俺には自身で掘り出した信条があって、
「貧乏なのは許す。でも貧乏臭いのはダメだ」
もう一つは、
「食える時に食っておく」
人生はめぐり合わせの賜物だ。同じシュートチャンスはそうそうやって来ない。
しかし死んだ親父からは、
「負けるが勝ち」
の精神を植え付けられていた。これは痛い。負けるが勝ちとは一体何事なのだろう。人と争いになった時など、先に引いた方が勝ちだよと父からそう教わった。徒競走などで、俺は子供の頃から結構足だけは速かったから、競争で勝つと嬉しいのだが、心のどこかで負かした子の泣きそうな顔を思い浮かべていた。何故かいつも自分が負けた時の方が気持ちが楽だった。素直になれない俺は歪んでいた気がする。
それは<美しき敗者の精神>からか?俺は妙に優しい男に育っていた。
フットボーラー(に限らずスポーツマン全般)は負けず嫌いの集団だ。いくつになっても変わりはしない。たまたま10歳年上の先輩のボールを奪えたりでもしたら、いつまでも取り返しに追ってくるのがサッカーで、足を引っ掛けられて転倒させられることもしばしば、もちろん文句など言えない。弱いから転ぶだけ、実にシンプルだった。
俺は近頃になってようやく、「勝ちたい」を意識し出した。それとなく勝ちは意識してきたが、自身から進んで求めるような境地にはなかった。(要因はチキンにもあるが)
全ては相手へのリスペクトに始まることを知った時、
サッカー最弱の俺が負けるが勝ちなどと、おこがまし過ぎると気付いたのだ。それは俺の人生全般に言えることでもあった。
このワンプレーを全力で挑めるのか?俺の課題はまずそこにある。逃げないで。
それを意識すると、毎週の練習前にはまたまた緊張してしまう。楽しんでいいサッカーを楽しめるどころじゃない。でもそこで楽しめるのがフットボーラー。
「さあ皆さんやりましょう!サッカーを楽しみましょう!!」
安藤captainの掛け声が飛ぶ。
俺もこのチャレンジを十分に楽しみたいのだが…もう少し時間はかかりそうだ。
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