「はい、お疲れ」
とカップコーヒーが目の前に差し出された。白い手。
手塚がソファに座った姿勢のまま見上げると、柴崎が立っていた。
寮の共有ブース。夕食が終わって、めいめい部屋に引き取るか、風呂の時間という頃合い。
何人かそこに残って雑談などに興じている。
反射でサンキューと受けとって、それから「?」という顔になる。
「なんでおごってくれるんだ。いいのか」
「いいのよ。理由はこれから分かるから」
どうぞ、と促して柴崎は自分でも持っている紙コップを口に運んだ。
立ったまま一口含む。
手塚も促されるまま珈琲を飲み、理由?とカフェインの苦みとともに考えを巡らせた。柴崎がくれたものはブラック。自分の好みを知ってくれているんだなと、それだけでなんとなく嬉しくなる。
「座ったら」
言うと、柴崎はかぶりを振った。
「あたしがあんたと一緒に座ってたらいろいろと煩わしいこと言われるから。ここでいい」
プランターの側に突っ立ったまま。
「……煩わしいことをやりすごすテクニックもそれなりにあるけどな」
こっちには。と聞こえるかどうか微妙な声量で呟いてみる。
それを完全スルーして柴崎は、
「あ、帰ってきた」
玄関の自動ドアのほうに目をやった。
つられてそちらを見る。
すると、
「たっだいまあ~」
語尾を上げてご機嫌な様子で笠原がやってくるのが見えた。足取りが軽い。まるで月面を歩いているようだ。Gが違う。
「お帰り、笠原」
「おつかれ」
「あ、柴崎、手塚。ただいまあ~」
二人に気づいて近づいてくる。頬が少し赤い。
「どうだったの、教官とのデート」
「デート?」
手塚が目を剥く。
「え、違う違う。デートじゃないよ。残業、ただの残業だって」
目の前で両手をぶんぶん振って笠原は否定。「急に人手が必要だって言うからさ。今まで手伝っていただけだよ」
「そうなのか。しまったな」
手塚の顔が曇る。今日彼は非番だった。出勤していたら、手伝えたのにと顔が言っている。
柴崎がそれを見て、
「あんたは気にしなくていいの。上官の指名残業なんだから」
と言った。
「それに、ただ仕事してただけとは思えない時間帯だしね」
もう20時になろうとしていた。残業しながら軽食を取ったり、それ以外にあんなことやこんなこともしたかも知れない。夜のオフィスで。
笠原のほの赤い上気した顔がそれを物語っている。
「……なるほど」
自分に苦いコーヒーをおごってくれた理由がわかった。いくら鈍い手塚とは言え。
職場恋愛真っ最中、あまあまモードの同期の帰還にそなえたのだ。当てられないように。
「夕食のデザート、プリン、あんたの分取っておいたわ、食べる?」
部屋にあるわよと柴崎がウインクを決める。それはあでやかに。
うわあっと笠原が飛び上がって悦ぶ。満面の笑み。
「柴崎ありがとう~! 大好き!」
真正面からがばと抱きつく。体格差があるので、タックルされたような格好になる。思わず柴崎がよろめいた。
あ、と手にした飲みかけの紙コップを気にする。中身が。
こぼれる寸前で、手塚がソファから立ち上がり、それを取り上げた。ナイスキャッチ。
「~~笠原、おまええ」
手塚が睨みを利かせた。じろりと。
「気をつけろって言ってるだろ、いつも。自分のスペック考えろって。火傷させたらどうするんだ」
「ご、ごめん」
叱られて笠原が身を引く。柴崎の両肩に手を置いて、「ごめんね。大丈夫だった?」と顔を覗き込む。
「大丈夫。びっくりしただけ」
手塚は過保護なのよね。と微笑む。
「まったく……」
やれやれと首を振った。そんな手塚に「ありがと、コーヒー救ってくれて」と手を差し出す。
「ん」
と紙コップを返そうとして、その動きが止まる。
ん? どっちだ?
