転勤(てんきん)するかもしれない――。彼からそう聞かされたとき、私はいい機会(きかい)かもしれないと思った。私たちの関係(かんけい)を見直(みなお)すには…。
彼とつき合い始めてもう五年。別に彼のこと嫌(きら)いになったわけじゃない。でも、何て言ったらいいのか――。お互(たが)いの愛情(あいじょう)が薄(うす)れてしまったのか…、恋人(こいびと)じゃなくなってしまった気がするの。このまま結婚(けっこん)しても…、私にはその先が想像(そうぞう)できない。
彼から大事(だいじ)な話があると言われたとき、私はプロポーズだと思った。だから、私は彼よりも先に切り出したの。「ねえ、私たち、しばらく距離(きょり)をおかない?」
彼はキョトンとして、私の顔を見つめたわ。私は、かまわずに続けた。
「これが、いい機会だと思うの。私たちマンネリになってるのよ。だから、ちょっと離(はな)れてみて、お互いのことじっくり考えてみない?」
「それは、つまり…」彼はかすれる声で言った。「別れたいって…」
「そうじゃないわ。そうじゃないけど…」
「ちょっと、待ってよ。俺(おれ)たちって、そういう関係じゃないよなぁ」
彼の言葉(ことば)に、私は首(くび)をひねった。それって、どういうことかな? 私たち…。
「俺さ、結婚するんだ」彼はきっぱりと言った。「今日、君(きみ)に紹介(しょうかい)しようと思って」
やだ。何よそれ。訊(き)いてないわよ、そんなこと。私の頭は、思考停止状態(しこうていしじょうたい)におちいった。
<つぶやき>思い込んでしまうと、周(まわ)りが見えなくなってしまうもの。気をつけましょう。
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休日の朝、娘(むすめ)は猫(ねこ)なで声で父に話しかけてきた。父には分かっていた。娘がこういう行動(こうどう)をとった場合(ばあい)は、何かをねだるつもりでいるときなのだと。そこで、父は先手(せんて)をとった。
「ダメだぞ。絶対(ぜったい)にダメだ。お前にはまだ早い」
「まだ何も言ってないじゃん」娘はもっと可愛(かわい)く、父の愛(あい)を揺(ゆ)さぶるように続けた。「だって、みんな持ってるし。あたしも欲(ほ)しいんだもん。ねーえ、いいでしーょ」
父はこれしきのことでは動揺(どうよう)しない。ここは、父としての威厳(いげん)を見せなければならない。
「いいか、みんなが持ってるから欲しいなんて、そんないい加減(かげん)な気持(きも)ちで…」
「じゃあ、あなた」朝食(ちょうしょく)の支度(したく)をしていた妻(つま)が口を挟(はさ)んだ。「昨日(きのう)言ってたあれも…」
父は、まさかここで妻が参戦(さんせん)するとは思っていなかった。しかし、ここで退(しりぞ)いては、威厳どころか今の地位(ちい)も危(あや)うくしかねない。
「お母さん、あれとこれとは話が違(ちが)うからね。今はこっちの話だから…」
そこは夫婦(ふうふ)の間のこと、娘の前ではお互(たが)いに平静(へいせい)をよそおわなければならない。妻もそこのところは分かっていたようで、クスッと笑って退散(たいさん)した。
「じゃあ、いいもん。お母さんに頼(たの)むから。ねえ、お母さーん」娘は矛先(ほこさき)を母に向けた。
父は、娘との距離(きょり)が遠(とお)のいたような、淋(さび)しい気持ちに襲(おそ)われて娘を見つめた。
<つぶやき>娘を持つ父の気持ちは複雑(ふくざつ)なのかも…。娘には幸(しあわ)せになってほしいのです。
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私にはちょっと変わった姉(あね)がいる。もう、普通(ふつう)じゃないの。子供(こども)の頃(ころ)はそれほど気にならなかったけど、今では彼女が何を考えてるのかまったく理解(りかい)できない。
この間も、大量(たいりょう)の食料品(しょくりょうひん)を買い込んできて、私は驚(おどろ)いてしまった。
「ねえ、そんなに買ってどうするのよ?」
「今日から冬眠(とうみん)するから」姉は平然(へいぜん)と言った。「外へ出なくてもいいように買ってきたの」
「えっ? どういうことよ。仕事(しごと)はどうするの?」
「何か、仕事は行かなくてもよくなったから」
私はため息(いき)をついて、「何よそれ。まさか、仕事辞(や)めたんじゃないよね」
「まあ、そんな感じかな」姉はたいしたことないみたいに、さっぱりと言ってのける。
「お姉ちゃん! どうしてよ」私はイライラしながら言った。
「だって、彼がね。もうお前とは会いたくないって…。そう言うから」
「彼って? お姉ちゃん、付き合ってる人いたの!」
一緒(いっしょ)に住んでいるのに、そんな話(はな)し一度も出なかった。でも、振(ふ)られたからって仕事辞めなくてもいいじゃない。何で冬眠なのよ。
「お姉ちゃん、これからどうするつもりよ。もう、そんなんだから…」
「なに怒(おこ)ってんの? 大丈夫(だいじょうぶ)よ。冬眠からさめたら、またバリバリ働(はたら)くから」
<つぶやき>恋の傷(きず)を癒(いや)すには時間がかかるもの。でも、本当に冬眠がベストなのかな?
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私は子供(こども)ができたことを機(き)に、家計簿(かけいぼ)をつけることにした。今まで何度も挫折(ざせつ)してしまったが、今度はそんなこと言ってられない。だって、子供が生まれたらお金がかかるし、今のうちに少しでも貯(たくわ)えを増(ふ)やしておかなきゃ。
今までの経験(けいけん)から、ゆるゆる家計簿でいくことにした。もうざっくりと記帳(きちょう)して、多少合わなくても気にしない。これなら、私にも続けられそうだ。
まず、月々の決まっている支払分(しはらいぶん)を計算(けいさん)して、それに水道光熱費(すいどうこうねつひ)でしょ、それと食費(しょくひ)に、そうそう、ガソリン代も必要(ひつよう)ね。あとは、洋服(ようふく)も買いたいし、化粧品(けしょうひん)も必要(ひつよう)だわ。
私はすべての支出を合計(ごうけい)してみた。そして、旦那(だんな)の給料(きゅうりょう)と照(て)らし合わせる。その結果(けっか)、私は目を疑(うたが)った。「これじゃ、足(た)りないわ。全然(ぜんぜん)足りない」
私は考(かんが)えた。「そうよ。こうなったら、削(けず)れるところから削って、減(へ)らせば…」
まず、何からいくか…。外食(がいしょく)を減らしましょう。旦那も、私がお弁当(べんとう)を作ってあげれば、お小遣(こづか)いを減らせるじゃない。余分(よぶん)なお金がなければ、飲(の)みに行くこともなくなるし一石二鳥(いっせきにちょう)ってとこね。それに早く帰ってくれれば、家事(かじ)も手伝(てつだ)ってもらえるし。
「そうよ。これから私も出産(しゅっさん)と子育(こそだ)てで大変(たいへん)なんだから。今から家事を教えておかなきゃ」
私は妙案(みょうあん)にほくそ笑(え)んだ。そして、自分へのご褒美(ほうび)は何がいいかとカタログをめくった。
<つぶやき>真っ先に減らされるのは、夫(おっと)の小遣いなんですね。お弁当に期待(きたい)しましょ。
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