二度にわたる大戦の時代、原爆を筆頭とするさまざまな大量殺戮兵器が開発され、無辜の民の命が数多く失われました。以前ブログにも書きましたが第二次大戦における全犠牲者のうち約4割は一般市民であったといわれています。
20世紀が“大量虐殺の時代”とよばれる所以です。
昨今、日本では小林よしのりの「戦争論」が飛ぶように売れ、“つくる会”が新しい歴史教科書を編纂し、従来の日本の歴史教育を自虐史観に基づくものであると糾弾する声が高まり、多くの若い人たちがこれに熱狂的に呼応しています。
(僕にはそういう若者たちの気持ちもある意味理解できなくもありませんが、熱狂の背後に潜むどこまでも一面的でしかないコミュニケーションの方法にはある種の危うさを感じています)
今のそうした日本の状況は満州事変前後のそれに極めてよく似ていると言う人さえいます。
歴史を正しく学ぶことは極めて大切なことだと思います。
以前も書いたように、戦争が勝者と敗者を截然と分けるものである以上、そこには両者の論理が同時に存在し、とすれば“正義”と“悪”の概念など所詮は相対的な価値判断の所産に過ぎないと言えるでしょう。
そういう意味では「日本は悪かった」とか、「良いこともした」などという議論は本質的とは呼べないと思います。
なぜ日本が戦争に突入しなければならなかったのか、なぜフィリピンや南京で大量の現地の一般市民を殺害するに至ったのか、なぜガダルカナルやインパールの如き悲劇が生まれたのか、なぜ鉄血勤皇隊やひめゆり部隊、さらには神風や回天特攻隊のような非人道的犠牲が生まなければならなかったのか。
僕らは、人類が歩んできた愚かな歴史を振り返り、これを学ぶことのできる材料をたくさん持っています。
不毛な水掛け論からいち早く脱し、今こそ冷静に歴史に学ぶ姿勢が必要なのではないかと感じます。
きく所によると日本は戦後最高の暑さだとか、、、
みなさんお元気でしょうか。夏バテしてないですか?
体調など崩されませんようお気をつけください。
ちなみに僕のほうは最近、仕事上の問題などいろいろなことがあって、あまり気勢があがっておりません。
おかげでブログの執筆意欲も停滞気味です。
でも昨日ひさびさに、あるDVDを観たので今日はそのことを書くことにします。
8月といえば終戦記念日、と言うわけでもないのですが、NHKのアーカイブス「映像記録史 太平洋戦争」という歴史ドキュメンタリーものを観ました。前編・後編に分かれていてDVD全2枚組です。この手のドキュメンタリーはNHKの十八番ですね。実にいい出来でした。
偏った見方を極力排し歴史的事実のみを中立的に描いているという点も大いに評価できました。
このドキュメンタリーは1941年12月8日の真珠湾攻撃から1945年8月15日の終戦までを日米英に残る膨大な映像記録をもとに忠実に再構成した作品です。
日本の運命を決したいくつかの重要な作戦について、豊富な資料を駆使して丹念に描いて見せてくれます。
開戦当初こそ連戦連勝であった日本軍ですが、昭和17年6月のミッドウェー海戦で大敗北を喫して以降はじりじりと追い込まれてゆきます。ミッドウェーに引き続く、ガダルカナル攻防、マリアナ沖海戦、サイパン攻防、インパール作戦、レイテ島海戦、硫黄島、沖縄戦、原爆投下とポツダム宣言の受諾まで、日本軍は圧倒的な物量を誇るアメリカ連合軍の前に次々と敗れ去ってゆくのです。
これら痛々しい姿を目の当たりにすると、日本がいかに無謀な戦争を闘ったのかがよくわかります。
先の二度にわたる大戦の時代、原爆を筆頭とするさまざまな大量殺戮兵器が開発され、無辜の民の命が数多く失われました。以前ブログにも書きましたが第二次大戦における全犠牲者のうち約4割は一般市民であったといわれています。
20世紀が“大量虐殺の時代”とよばれる所以です。
昨今、日本では小林よしのりの「戦争論」が飛ぶように売れ、“つくる会”が新しい歴史教科書を編纂し、従来の日本の歴史教育を自虐史観に基づくものであると糾弾する声が高まり、多くの若い人たちがこれに熱狂的に呼応しています。
(僕にはそういう若者たちの気持ちもある意味理解できなくもありませんが、熱狂の背後に潜むどこまでも一面的でしかないコミュニケーションの方法にはある種の危うさを感じています)
今のそうした日本の状況は満州事変前後のそれに極めてよく似ていると言う人さえいます。
歴史を正しく学ぶことは極めて大切なことだと思います。
以前も書いたように、戦争が勝者と敗者を截然と分けるものである以上、そこには両者の論理が同時に存在し、とすれば“正義”と“悪”の概念など所詮は相対的な価値判断の所産に過ぎないと言えるでしょう。
そういう意味では「日本は悪かった」とか、「良いこともした」などという議論は本質的とは呼べないと思います。
なぜ日本が戦争に突入しなければならなかったのか、なぜフィリピンや南京で大量の現地の一般市民を殺害するに至ったのか、なぜガダルカナルやインパールの如き悲劇が生まれたのか、なぜ鉄血勤皇隊やひめゆり部隊、さらには神風や回天特攻隊のような非人道的犠牲が生まなければならなかったのか。
僕らは、人類が歩んできた愚かな歴史を振り返り、これを学ぶことのできる材料をたくさん持っています。
不毛な水掛け論からいち早く脱し、今こそ冷静に歴史に学ぶ姿勢が必要なのではないかと感じます。
サッカーのアジア大会での中国の人たちの恐ろしいくらいの反日感情を見た時、(サッカー観戦という熱狂的状態にしても)歴史的な事実を払拭することは不可能なのかと残念に思いました。
日本人ってそんな感情ってないと思いませんか?
