【2】へ
「あ、」
「――おっ」
郁と堂上は、互いに人ごみの中から抜け出したところで遭遇した。ばったりと。
目の前にいる相手がだれだか分かって、分かったからこそ立ち尽くして身動きできない。
棒立ちになる。
しばし、言葉を交わすのを忘れて互いに目を奪われる。
ざわつく会場のそこだけ、まるで時間が止まったみたいに。
堂上のりりしい白衣姿と郁のナースの仮装は、まるで一対のようにぴたりとマッチしていた。
はっと我に返り、視線を無理に剥がしたのは堂上のほうだった。
「ま、馬子にも衣装だな」
「す、すみません」
郁が頭に戴いたナースキャップを押さえつつ小さくなる。堂上は眉を寄せた。
「ばか、けなしとらん。褒めたんだ」
「へ? 褒め……?」
郁がそろそろと上目で窺う。
堂上はあらぬ方角を向いたまま、むっつりと腕を組んで言った。
「似合ってるという意味だ阿呆。大学入りなおしてもういっぺん勉強しなおして来い」
「は、はあ」
郁は縮めていた背を伸ばした。なんだか褒められているという実感は湧かないものの、堂上がそう言うのなら褒め言葉なのだろう。
「教官、お医者さんなんですね。聴診器まで。芸が細かい」
首から提げた小物に目を留めて郁が言うと、堂上はすっかり板についた苦虫を噛み潰した顔をしてみせる。
「これは俺の本意じゃない。小牧にさせられてるんだ!」
あはは。そんなことだろうと思った。郁が思わず吹き出した。
「あたしだってそうですよ。ぜーんぶこれ、柴崎の見立てですもん」
「そうか。なら、柴崎に感謝だな」
「はい。相変わらず頼りになる相棒で」
「違う。お前じゃなくて、俺がって意味だ」
「……? え」
こんなセクシーなお前が拝めるなんて、正直予想してもいなかった。
感謝の意味を掴みかねて怪訝そうにしている郁を見ていたら、ふ、と堂上の頬が緩む。幾分優しいまなざしになって、「よく似合う」と言葉が突いて出た。
「えっ」
「それにしてもお前、でかいな。今夜はまた一段と」
ナースキャップを見上げて言う。それを被ると確実にいつもより五センチ身長は上乗せだ。
郁はまた頭に手をやって、
「あ、これ」
「かぶらんといかんものなのか。最近は病院でもそれは簡略化されてるって聞いたが」
「と、取ります」
堂上との身長差をこれ以上つけたくない郁は、すぐにピンを抜き取って外した。丁寧に畳んでポケットにしまう。
髪を手櫛で整えていると、そっと堂上が手を伸ばした。 髪を梳いてくれる。
「教官」
「すまん。似合ってたのに。俺、わがまま言った」
気まずそうに目を合わせずに呟く。郁は微笑った。
「いいんです。ちょっとピンがきつくて外そうと思ってたので」
それが優しい嘘だというのは堂上も気づいている。でも、「そうか」と言うに留めた。
「たまには教官のわがままもいいものですね。今夜はラッキーかも」
照れくさそうに、でも嬉しそうに言う郁。その表情を見ていたら、なんとも甘い気分になった。
――お前がそう言うのなら。
もっとわがまま言いたいこともあるんだが……。
俺がそうしたらお前はどうする?
