他人(ひと)が何を考(かんが)えているのか手に取(と)るように分かってしまう。そんな能力(のうりょく)をサキは持っていた。これは生(う)まれつきのもののようだ。だからサキは、子供(こども)の頃(ころ)は誰(だれ)もがみなそうなんだと思っていた。他人(ひと)の考えていることを口に出してはいけないと、暗黙(あんもく)のルールがあると思い込(こ)んでいた。
サキは他人(ひと)との接触(せっしょく)を避(さ)けるようになった。自分(じぶん)の心(こころ)の中を覗(のぞ)かれたくないというのもあったが、母親(ははおや)との関係(かんけい)がぎくしゃくしていたというのもある。母親が思っていることを何度(なんど)も口にしてしまったので、気味悪(きみわる)がられたのかもしれない。
サキは身体(からだ)が弱(よわ)かったので入院(にゅういん)することが多かった。そこに研修(けんしゅう)で来ていた先生(せんせい)と仲良(なかよ)しになった。その先生は心の中もとっても暖(あたた)かかった。だからこの人なら自分を受(う)け止めてくれるかもしれないと思った。自分の心の中にある妬(ねた)みや嫉妬(しっと)、欲望(よくぼう)をさらけ出せると…。でも、話しているうちに、これは自分だけの能力だと気がついた。
サキはホッとした。もう他人(ひと)を避けなくてもいいんだ。何を考えていても気づかれることはないし、自由(じゆう)なんだと…。サキは今まで自分を押(お)さえ付けていたものがなくなったので、世界(せかい)が広(ひろ)がったような感覚(かんかく)を覚(おぼ)えた。
サキは病院を抜(ぬ)け出した。もう彼女を引き止めるものは何もなかった。それから数年間、サキがどこでどんな暮(く)らしをしていたのか…。誰も知(し)る人はいないようだ。そしていま、サキは中央公園(ちゅうおうこうえん)にその姿(すがた)を現(あらわ)していた。
<つぶやき>誰か信頼(しんらい)できる人がそばにいたら、彼女は別(べつ)の人生(じんせい)を歩(あゆ)んでいたのかも…。
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