年齢を重ね高齢者になった

70代になり、つくづく考えさせられたことを徒然草的にアップして行こうと考えています。

いつも嫌な・・・・・・

2024年01月09日 13時20分13秒 | シニアとは?

今日は通院の予定があり朝から出かけていた。
通院の目的はまたの機会にブログにアップ予定。

十数年前も感じていたことだけど、地下鉄や
電車に乗車すると混んでいるのにスマホを見たり
するときに、スマホを見るスペースを空ける人がいる。

今日も途中の駅から多く乗り込んできて押し合いへし合いという状態なのに、お互い融通する人は多くいたが、おっさん風の男がスマホを一生懸命に見ていて、後ろから押されたのかスマホを見るスペースを空けるべく肘で押し広げようとしていた。
その肘が私を押して更に耐え難い思いをした。

恐らくその男性は自分が楽しいでいることを後ろから押され反発しているのだろう。
私はそのような人を見かけると注意してもいいけど、いざこざに巻き込まれたくないし、物騒な世の中で簡単に人を殺める昨今、そのままにしておくことにしている。
しかし、同時に次のように考えるようにしている。

この男性はいつか私の立場になって跳ね返っていくと。
(しっぺ返しがあると)

ちょっとしたことかも知れないけど、お互いに気を配りながら相手の気持ちを推し量れるような方が増えるよう望みたいし、自身もできるだけ周りの人に気を配って生きたい。


人生の分岐路

2024年01月08日 08時19分13秒 | シニアとは?

よく運命だとか宿命だとかいうことがある。

過去を振り返ってみると後悔した時の判断で
分岐路で間違った選択をしたのではないかと
思ったりした。

分岐路はその一瞬一瞬にある。

例えば、朝起きる際、目覚めて直ぐ起きる場合、もう少し寝ようと判断した場合、寝過ごしてしまった場合などがあるが、その後も起きたらどうするかなど考えたらおかしくなりそうになる。

このブログで、ある方から流されるままに生きるようなコメントをもらったが、その通りであり、考えたらキリがなくなるし、それが運命とか宿命ということになってしまう考えなのかも知れない。

人生の分岐路には大小あることも自身の経験上あるし多くの方も同意されるはずである。

映画では、タイムトラベルで過去に戻って悪かっただろう分岐点に戻ってやり直すような映画がある。
代表的な映画が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だろう。間違った選択人生を取り戻すべく主人公が過去や未来へ行ったりする映画であるが、制作人の意図があるのか結局その正解と思られた選択が、さらに良くない行く末になってしまうパラドックスに陥ってしまうというもの。映画だからハッピーエンドに終わるが実際の人生では過去へは戻れないし、現実を受け入れるしかない現状がある。

以前のブログで淀川長治さんの格言めいた言葉を信じて死ぬ寸前で後悔しないような今の人生を(出来るだけ後悔しないように)一生懸命に過ごすしかなさそうと私は考える。


スケートの思い出

2024年01月07日 09時30分01秒 | シニアとは?

スキーに続きコメントを頂いた方がスケートの
ことについても書かれていたので、私も思い出が
蘇ってきた。

スケートには全く興味が無かったが、小学生時代に
たまたま対面に住んでいた方が米国人で少し仲良く
なった時に、スケートへ行こうという話になった。

当時は地元に小さいけどスケートリング場が営業してて、米国人と私の友人を含めて4~5人でワクワクしながら行った記憶がある。
スケート初すべりでは初心者と同じように手すり歩きで、時々ペンギン歩きをしても平衡感覚を崩しては手すり歩きを繰り返し。
何周か手すり歩きとペンギン歩きを重ねながら、徐々に介助なくても歩いたり少し滑れるようになってきた。
その繰り返しで何とか氷に順応できるようになって、おごりではないと思うけど、カッコよく滑ってやる!と。
しかし心と身体に乖離があり思い切り前に倒れて氷に全身を叩きつけられた。
氷に上に万歳する倒れ方だったので、運悪く伸ばした左手の薬指の指先の上に他人のスケートが乗っかかり引かれた。

スゴイ出血し友人も米国人も心配そうに近寄って手当の手配などをしてもらった。
引かれたのが運よく爪の上だったので、指を切断という最悪の状態でなく、爪がエッジで半分に切ったように割れて出血してた。
グローブをはめていればよかったのだが、当時は素手であった。それ以後はそのようなことがあったので必ず使用するようになった。(当然といえば当然)

そのキズは壮年になるまで残っていたが、今はキズの痕跡さえ分からなくなっている。
安全対策はきちんと守ることが大切だと今でも後悔・・・


冬が来ると思い出すスキー

2024年01月06日 09時16分17秒 | シニアとは?