そんな堂上の心のうちなど露知らず、郁は人いきれのせいで紅潮した頬を明かりの下でつやつやと輝かせた。
「暑いですね、ここ。喉がからから。教官、何か飲みませんか。あたしドリンク取ってきますよ」
「いや、俺が行こう」
「え、じゃあ一緒に」
自然と二人、寄り添って、そのままテーブルでドリンクでもという流れになりそうだった、そのとき。
「あーっ! なんで取っちゃったんだ。折角似合ってたのに、ナースキャップ」
古参の特殊部隊員がダミ声とともに割り込んでくる。
彼らはいまやなつかし映画の「ゴーストバスターズ」に扮している。マシュマロマンなど。
いや、ミシュランタイヤのキャラクターだろうか。もこもこして判然としない。
「笠原、今夜はいいぞ、お前。すごくいい」
「ああ。見違えたぞ。誰か分からなかった、さっきまで」
「やっぱしナースはいいなあ。笠原だってこんなに見事に化けるんだからなあ」
ナース、最高! と彼らが拳を天に突き上げる。どうも大分アルコールが回っていると見える。
「なんですか、喧嘩売ってるんですか」
む、と口を尖らせて彼らの茶々を買おうかどうかという気色を見せる郁。
「喧嘩なんか売っとらん。ただ今夜は可愛いなあって褒めてるんだよ、なあ」
マシュマロマンは気安く郁の肩に腕を回そうとする。どさくさに紛れて抱き寄せようとした。
と、マシュマロマンが触れるより早く堂上が彼女の腕を引いた。
ぐい、と自分の背後に庇う。
「えっ」
「あれ?」
前者は郁の。後者はマシュマロマンの声。
むすっと不機嫌な顔をこしらえて堂上が不埒な輩を睨めあげた。目を細め、慇懃に言う。
「すみませんがうちのにちょっかいかけるのは勘弁してください」
マシュマロマンの前に立って自身でガードをかける。マシュマロマンはそこで呑まれたように立ちすくんだ。
「あ、なんだ……、堂上だったか」
「そんなカッコしてるから分からなかった」
気まずそうに言い訳をする。中の一人が場を取り繕うようにへらっと笑って、
「うちのって、笠原はお前のかみさんかなにかか。ん?」
と堂上の腕を小突く。堂上は真顔で返した。
「うちの隊員って意味です。それに今夜は貸切なんです」
「貸切?」
「このナースです」
背後の郁を見もせずに言って堂上は、
「これから回診がありますので、失礼します」
彼女の腕を掴んで堂上はとっととその場から離れた。
「あららら。ちゃっかりお姫様奪還しちゃったよあの人は」
少し離れたところから一部始終をウォッチしていた小牧が楽しそうに言う。
ま、奪還というのは語弊があるけど。それでも。
「笠原さんにちょっかい出したらだめだよねえ。火に油でしょうがよ。なあ、手塚」
相槌がないので背後を窺う。と、そこにいたはずの手塚の姿がない。
「あれ? どこ行った?」
辺りを見回す。が、ひときわ目立つ扮装のあの男の姿が見えない。
変だな。首を傾げつつグラスのふちに口を押し当てる。と、その小牧の視界にふと過ぎるものがあった。
ひらりと、夜の闇の中足を忍ばせていく、黒猫のように。しなやかなもの。小柄なシルエット。
「――?……」
小牧は自分の見間違いかと思う。この、人でごった返す会場でたまたま似た人がいたのだろうと。
でもある種の予感というか、妙な確信があって、目が今自分の見た像を追いかけてしまう。無意識のうちに。
小牧はグラスを空にしてテーブルに戻し、すっとその場から離れた。彼自身、足音を消して人波の中に入っていく。
さっき見た黒猫の後を追う。
「どうか吸ってください、お願いします。後生です」
「んー、どうしようかしらねえ」
「俺のを。俺の血をぜひ、献血量越えたって構いませんからぜんぜん!」
「どうか吸血鬼さま、柴崎さま~」
土下座でもしかねない勢いで、男たちは柴崎に詰め寄っていた。
なんだそりゃ。
手塚は呆れながら柴崎にまとわりつく連中を掻い潜り、なんとかかんとか彼女の許にたどり着いた。
急に海賊姿の彼が現れたのでびっくりした様子で柴崎は
「あらまあ、これはこれは船長殿のお出まし?」
と目を瞠る。
「どっかのご令嬢と楽しくダンスでも踊ってらしたんじゃないの? ブラックパール号で。どうしたのわざわざ」
手塚は目を眇めた。隻眼なのでそういう表情をすると凄みが出る。
「お前、ちょっと来い。今夜、結構ハイペースで飲んでるだろ」
あっちで少し休めと壁際に用意された椅子を目で指し示す。
「何よ」
柴崎はむっと柳眉を逆立てる。命令口調で言われたのが癇に障る。自分の酒量を気にかけられていることも。
離れていてもちゃんと見守られているのが分かって、嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちが湧き上がる。でもそれを振り切るように手にしていたグラスを手塚にひらりと掲げた。
