ことば咀嚼日記

日々読んだ活字を自分の頭でムシャクシャ、時にはゴックン、時には、サクサク咀嚼する日記

ロビンソンクルーソーを読み始める

2014-04-24 | 日記
今、『ロビンソン・クルーソー』を読んでいます。

『長靴下のピッピ』と並んで子供のころの二大愛読書です。どちらも何度も何度も読み返しました。
ロビンソン・クルーソーを久しぶりに手にとってみると、文庫で450ページもある大長編。昔読んだのは、子供用にリライトされた版でしたが、それでもかなり厚手だった覚えがあります。
子供のころには、読み飛ばしたか、いや、たぶん省略されていた部分が今、とても興味深く読めます。その部分とは、孤島で一人ぼっちになったロビンソンのつぶやきというか、自分との対話というのか、それはひいては祈りという神との対話につながっていく部分です。
難破してしばらく、少し落ち着いたところで、海辺を歩いていると、彼は突然、絶望感にうちのめされます。しかし、理性が失望感に勝つ時間までくると、難破船の中からかろうじて残ったペンを節約しながら、「人生の貸借対照表」を書き出し始めました。
たとえば、
不幸:おそろしい孤島に漂着し、救い出される望みがない。幸せ:ほかの連中は溺れたのに、溺れないで生き残っている。
不幸:私は全世界から、いわば選び出されて引き離され、惨めな状態にいる。幸せ:だが私は船の乗組員全部の中から一人だけ選び出されて、死をのがれている。私を奇跡的に助けてくれた神は私をこの状態から救うこともできる。
不幸:私には着るものがない。幸せ:しかしここは暑い土地で衣服があっても着ることができないであろう。
不幸:私には人間や獣に対する防御がない。幸せ:しかし私が打ち上げられた場所はアフリカの海岸でみたような危害を加えられるような猛獣はいなさそうだ。アフリカ沖で難破しなくてよかった。
こうして、彼は少しばかり、自分の境遇を受け入れ始め、船の姿を見るために海のほうばかり見るのをやめて、自分が少しでも快適に暮らせるように努力を始めました。