背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【16】

2008年12月11日 04時41分42秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降

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柴崎が頭に挿したピンを抜き、まとめていた髪を下ろす音が、ヒーターの音にかすかに紛れた。
雪と風のせいですっかりくしゃくしゃだ。柴崎は軽く頭を振って、顔にかかる髪を後ろに払う。
いつものストレートではなく、セットの名残で長い黒髪が波打っていた。蛍光灯のあかりを受けて、エンジェルリングが光る。
自然と手塚の目が彼女に吸い寄せられる。
コートのボタンを上から外していく様は、スローモーションのようにくっきりと映った。
前を開いて、袖を抜くと、すらりとした痩身が現れる。ドレスの色は黒だと分かっていたけれど、デザインをしっかり見るのは、この部屋の中が初めてだった。
柴崎はまるで手塚の視線を意識していない風にコートをたたみかけたが、思い直してソファの背もたれに掛けた。皺にならないように。
女性のファッションには全然詳しくないが、ひと目で上質だと分かるドレスだった。フリルやラメなど、装飾らしいものはまったくない。しかし、上等な生地をふんだんに使って仕上げられたものだと分かる。柴崎らしいチョイスだった。
胸元が大きく開いていて、谷間も見えかかっているのに、全然いやらしさを感じさせない。考え抜かれた上品なラインだった。袖は肩を覆うくらいの長さ。二の腕はむき出しだ。スカートはふわりとふくらんで膝下まで。細い腰が、さらに際立つ絶妙のデザインだった。
手塚はオードリー・ヘップバーンという昔の女優をイメージした。妖精と呼ばれた彼女は、もう古典と呼ばれる映画や写真でしかお目にかかることができないが、彼女が公私どちらの場面でも好んで着ているドレスはほとんど黒だったような気がした。その女優のドレスとだぶる。高級なのに、シンプル。装身具で飾り立てるのではなく、余計なものは身に着けない、自分という素材を存分に生かすためのマイナスのお洒落、とでもいうのだろうか。
そういう潔さと、自信に裏付けられた着こなしだった。
結局、柴崎が身に着けている貴金属は、手塚の贈ったピアスだけだった。それがまた嬉しい。
見とれていると、やっぱり視線に気づいていたのか、柴崎が言った。
「どう? 綺麗でしょ」
わざと得意げに笑って見せた。腰に手を当て、くるりと半回転させる。
風を孕んでスカートが広がった。
普段なら、「自分で綺麗とか言うな、自分で」ぐらい返しそうな手塚であったが、このときばかりは素直に「うん」と言うしかない。
「綺麗だ」
「……なによ、それ」
とたんに柴崎がうろたえる。ポーカーフェイスが剥がれる。軽口で返されると思っていたのが外れたのだ。
「ちょっと。調子狂っちゃうじゃないの、やめてよ」
頬を赤らめてあさっての方を向いた。
横顔が急に子供っぽく見えて、手塚が笑った。
「だってほんとに綺麗だから。……びっくりした」
「……あんたが素直だと気味悪いのよ」
怒った口調。でもそれが照れのせいと知っている手塚は、苦く笑うだけだった。
「ひでえな。褒めたのに」
「……褒めすぎると図に乗るからやめて」
柴崎は俯いた。髪が、肩から背中に流れる。
「褒めすぎってことはないだろ。全然」
きれいだよ。心の中でそう繰り返す。
口に出さなかったのは照れくさいからではなく、出すと柴崎が完全に湯だってしまいそうな有様だったからだ。
「……あんまし見ないでよ。向こう向いてて」
柴崎は口早に言った。
「いいだろ、減るもんでもなし」
「ストッキング脱ぐの。はい、回れ右!」
向こうを指差し、声を張った。
はいはい、と言われるままに手塚はソファの上、顔と身体を柴崎と反対の方へ向ける。
する……と、かすかな衣擦れの音が聞こえる。
見えないからこそ、心が騒ぐということを、手塚はいま身をもって知った。