スキーで恥ずかしい思い出ある。

3~4才の頃、父が主催するスキーバスツアーで、初めてスキーに連れてってもらってからその後何度か同様に連れて行ってもらったことがあった。
そのお陰か?学生のころ友人と長野や新潟へよく行ってたことがあった。

スキー経験の中で今でも恥ずかしく思うことがある。
それは湯沢スキー場へ行ったときだったと思うが、リフトで一番上まで上がって中級者コースをカッコよく下まで滑り降りる予定だった。
しかし頂上から滑り出して直ぐに小さなコブにスキーを取られ派手に数回回転した。
その時にバギィ!と大きな音がしたので、足を折ったと思った。
しかし、転倒が終わり雪まみれの状態では特に足が痛くなかったので、神経までも切れてしまったのかと悲しくなった。
それでも良く周りを見渡すとスキー板の1枚が上部1/3くらいのところがキレイに折れていた。
その時の音はスキー板が折れた時のものだと分かった時は安堵の気持ちでいっぱいに。
身体を打ったので少々あちこち痛かったけど、仕方なく折れたスキー板を持って、滑って間もなくで頂上に近かったのでリフト頂上駅まで深雪の中を足を取られながら上がった。
普段は乗る人がいない下り側から下山した。
その時の恥ずかしいという思いはこの上なかった。
頂上へ向かう人は、私をじろじろと見ながら何か同乗者と話している様子。
折れたスキー板を見せびらかしながら乗ってたが、恐らく急斜面を滑って下りられないからリフトで下りているのだろう、と思っているのでは?と。
リフトに乗っている時間が長かった。

下山してスキーを廃棄して仲間が終わるのを待って帰った。

スキー板が私の身代わりとなってもらったのだと、その板には感謝すらしている。

いつも我がブログを見ていただきありがとうございます。
皆さんの中で恥ずかしい思い出があれば教えてください。


何度引越したかな?

2024年01月05日 09時45分48秒 | シニアとは?

高校卒業してからあちこちを点々と引っ越しをしている。
自身の意思によるものは稀である。
いや一度も無いかも?
引っ越し貧乏と良く言われるが、その通りだと思う。

広島生まれ→神奈川(2)→東京(3)→米国(3)→東京(3)→広島(3)→兵庫(3)→大阪→兵庫→大阪
カッコ内は同地域で引越しした回数。

長年生きていたせいでもあるけど、時間に流され引越しを重ねてきた。
会社の寮住まいのときは会社の手配ミスがあったし、海外赴任時では泥棒に入られ身の危険を感じて郊外へ引越ししたこともある。
転職したことや婚姻したことや家族の病気なども多くの理由があった。
年賀状も退職してから相手が旧住所で郵便転送期間外になっても旧住所へ送っているケースで年賀状が減ってくることも。何人かは前年の年賀状の住所が新しくなったことを失念していることにより、たまたまメールなどで旧住所へ送ってしまったと知らせてくれた。

逆に引越しのメリットもある。
引越しするときに要らないものを断捨離が出来ることと、住所が点々としているので勧誘や電話などがほとんどない
なので、今はとても身軽である。
引越し業者の手の内もある程度分かるようになった。
(皆さん騙されないように!)

今になって思うことは、やはり定住するところが無い寂しさがいっぱいある。
ましてや独居老人と言われる状況ではなおさらである。


公助?

2024年01月03日 19時59分50秒 | 時事ネタ?

日本ては災害が多いのが分かっているのに、
いつも食料品が足らない、トイレが足りない、
灯油ご足りないなどなど・・・

また、避難施設に居ても支援が遅いなどと
ニュースで取り上げられる。
SNSで良く取り上げられるのが、避難場所での雑魚寝だったりプライバシーが守られないなど問題が指摘されている。

先進国などでは簡易ベッドやテントや迅速な支援体制が整えられているようである。

ニュースでは連日支援の遅さが報道されるが、災害が多く発生する日本で何故事前に避難場所での災害時に必要な物資などを準備しておかないのだろう?
大都市圏では避難場所での物資があると報道されるが、それ以外の場所では今回の災害の支援状況をみるにつけ、十分でないと分かる。
首相は会見ではカンペを読んで態勢強化を述べるだけで心にまったく響かない。

世にいう、自分自身や 家族で備える「自助(一人一 人の役割)」、地域で助け合う 「共助(地域の役割)」、行政 が行う「公助(行政の役割)」 の3つがあるが、報道を見るかぎり自助と共助が多くみうけられ公助は消防隊員や自衛隊や緊急医療援助隊であり、被災後の食料、トイレ、日用雑貨、燃料などの支援が遅いというか避難場所にほとんど無いことが問題だと思う。
一部、民助といえるような宅配業者やコンビニが無償で支援したり、電力会社が電気復旧のために活躍している。

もし、自分の周辺で同じような災害が起きると想像すると恐ろしささえ感じてしまう。
防衛費増税含め5年43兆円や(良いことかも知れないが)昨年首相が海外へ行っては他国へ支援30兆円に昇る。
そのうちの数%でもこれらの設備や支援に回せないものだろうか??