自分が飲んでいたのが右だっけ? それとも利き手で柴埼のやつを取り上げた? 混乱した。
左右どちらを渡そうか戸惑っているのを見て、柴崎は「ああ、どっちでも構わないわ。あんたなら」とさっと彼の左手から紙コップをさらう。
一口中身をこくりと飲んで、にっこり笑った。
「じゃあね、お休み」
空いている方の手を振ってから、笠原の背を促した。
階段を上りつつ、教官と何してたのよ、ほんとは、と肘でつつく。な、何もしてないよ、仕事だけだよとつつき返す。
ほんとう~? とじゃれあって上っていく姿を見送る手塚は棒立ちだ。
「……なんだよ」
二人が見えなくなってから、手塚はすとんとソファに腰を下ろした。
「あんたならどっちでも構わないって、どういうことだよ」
間接キスしても構わないってことか。俺なら。
そういう意味で受け取っていいのか。それとも深読みしすぎか。
一緒にソファに座ると煩わしいと言っておきながら、これだよ。
手塚は頭を抱えた。
いつもながら内心が読めない柴崎にツンとデレを仕掛けられて、ぐらぐらだった。
END
久しぶりにこのCPで書けて楽しかったですv
とカップコーヒーが目の前に差し出された。白い手。
手塚がソファに座った姿勢のまま見上げると、柴崎が立っていた。
寮の共有ブース。夕食が終わって、めいめい部屋に引き取るか、風呂の時間という頃合い。
何人かそこに残って雑談などに興じている。
反射でサンキューと受けとって、それから「?」という顔になる。
「なんでおごってくれるんだ。いいのか」
「いいのよ。理由はこれから分かるから」
どうぞ、と促して柴崎は自分でも持っている紙コップを口に運んだ。
立ったまま一口含む。
手塚も促されるまま珈琲を飲み、理由?とカフェインの苦みとともに考えを巡らせた。柴崎がくれたものはブラック。自分の好みを知ってくれているんだなと、それだけでなんとなく嬉しくなる。
「座ったら」
言うと、柴崎はかぶりを振った。
「あたしがあんたと一緒に座ってたらいろいろと煩わしいこと言われるから。ここでいい」
プランターの側に突っ立ったまま。
「……煩わしいことをやりすごすテクニックもそれなりにあるけどな」
こっちには。と聞こえるかどうか微妙な声量で呟いてみる。
それを完全スルーして柴崎は、
「あ、帰ってきた」
玄関の自動ドアのほうに目をやった。
つられてそちらを見る。
すると、
「たっだいまあ~」
語尾を上げてご機嫌な様子で笠原がやってくるのが見えた。足取りが軽い。まるで月面を歩いているようだ。Gが違う。
「お帰り、笠原」
「おつかれ」
「あ、柴崎、手塚。ただいまあ~」
二人に気づいて近づいてくる。頬が少し赤い。
「どうだったの、教官とのデート」
「デート?」
手塚が目を剥く。
「え、違う違う。デートじゃないよ。残業、ただの残業だって」
目の前で両手をぶんぶん振って笠原は否定。「急に人手が必要だって言うからさ。今まで手伝っていただけだよ」
「そうなのか。しまったな」
手塚の顔が曇る。今日彼は非番だった。出勤していたら、手伝えたのにと顔が言っている。
柴崎がそれを見て、
「あんたは気にしなくていいの。上官の指名残業なんだから」
と言った。
「それに、ただ仕事してただけとは思えない時間帯だしね」
もう20時になろうとしていた。残業しながら軽食を取ったり、それ以外にあんなことやこんなこともしたかも知れない。夜のオフィスで。
笠原のほの赤い上気した顔がそれを物語っている。
「……なるほど」
自分に苦いコーヒーをおごってくれた理由がわかった。いくら鈍い手塚とは言え。
職場恋愛真っ最中、あまあまモードの同期の帰還にそなえたのだ。当てられないように。
「夕食のデザート、プリン、あんたの分取っておいたわ、食べる?」
部屋にあるわよと柴崎がウインクを決める。それはあでやかに。
うわあっと笠原が飛び上がって悦ぶ。満面の笑み。
「柴崎ありがとう~! 大好き!」
真正面からがばと抱きつく。体格差があるので、タックルされたような格好になる。思わず柴崎がよろめいた。
あ、と手にした飲みかけの紙コップを気にする。中身が。
こぼれる寸前で、手塚がソファから立ち上がり、それを取り上げた。ナイスキャッチ。
「~~笠原、おまええ」
手塚が睨みを利かせた。じろりと。
「気をつけろって言ってるだろ、いつも。自分のスペック考えろって。火傷させたらどうするんだ」
「ご、ごめん」
叱られて笠原が身を引く。柴崎の両肩に手を置いて、「ごめんね。大丈夫だった?」と顔を覗き込む。
「大丈夫。びっくりしただけ」
手塚は過保護なのよね。と微笑む。
「まったく……」
やれやれと首を振った。そんな手塚に「ありがと、コーヒー救ってくれて」と手を差し出す。
「ん」
と紙コップを返そうとして、その動きが止まる。
ん? どっちだ?
自分が飲んでいたのが右だっけ? それとも利き手で柴埼のやつを取り上げた? 混乱した。
左右どちらを渡そうか戸惑っているのを見て、柴崎は「ああ、どっちでも構わないわ。あんたなら」とさっと彼の左手から紙コップをさらう。
一口中身をこくりと飲んで、にっこり笑った。
「じゃあね、お休み」
空いている方の手を振ってから、笠原の背を促した。
階段を上りつつ、教官と何してたのよ、ほんとは、と肘でつつく。な、何もしてないよ、仕事だけだよとつつき返す。
ほんとう~? とじゃれあって上っていく姿を見送る手塚は棒立ちだ。
「……なんだよ」
二人が見えなくなってから、手塚はすとんとソファに腰を下ろした。
「あんたならどっちでも構わないって、どういうことだよ」
間接キスしても構わないってことか。俺なら。
そういう意味で受け取っていいのか。それとも深読みしすぎか。
一緒にソファに座ると煩わしいと言っておきながら、これだよ。
手塚は頭を抱えた。
いつもながら内心が読めない柴崎にツンとデレを仕掛けられて、ぐらぐらだった。
END
久しぶりにこのCPで書けて楽しかったですv
⇒pixiv安達 薫