「ねえ、どれが良いと思う?」涼子(りようこ)はショーケースの中を指(ゆび)さして訊(き)いた。
「あのさ、それだけなの? 緊急(きんきゅう)の非常事態(ひじょうじたい)って…」秋穂(あきほ)は力が抜(ぬ)ける思いだった。
「そうよ」涼子はさらりと言って、「ほんとに迷(まよ)ってるのよ。どっちがいいかなぁ?」
涼子はケースの中を食い入るように見つめた。秋穂はイラつきながら、
「何なのよ。あたし、彼の誘(さそ)いを断(ことわ)ってまで来てるのよ。それが、こんなことって…」
「えっ、彼氏(かれし)いたの? 全然(ぜんぜん)知らなかった」
「いや…、彼氏というか…。まだ、そこまではいってないけど。でも、初めてなのよ」
「ああーっ、どうしようかなぁ」涼子はまた品定(しなさだ)めに戻(もど)った。そして、しばらく彼女は唸(うな)っていたが、「やっぱ、やめるわ。もうちょっと、よく考えてみる。今日はありがとね」
彼女はそのまま店(みせ)を出て行った。秋穂は彼女を追(お)いかけて、
「待ってよ。あたしはどうすればいいのよ」
しかし、涼子はそのまま行ってしまった。残(のこ)された秋穂は急いでスマホを取りだして、彼に電話をかけた。今なら、まだ間に合うかもしれない。でも、電話の向こうからはアナウンスの声が…。〈電源(でんげん)が切れているか、電波(でんぱ)の届(とど)かない所に……〉
「何でよ。――もう絶対(ぜったい)、涼子には付き合ってあげないんだから」
<つぶやき>彼女はいったい何を買おうとしていたんでしょ。ちょっと、気になります。
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