「あたしが飲もうが飲むまいが、あんたに関係ないでしょー。引っ込んでてよ」
柴崎の指には真っ赤な付け爪が施されている。長い、魔女のような鋭い爪。
黒のマントにそれはそれは映えて。手塚はそんなやり取りの中でも真紅の美しさに目を奪われた。
「そうだぞ、手塚。お前はあっちで女たちに囲まれて楽しくやってろよ」
柴崎の取り巻きの一人が言った。既に出来上がってる様子でろれつも怪しく絡んでくる。
「なんだよ、いいとこ取りしやがって、いっつもいっつも」
「お前カッコよすぎんだよ、何やっても」
あからさまにやっかまれる。
手塚は鼻白んだ。
「何言ってんだよ。お前らも飲み過ぎだぞ」
いい加減にしろよと窘める。と、更にエスカレートした様子で口々にわめいた。
「うるさい。柴崎さんは渡さないぞ! あっち行ってろ」
「そうだそうだ。柴崎さんは誰のものでもないんだぞ。うちの隊のアイドルなんだ。独り占めはさせない」
「……アイドルなんかじゃない」
ぼそ。そこで柴崎が呟く。
低い低い声で。
ともすれば聞き逃してしまいそうなほど。でも手塚の耳はしっかりと彼女の声を捉えた。
「え?」
取り巻きが虚を衝かれる。柴崎は語調を強めて更に言った。
「あたしは、アイドルなんかじゃない。あんたたち、勝手に偶像化しないで。――男なんて、大っきらい」
きっと顔を上げて手塚を見据え、柴崎は彼のシャツの胸元を強引に手繰り寄せた。有無を言わさずその首筋に牙を剥く。
「あたしはバンパイアよ」
加減なんかしなかった。がぶりと噛み付いた。
「!」
手塚の首に激痛が走った。
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「あ、」
「――おっ」
郁と堂上は、互いに人ごみの中から抜け出したところで遭遇した。ばったりと。
目の前にいる相手がだれだか分かって、分かったからこそ立ち尽くして身動きできない。
棒立ちになる。
しばし、言葉を交わすのを忘れて互いに目を奪われる。
ざわつく会場のそこだけ、まるで時間が止まったみたいに。
堂上のりりしい白衣姿と郁のナースの仮装は、まるで一対のようにぴたりとマッチしていた。
はっと我に返り、視線を無理に剥がしたのは堂上のほうだった。
「ま、馬子にも衣装だな」
「す、すみません」
郁が頭に戴いたナースキャップを押さえつつ小さくなる。堂上は眉を寄せた。
「ばか、けなしとらん。褒めたんだ」
「へ? 褒め……?」
郁がそろそろと上目で窺う。
堂上はあらぬ方角を向いたまま、むっつりと腕を組んで言った。
「似合ってるという意味だ阿呆。大学入りなおしてもういっぺん勉強しなおして来い」
「は、はあ」
郁は縮めていた背を伸ばした。なんだか褒められているという実感は湧かないものの、堂上がそう言うのなら褒め言葉なのだろう。
「教官、お医者さんなんですね。聴診器まで。芸が細かい」
首から提げた小物に目を留めて郁が言うと、堂上はすっかり板についた苦虫を噛み潰した顔をしてみせる。
「これは俺の本意じゃない。小牧にさせられてるんだ!」
あはは。そんなことだろうと思った。郁が思わず吹き出した。
「あたしだってそうですよ。ぜーんぶこれ、柴崎の見立てですもん」
「そうか。なら、柴崎に感謝だな」
「はい。相変わらず頼りになる相棒で」
「違う。お前じゃなくて、俺がって意味だ」
「……? え」
こんなセクシーなお前が拝めるなんて、正直予想してもいなかった。
感謝の意味を掴みかねて怪訝そうにしている郁を見ていたら、ふ、と堂上の頬が緩む。幾分優しいまなざしになって、「よく似合う」と言葉が突いて出た。
「えっ」
「それにしてもお前、でかいな。今夜はまた一段と」
ナースキャップを見上げて言う。それを被ると確実にいつもより五センチ身長は上乗せだ。
郁はまた頭に手をやって、
「あ、これ」
「かぶらんといかんものなのか。最近は病院でもそれは簡略化されてるって聞いたが」
「と、取ります」
堂上との身長差をこれ以上つけたくない郁は、すぐにピンを抜き取って外した。丁寧に畳んでポケットにしまう。
髪を手櫛で整えていると、そっと堂上が手を伸ばした。 髪を梳いてくれる。
「教官」
「すまん。似合ってたのに。俺、わがまま言った」
気まずそうに目を合わせずに呟く。郁は微笑った。
「いいんです。ちょっとピンがきつくて外そうと思ってたので」
それが優しい嘘だというのは堂上も気づいている。でも、「そうか」と言うに留めた。
「たまには教官のわがままもいいものですね。今夜はラッキーかも」
照れくさそうに、でも嬉しそうに言う郁。その表情を見ていたら、なんとも甘い気分になった。
――お前がそう言うのなら。
もっとわがまま言いたいこともあるんだが……。
俺がそうしたらお前はどうする?