先日、ヨーロッパ人の友人からこういわれました。
「ヨーロッパでは、毎年夏になるとテレビや新聞で広島、長崎の特集をやるけど、アメリカじゃそういう報道がほとんどないのは不思議だとは思わないか?おまえも日本人だからやっぱりアメリカに対しては特別な感情があるんだろう?」と。
そう聞かれて、正直どう答えていいのか分かりませんでした。アメリカを恨めしいと思う気持ちがあるかといわれると、そういう明確な感情は確かに持ち合わせていないかもしれません。
僕も多くの日本人同様“事実性の優位”に支配されているのでしょうか。
そういう意味では、最近の若者の偏向ぶりも、戦後日本のとってきた「臭いものに蓋」的な立場に対してのスウィングバックのようにも思えるのですが、、、
ちなみに小林よしのりの“戦争論”についての個人的見解についても気が向いたらそのうち何か書くかも知れません。
結果に対して、なぜ、という原因を突き詰めない。
予想外のことが起こると「じつはそうだと思っていたんだ」
などと言ってしまう。
・・・という内容の書評が読売に載っていました。
因果律の検証が不完全な故、戦争に負けても運が悪かったとか
工夫が足りなかったなどという話に落ち込んでしまう。
そして、戦争がもたらした結果についても検証が甘い・・・
中国人サポーターの態度は確かに如何なモノかと思いますが
それには原因があるのでしょう。けしからん中国、がんばれニッポン、愛国ニッポン、では、思考の停止に他ならないと
思います。
・・・でも、アジアカップは勝って欲しいのですが。
やはり単純な自分・・・
いやー、全く同感ですよ。
けしからん中国、がんばれニッポンではほんとに思考停止ですね。
以前、こう言う話を聞いたことがあります。
戦時中、敗戦の色が濃厚になってきた時期に、陸軍内部において何故日本軍が勝てないのかを冷静に分析しようとする動きがあったそうです。
これに対し、上層部は
「貴様!!この日本帝国陸軍が負けるとでもいうのか!!恥を知れ!!」
とまさに思考停止そのものであったといいます。彼らはいつもこうやって威勢良く吼えるばかりで、そのくせやっている戦法といえば正面からの突撃ばかり、、、
おかげで上層部の命令どおりに動かざるを得なかった部隊の後ろには累々と死体の山が築かれるばかりだったと言います。
ピンチの時には神風が吹いて日本を守ってくれるのだ!なんて、単なる子供の戯言みたいな物言いじゃないですか?
こんなことで死んでいった兵隊さん達が犬死でなくてなんだというのでしょうか?
因果律の検証が甘いっていうのは日本人の特性っていうより、単に日本人は馬鹿なだけなんじゃないのか?って言いたくなります。
戦争中、アメリカ軍は零戦の戦闘能力の徹底的な分析を行い零戦対策をいち早く講じました。
B-29も、対空砲火の届かない高度で飛行しつつ爆撃できるように開発されましたし、高性能レーダーと優秀な暗号解読班の活躍のおかげで、日本軍の動きはほとんど筒抜けだったといいます。
挙句の果てが原爆です、、、
そこまで見せ付けられてしまえば、そりゃあとは特攻戦法ぐらいしか思いつかないわな、、、
にもかかわらず、未だに「零戦はアメリカをてんてこ舞いさせた世界一の戦闘機だった」なんて過去の栄光にすがっててもしょうがないでしょうに、、
悔しいかな、日本は完敗だったわけですよ。
どうして、冷静にそれを分析できないんでしょうかね、、、
私は中学生の時、本田勝一の書いた南京大虐殺の本(「中国の旅」・朝日文庫)を読んだため、トラックバック先の私のホームページのような左側の論調で戦争を見ていました。
私は修学旅行で沖縄に行き。戦争体験者やひめゆりの記念館で当時ひめゆり隊の方のお話をきいてから。やっと日本人の第二次世界大戦の犠牲者の方に同情的な見方ができるようになりました。
私のページは歴史中心の日記ですので、その時に確かな資料がなくて大体の数字や表記する時がありますが、今週(8月9日~15日)は戦中特集として書いています。
トラックバック先の書き出しが悪くて恥ずかしいのですが、私なりの日中関係を書いてみました。
私も歴史には興味がありますが、historyprefectureさんのように、それをテーマに掲げることの出来るほどの知識はありません。
historyprefectureさんのページを読んで勉強させていただきます。
ところで本多勝一の“中国の旅”は実のところまだ読んでいません。
保守論壇から稀代の悪書として名指しされ、読む以前から本書に対する罵詈雑言を嫌というほど耳にした後ではなかなかこの本を手にとる勇気はありませんでした。
しかし、自分なりに太平洋戦争に対する考え方やスタンスが固まりつつある今ならば比較的冷静に読めるかもしれないな-と感じております。
肯定するも否定するもまず自分の目で確かめてから、と考えています。
今後ともよろしくお願いいたします。