――びっくりした……。
まさか、あんな目で見られるなんてね。……やばかった。
手塚に向こうを向かせて、柴崎はようやく息がつける。でも心臓の鼓動は、まだ駆け足を刻んだままだ。
かがんで、濡れて冷え切った靴とパンストから足を抜く。それだけでも大分楽になった。ヒーターの温風が当たって、気持ちいい。
手塚を窺うと、生真面目に向こうを向いたままだ。
――おかしいなあ、あたしとしたことが。誰かにじっと見られるのは、慣れてるはずなのに。それこそ、ほんとに小さい頃から。
このナリのおかげで。
柴崎は手塚の顔の輪郭のあたりを目でなぞりながら、そう一人ごちる。
彼女は戸惑っていた。
視線には慣れていると思っていた。男にも、女にも、自分はよく見られるほうだという自覚もある。
特に異性にじろじろと見られることは、辟易するくらいあった。顔と身体、胸尻脚、あからさまにそこにスポットを当てて凝視してくる失敬な輩も履いて捨てるほどいる。
どうやってわずらわしい視線を交わすか、それなりに技も身に着けてきたつもりだった。
なのに、そんなあたしが今更こんなに動揺するなんて、どういう訳。
この男に見られるだけで。
手塚の視線に、性的なものは感じない。上手に隠してあるのかもしれないけれど、他の男に必ずあるといっていいほどの、下から上へと女を値踏みするような下卑たところがない。大げさな賞賛もない。ただ、見られるだけで何かにすっぽりと包まれてしまうような、同時に何もかも見透かされているような、不思議な感覚が付きまとう。ベルベットのような柔らかなもので肌をなぞられる感じ。ひどく心地いいのに、ぞくっと鳥肌が立つ。
その視線に酔いそうで、柴崎は困惑していた。
「もういいか」
背中で手塚が訊く。ふ、と柴崎が我に返る。
「う、うん」
スプリングをわずかに軋ませて手塚が体勢を戻した。
素足になった柴崎が立っている。何だかひどく心許ない顔をして。
殺風景な部屋に、彼女の足のペディキュアだけが彩りを添えていた。
「寒いか? 毛布、着ろよ」
手塚は熊谷店長が出してくれた毛布を彼女に差し出す。「ドレスが隠れちゃうの、もったいないけどな」などとさり気なく殺し文句を挟みながら。
毛布は一枚しかない。
「あんたは?」
「俺はいい。コートもあるし」
柴崎にそれを手渡し、手塚も座ったままマフラーを取り、ロングダウンを脱いだ。
ミリタリーブーツの紐も解くと、幾分くつろいだ表情になった。
柴崎が毛布を羽織る。手塚の視線をなんとか防げたようで、ほっとした。
手塚が言った。
「お前の靴、貸せ。濡れてるだろ」
返事をする前に、立ち上がって彼女の側に寄った。足許に膝をついて、店長が用意してくれた古新聞で靴の泥と水気をざっと拭き取る。手際よく、新聞をちぎって丸めて、つま先の方に詰めていく。
柴崎はソファのアームレストに軽く腰をかけた。手塚の作業を眺めながら、
「あまりぎゅうぎゅう詰めにしないで、形が崩れちゃう」
茶々を入れた。
「分かってるよ」
そこで手塚の目が、あまり直視しないようにしていた柴崎の素足に留まる。無意識にぶらぶらさせてある。
爪先が真っ赤だ。冷え切っている。
自然と手が伸びた。
「きゃっ」
触れられて、柴崎が声を上げる。でも手塚は「ごめん」と言ったきり、離さない。
俯いたまま、土踏まずのところに手を添えた。
「大丈夫か。しもやけとかになったんじゃないか」
「だ、大丈夫だってば。離してよ」
柴崎はすっぽり被った毛布で口許を覆った。がーっと頬が熱を帯びたのが分かったからだ。
見られるわけにはいかない。
「レディーの足に触れるなんて、失礼でしょ」
「しもやけにレディーもくそもあるもんか」
「なんですって。しもやけてなんかないわよ!」
噛み付く。手塚はひざまずいたまま笑った。
「お前、……雪んこみたいだぞ。秋田のかまくらだっけ? アレの前に立ってるみたいな」
手は柴崎の素足をさすったままだ。マッサージだ。
手塚に触れられたところからみるみる血行がよくなるのが分かった。
「ゆ、雪んこ?」
「冷え切ってるのに、いきなりヒーターに当てちゃだめだ。痒くて死にそうになるぞ」
「……人肌がいいっての」
「お前が嫌ならやめるよ」
マッサージを、という意味だろう。
柴崎は滅多に見られない手塚の頭のてっぺんを見下ろしながら、呟いた。
「……嫌じゃないわよ、べつに」
あんたなら、という言葉は呑み込む。伝えるのが何だか悔しくて。
手塚は黙って柴崎の足をたなごころで温めてやる。しばらく、どちらも何も言わなかった。
窓の外、樋に積もった雪が落ちる、どさっという音がした。

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2 コメント

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ようやく ()
2008-12-11 04:55:20
一番書きたかった部分にさしかかりました~

やれやれ。

柴崎のドレスはジバンシイ風、黒。
ブランド名、入れようかとも思ったけど、……やめました。
黒のドレスに抜けるような白い素足、爪先の赤いペディキュアが映えるといいと思います。

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鼻血 (たくねこ)
2008-12-11 06:44:35
私が鼻血をだしそうになって、どうするんでしょう(^^;)
しもやけ、痒いですね~~~、死にそうにもだえますね~~(手柴の関係とは別の意味で…)
でも、手塚に足のマッサージなんてされたら、うろたえてじだばたして、ケリ入れそうです(^^;)
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