背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

運命の人なんかじゃなく(手塚×柴崎)

2022年03月06日 04時53分02秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降
「私にも、運命の人が見つかるでしょうか」


何気なく、つけたテレビのバラエティに出ていた女性タレントがそんな言葉を漏らした。
普段はテレビなんてあまり見ない。よほど見たい番組がある時以外は。
でも、笠原が結婚して寮を出て行ってから、音がほしくてなんとなくリモコンのスイッチを入れてしまう。
かけ流すだけ。見るともなしに。
寂しい、のかなあと思う。自覚はないけど。
二人部屋を一人で思う存分使えるようになった。気兼ねしないで、好きなことを好きな時間にやれるようになった。
いいことだらけ。傍目にはそう見えるだろう。
相方が、あの子じゃなかったらそう思えたかもしれない。でも、あたしは知ってしまった。気の置けない同性のともだちがいるってこと。その気安さ、安心感。
一度知ってしまったら、もうなかったことにはできない。
・・・・・・寂しいなあ。
知らず、心の声が漏れそうになる。あたしは、風呂上がり、頭を乾かしていたドライヤーのスイッチを切ってコードを巻いた。化粧台の下にしまう。
笠原の家具が撤収された部屋は、がらんとしている。半分羽を失った、ちょうのようだ。バランスを失っている。
笠原の結婚は、心から嬉しい。結婚式も素敵だった。長い間思い合った二人がーー笠原と堂上教官が一緒になる。幸せになる瞬間に立ち会えた。
ともだちとして、これほど喜ばしいことはない。
なのに、もう一人のあたしが、まだ膝を抱えてしゃがんでいるのよ。立ち上がれないでいるの。
心の部屋の片隅で。
笠原とここでいっしょに過ごした時間に、戻れたらいいのに、って。
「・・・・・・はあ」
いけない。またため息をついてしまった。
最近、自分でも知らない間に量産してしまう。あたしは踏ん切りをつけるように鏡の前から立ち上がった。
その時だ。
「私にも、運命の人が見つかるでしょうか」
女の人の声が聞こえた。
思わず、テレビを見た。声がしたほう。
「今まで誰と付き合っても、最後は結局おんなじ理由で別れちゃうんです。どうしても、相手に「そういうところがいや、こうしてほしいんだけど」って言えなくて、溜め込んで、最後は失望して、切れて、「別れてほしい」ってこっちから言い出すんです」
名前を知らないタレントだった。きれいな子。30才・・・・・・はいっていないくらい、か。
自分の恋愛について、他のタレントさんに相談する企画らしい。円卓のようなところに何人かの芸能人が座って神妙な顔で彼女の話に耳を傾けている。
ワイプに抜かれて、ちょっとくたびれたおじさんの困ったような、それでいて少し微笑を湛えた顔が映し出された。
まるで台本を読んでいるみたいだもの。女性タレントの言葉。
私にも、運命の人が見つかるでしょうか、なんて自己陶酔満載の、台詞だろう。
リモコンを取り上げてスイッチを切ろうとした時、
「あの、俺さ、思うんだけど。運命の人を探そうとするんじゃなくってな、こういう考えで周りを見つめてみるといいんじゃないかな」
ワイプの中のおじさんが、口を開いた。
女性タレントが小首を傾げる。言葉を待つ。
おじさんは言った。
「もし、あんたが死ぬ時になってーー縁起でもなくてスマンな。
でも人は最後にかならず死ぬだろ? 息を引き取るそん時に、自分の隣に居てほしいって思える男を見つけるといいよ。この男と最期、自分が一緒にいたいかどうか、ってな」
運命の人を探すよりよっぽどそっちのほうが効果あると思うよ、おじさんはそう結んだ。
「・・・・・・」
画面に映るタレントの顔は、あたしが今している表情といっしょだ、きっと。
あたしは弾かれたように、立ち上がり部屋を飛び出した。着の身着のまま。
廊下を走り、階段を駆け下りる。
1階の共有スペースに向かう。いつもの場所、いつもの席を目で探す。
ーーいた。
手塚。
お風呂上がり、植え込みの近くのソファで夕刊を読む。彼の眠る前の習慣。
乾ききらない濡れ髪を無造作に後ろに流して、前屈みで真剣な面持ちで紙面に向かう。
あたしは数メートル離れたところで立ち止まる。彼から視線を離せない。
見つめる。
さっき、バラエティ番組の中で放たれた台詞が頭の中で繰り返される。
「息を引き取るそん時に、自分の隣に居てほしいって思える男を見つけるといいよ。
この男と最期、自分が一緒にいたいかどうかってな。
運命の人を探すよりよっぽどそっちの方が効果あると思うよ」
呼吸(いき)が、少し上がっていた。
弾かれたように部屋を飛び出してきたから。
じっとしていられなくて。居ても立ってもいられなくて。
ここに来た。
そこで、視線を感じたのか、手塚がふと顔を上げた。
あたしを見る。
「柴崎」
まっすぐ、彼の声があたしに届く。
野球で、ストレートのボールを投げられたみたいだった。心臓に、直でくる。
棒立ちになる。すごい破壊力だった。
あたしが立ちすくんでいるのを見て、怪訝に思ったのか手塚が「柴崎? どうした?」と少し眉をひそめた。
お風呂上がり、あたしがすっぴんでパジャマになったらもう出歩かないと決めていることを知っている男。
夕刊を何紙も読み比べて、世相に通じている男。
今年も、バレンタインに女の子たちからのチョコを全部丁重にお断りしたという男。
そんな男がいまあたしの前にいる。
手塚はソファから腰を浮かせた。あたしに近寄っていいものかどうか、決めかねている。
「手塚」
あたしの唇を割って、声がこぼれる。
彼の名を呼んだ。
わかって、しまった。
あたしはもし自分が息を引き取るんだったら、その瞬間には、この堅物で融通の利かない、そしてどうしようもなく家族思いの、心の優しい、ーー本当に優しいこの男に、隣に居てほしい。
心から。
わかった。わかっちゃったの。
どうしよう。
あたしは混乱していた。手塚も何も言わずに突っ立ったままのあたしを、困ったようにわずかに首を傾げて見ている。言葉を口にしたいのに、何を言っていいのか決めかねる様子で唇は半開きになっていた。
たかがテレビ番組。たかがバラエティの企画もの。その中でのタレント同士で支わされた会話にすぎない。
ただの恋愛指南。
でも、ーーだからこそ。
わかっちゃったの。笠原のいない、一人きりの部屋で、今夜。


あたしは、この人が、手塚が、好きだーー


END
⇒pixiv安達 薫


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