智子(ともこ)は身支度(みじたく)をおえると、最後(さいご)に部屋(へや)の中を見渡(みわた)した。彼と過(す)ごした三年は、辛(つら)かったこともあったけど、今は楽しかったことしか思い出せない。
彼とはなぜか気が合って、彼の前だとそのままの自分でいられた。彼のそばにいるだけで、何だか幸(しあわ)せな気分(きぶん)になれたのだ。だから、一緒(いっしょ)に暮(く)らし始めた。その頃(ころ)は、毎日が楽しくて、幸せすぎるくらいだった。こんな日が、ずっと続くと思っていた。
それが、いつからか、ちょっとずつ、二人の歯車(はぐるま)が狂(くる)いはじめた。気持(きも)ちがすれ違(ちが)い、ささいなことで喧嘩(けんか)をするようになった。智子は彼の気持ちを引き止めようと必死(ひっし)になった。でも、彼との溝(みぞ)を埋(う)めることはできなかった。
何でこうなったのか、智子にもわからない。別に嫌(きら)いになったわけじゃないのに…。今はもう、あの頃の幸せな気持ちには戻(もど)れない。このまま一緒にいると、二人とも駄目(だめ)になってしまうかも…。もう、別れるしか――。何か別の方法(ほうほう)があったのかもしれない。彼との関係(かんけい)を修復(しゅうふく)する方法(ほうほう)が。でも、今の智子には何も思いつかなかった。
最後に、彼女は彼が好きだった手料理(てりょうり)を用意(ようい)して、思い出の花をテーブルに添(そ)えた。そして、〈今までありがとう〉と書き置きした。
彼女は部屋を出ると、部屋の鍵(かぎ)をカチリとかけた。そして、新聞受けに鍵をすべらせた。無人(むじん)の部屋に、鍵が落ちる音だけが響(ひび)いた。
<つぶやき>努力(どりょく)しても、それが報(むく)われるとは限(かぎ)らない。でも、しないではいられない。
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