そんな堂上の心のうちなど露知らず、郁は人いきれのせいで紅潮した頬を明かりの下でつやつやと輝かせた。
「暑いですね、ここ。喉がからから。教官、何か飲みませんか。あたしドリンク取ってきますよ」
「いや、俺が行こう」
「え、じゃあ一緒に」
自然と二人、寄り添って、そのままテーブルでドリンクでもという流れになりそうだった、そのとき。
「あーっ! なんで取っちゃったんだ。折角似合ってたのに、ナースキャップ」
古参の特殊部隊員がダミ声とともに割り込んでくる。
彼らはいまやなつかし映画の「ゴーストバスターズ」に扮している。マシュマロマンなど。
いや、ミシュランタイヤのキャラクターだろうか。もこもこして判然としない。
「笠原、今夜はいいぞ、お前。すごくいい」
「ああ。見違えたぞ。誰か分からなかった、さっきまで」
「やっぱしナースはいいなあ。笠原だってこんなに見事に化けるんだからなあ」
ナース、最高! と彼らが拳を天に突き上げる。どうも大分アルコールが回っていると見える。
「なんですか、喧嘩売ってるんですか」
む、と口を尖らせて彼らの茶々を買おうかどうかという気色を見せる郁。
「喧嘩なんか売っとらん。ただ今夜は可愛いなあって褒めてるんだよ、なあ」
マシュマロマンは気安く郁の肩に腕を回そうとする。どさくさに紛れて抱き寄せようとした。
と、マシュマロマンが触れるより早く堂上が彼女の腕を引いた。
ぐい、と自分の背後に庇う。
「えっ」
「あれ?」
前者は郁の。後者はマシュマロマンの声。
むすっと不機嫌な顔をこしらえて堂上が不埒な輩を睨めあげた。目を細め、慇懃に言う。
「すみませんがうちのにちょっかいかけるのは勘弁してください」
マシュマロマンの前に立って自身でガードをかける。マシュマロマンはそこで呑まれたように立ちすくんだ。
「あ、なんだ……、堂上だったか」
「そんなカッコしてるから分からなかった」
気まずそうに言い訳をする。中の一人が場を取り繕うようにへらっと笑って、
「うちのって、笠原はお前のかみさんかなにかか。ん?」
と堂上の腕を小突く。堂上は真顔で返した。
「うちの隊員って意味です。それに今夜は貸切なんです」
「貸切?」
「このナースです」
背後の郁を見もせずに言って堂上は、
「これから回診がありますので、失礼します」
彼女の腕を掴んで堂上はとっととその場から離れた。
「あららら。ちゃっかりお姫様奪還しちゃったよあの人は」
少し離れたところから一部始終をウォッチしていた小牧が楽しそうに言う。
ま、奪還というのは語弊があるけど。それでも。
「笠原さんにちょっかい出したらだめだよねえ。火に油でしょうがよ。なあ、手塚」
相槌がないので背後を窺う。と、そこにいたはずの手塚の姿がない。
「あれ? どこ行った?」
辺りを見回す。が、ひときわ目立つ扮装のあの男の姿が見えない。
変だな。首を傾げつつグラスのふちに口を押し当てる。と、その小牧の視界にふと過ぎるものがあった。
ひらりと、夜の闇の中足を忍ばせていく、黒猫のように。しなやかなもの。小柄なシルエット。
「――?……」
小牧は自分の見間違いかと思う。この、人でごった返す会場でたまたま似た人がいたのだろうと。
でもある種の予感というか、妙な確信があって、目が今自分の見た像を追いかけてしまう。無意識のうちに。