飛行機事故

2024年01月03日 09時07分58秒 | 時事ネタ?

正月立て続けに日本中が驚いた地震や事故が
相次いで起こっていることに、今年を前途多難な
日本を象徴していなければ良いな~と思う。

私は人生で死ぬか(終わりか)と感じたことがいくつかあった。
一つが幼少期のスキーバス事故。
もう一つが、30代のころ飛行機事故である。

搭乗した飛行機が飛行中に突然変な音がして機体が傾きかけてきた。その後かなり長く急降下し墜落するのかと「やばい!」と思いつつもあまり多くない他の乗客も何が起きたのか不安そうだが冷静だったので、私は心配であったが冷静さを装っていた。
(どうしようもないと言う気持ちもあった)
長い降下の後、機体が立て直し約十数度くらいの傾きで水平飛行を続けて少し安心。
数分経ったときに機長の英語のアナウンスがあった。
要約するとこうである。
『ただいま左側エンジンがトラブルで止めざるを得なくなった。乗客の皆さまは心配でしょうが、正常に操作できています。到着空港が一番近いので、このまま飛行を続けます』
片肺飛行であるとの説明で、さすがにその時ばかりは「わたしもこれで死ぬのかな~。短い人生だったな~」と冷静の中でも覚悟を決めていた。
幸い、これ以上のトラブルもなく到着空港の滑走路へ近づいてきてが、傾いたままの機体で着陸できるのか不安であった。
滑走路で車輪が着地する直前に機体を平行に戻して難なく着陸!
滑走路には多くの消防車が回転灯を回しながら待機していた。
乗客は拍手と良かった~という顔をしていた。
私も微笑しながら軽く手を叩き安堵した。
考えてみるとあの金属で出来た飛行機が空を飛ぶこと自体恐ろしいものだけど、慣れとは恐ろしいもので、今でも平気で旅行などで飛行機を利用している。

昨日の航空事故で考えるに自動車でさえブツカリ防止装置がある現代、何故航空機にそのような安全装置が無いのが不思議❓である。
すべて航空管制官と操縦士まかせの人力である。

死に際とは突然にやってくるけど、常にそのような状況になっても焦らず死に対する心づもりをしておかないと思い返す次第。


能登地震と3匹のこぶた

2024年01月02日 09時16分29秒 | 時事ネタ?

早く救助されていない方々が何とか生き延びて
いて早急に助かってほしいし、現地の方々は
寒い中でたいへんな生活が待ち受けていることに
心が痛む。

この段階で不謹慎だと思うけど、
海外で起こる地震と日本の地震について
違いがあることを思った。

今回の能登地震は昨年9月にモロッコで起きた地震は震度6に相当するようである。
ほぼ同じ程度の地震でニュースで見るかぎり、倒壊建物に大きな違いがあるように思う。
諸事情により一概に断言はできないのは分かっているが、地震大国の日本では近年、地震に対する建築基準が厳しく被害を受けた建物道路などは、恐らくそれに準拠していないのではないか?と考えている。

ふと、海外の童話「三匹のこぶた」を思い出した。
童話では3匹のこぶたが、わら造り、木造、レンガ造りで、オオカミに吹きとばされるが、レンガ造りで難なきを得るという物語。(諸説あるようだが)
風水害では当てはまるかも知れないが、モロッコ地震で多くのレンガ積み家屋に大きな被害が発生していたので、地震ではこの逆になるのでは?
今回の地震を見て、当然それぞれでも耐震を考慮したら問題ないことは分かるが、童話の世界を考えると新たな日本版「新3匹のこぶた」があってもいいのではないかと勝手に想像した。

それにしても、こんな時だからこそ、万博を中止してその掛かる費用を被災地へ振り向けるべきだと考える。


新年と正義

2024年01月01日 09時29分14秒 | シニアとは?

我がブログに訪問された方へ感謝を込めて

新年おめでとうございます

皆さまに今年がより良き年になることを
お祈りしています

 

 

誕生日からほぼ毎日本ブログを続けて日課すらなっている。
日本は現在、とても平和な時代なのでしょう。

世界では本人の思いと違って亡くなってしまう現実がある。
私自身が命があることへの感謝をしつつ、紛争、飢餓、事故、病気などによって命を無くしてしまっている現代社会で、他者への想いも巡らせておきたい。

『正義』・・・