小牧はグラスを空にしてテーブルに戻し、すっとその場から離れた。彼自身、足音を消して人波の中に入っていく。
さっき見た黒猫の後を追う。
「どうか吸ってください、お願いします。後生です」
「んー、どうしようかしらねえ」
「俺のを。俺の血をぜひ、献血量越えたって構いませんからぜんぜん!」
「どうか吸血鬼さま、柴崎さま~」
土下座でもしかねない勢いで、男たちは柴崎に詰め寄っていた。
なんだそりゃ。
手塚は呆れながら柴崎にまとわりつく連中を掻い潜り、なんとかかんとか彼女の許にたどり着いた。
急に海賊姿の彼が現れたのでびっくりした様子で柴崎は
「あらまあ、これはこれは船長殿のお出まし?」
と目を瞠る。
「どっかのご令嬢と楽しくダンスでも踊ってらしたんじゃないの? ブラックパール号で。どうしたのわざわざ」
手塚は目を眇めた。隻眼なのでそういう表情をすると凄みが出る。
「お前、ちょっと来い。今夜、結構ハイペースで飲んでるだろ」
あっちで少し休めと壁際に用意された椅子を目で指し示す。
「何よ」
柴崎はむっと柳眉を逆立てる。命令口調で言われたのが癇に障る。自分の酒量を気にかけられていることも。
離れていてもちゃんと見守られているのが分かって、嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちが湧き上がる。でもそれを振り切るように手にしていたグラスを手塚にひらりと掲げた。
「あたしが飲もうが飲むまいが、あんたに関係ないでしょー。引っ込んでてよ」
柴崎の指には真っ赤な付け爪が施されている。長い、魔女のような鋭い爪。
黒のマントにそれはそれは映えて。手塚はそんなやり取りの中でも真紅の美しさに目を奪われた。
「そうだぞ、手塚。お前はあっちで女たちに囲まれて楽しくやってろよ」
柴崎の取り巻きの一人が言った。既に出来上がってる様子でろれつも怪しく絡んでくる。
「なんだよ、いいとこ取りしやがって、いっつもいっつも」
「お前カッコよすぎんだよ、何やっても」
あからさまにやっかまれる。
手塚は鼻白んだ。
「何言ってんだよ。お前らも飲み過ぎだぞ」
いい加減にしろよと窘める。と、更にエスカレートした様子で口々にわめいた。
「うるさい。柴崎さんは渡さないぞ! あっち行ってろ」
「そうだそうだ。柴崎さんは誰のものでもないんだぞ。うちの隊のアイドルなんだ。独り占めはさせない」
「……アイドルなんかじゃない」
ぼそ。そこで柴崎が呟く。
低い低い声で。
ともすれば聞き逃してしまいそうなほど。でも手塚の耳はしっかりと彼女の声を捉えた。
「え?」
取り巻きが虚を衝かれる。柴崎は語調を強めて更に言った。
「あたしは、アイドルなんかじゃない。あんたたち、勝手に偶像化しないで。――男なんて、大っきらい」
きっと顔を上げて手塚を見据え、柴崎は彼のシャツの胸元を強引に手繰り寄せた。有無を言わさずその首筋に牙を剥く。
「あたしはバンパイアよ」
加減なんかしなかった。がぶりと噛み付いた。
「!」
手塚の首に激痛が走った。
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じゅるりのごっくんです
描かせてもらうのは。
これからもっと美味しく煮込みたいです。