〘 …ダンサー生命の儚さと踊る歓び
渡邊 ここ数年で、つまり二十代後半になってから、そんな風に意識が大きく変わりました。ダンサーの肉体は永遠に踊れるわけではないので、これから体力も筋力も落ちてくることは避けられないというのに、表現面ではどんどん豊かに広がり深まっていくというのが、何とも不思議な感じです。
恩田 体のメンテナンスの仕方も変わってきそうですね。
渡邊 これからはそれがさらに大事になります。僕は、今の状態をただ維持するだけじゃなく、さらにもう一つ上の段階に行けるようにしたくて、日々レッスンしています。ケアする技術や手段も増えて、ダンサー寿命自体は延びているとは思います。自分があと何年踊れるかは分からないですけど。
恩田 ダンサーって、本当にすごい職業だなと思います。
渡邊 芸術という分野の中では、演者の寿命が一番短いんじゃないでしょうか。それこそ日本舞踊や歌舞伎だと、年齢を重ねるにつれどんどん表現が充実していくじゃないですか。クラシック音楽の演奏家もそうです。でも、ダンサーの寿命は儚い。
恩田 厳しい世界ですね。
渡邊 ええ。でも、その儚さが魅力でもあると思っています。
恩田 素朴な疑問なんですが、そんな最盛期が長くはないダンサーという存在を踊ることに駆り立てている「踊ることの快感」とは、どういうものなんでしょう。瞬間的なものなのか、それとも踊っている間中続くものなのか。もちろん、自分の踊りに完璧に満足できることなんてないのでしょうが。
渡邊 うん、ないですね。
恩田 でも瞬間的には、何か恍惚とするような、特別な感覚がやってきたりはしないんですか。
渡邊 踊っているとき、僕はお客様の息遣いというか、劇場全体の空気感を感じるんですよ。そしてそれと一体になっていると感じられたときは、すごく気持ちがいい。お客様が舞台に引き込まれていると、視線が集中するからか、こちらも何か感じるものがあるんです。
恩田 まさにダンサーの求心力ですね。
渡邊 パ・ド・ドゥ(二人の踊り)やソロを踊り終えて静止したのち拍手が来る瞬間、お客様の感情が直接見えるかのように伝わってくることがあります。でもコンテはどちらかというと、瞬間的というより持続的かもしれない。
恩田 あるテンションがずっと続く感じですか。
渡邊 そうです。でも演目にもよるかな。たとえば全幕ものでも、感情が入り乱れる「ロミオとジュリエット」だったら、ひとつひとつのソロやパ・ド・ドゥにも瞬間の快楽はあるんですけれど、全体として感情的な起伏がありつつクライマックスに向かっていくので、ストーリーの中にいる特別な感覚のほうが強くてそれがずっと持続するのかもしれません。…
…恩田 振付家とのやりとりで、印象に残っていることはありますか。
渡邊 トゥールーズにいた頃、芸術監督が以前レ・グラン・バレエ・カナディアンに振り付けたコンテ作品「美女と野獣」を自分のカンパニー用に再編して上演するという話がありました。ありがたいことに野獣の第一キャストに選ばれて。そのとき21歳ぐらいでしたけど、僕のバレエ人生の中で一番つらかった時期でした。監督にマンツーマンでソロを見てもらうんですけど、一歩歩くだけでもダメ出しされる。歩き方だけで10分20分があっというまに終わってしまう。
恩田 野獣として歩け、ということですか。
渡邊 野獣としての見せ方が全然違う、と。「そんなんじゃない」と言われ続けるだけで、どうしろとは言ってもらえない。若い僕はボキャブラリーもないから、ひたすら、こうかな、それともこうかなと自分で考えて必死にやるしかなくて。いやあ、つらかったな……。
恩田 大丈夫ですか、ちょっと遠い目になってますよ(笑)。
渡邊 今思い出しても鬱々としてきます(笑)。自分でもちょっとどうかしているかもと思うくらい、追い詰められていましたから。家に帰っても毎日静かに落ち込み、本番前は楽屋にエナジードリンクを持ちこんで一人で頭を抱えるように座り、「本番です」と声がかかったらそのまま立ち上がって舞台に出ていく感じでした。だから初演後に初めて「よかった」と言ってもらえたときは、すごくうれしかった。
恩田 普段は全然褒めてもらえなかったんですね。
渡邊 そうやってコンプレックスを感じさせられたことが野獣の役に生かされたのかも。監督はそういう意図で僕を追い詰めたのかもしれないですが、彼は本当にドSでしたよ(笑)。
恩田 振付家はそういう人が多そうな印象があります。
渡邊 もちろん全員がそうというわけじゃないんですけどね。
恩田 でも、ロイヤルのライブビューイングでのインタビューで、振付家ケネス・マクミランのご夫人が「ケネスはドSです」みたいなことを言ってましたよ(笑)。
渡邊 彼の振付は、とてつもなく難しいですからね。「ロミオとジュリエット」なんか、第一幕最後のバルコニーのシーンでロミオがソロを踊ってかなり疲れた頃に、ちょうどジュリエットが飛び込んできて、うわぁとなりつつも受け止めてそのままタララララーンってパ・ド・ドゥが始まる。息も絶え絶えになっているこの荒い息遣いも含めて踊りなんですよね。もちろん疲れた顔は見せちゃいけない。
恩田 なるほど、そこも計算に入れてる。
渡邊 二人が思いを溢れさせる歓喜のシーンを簡単に踊りこなしていたら、観ていてつまらないと思います。
恩田 ロイヤルといえば、ウィールドン振付「不思議の国のアリス」のジャックも大変そうな役で。
渡邊 そうなんです、あれ、実は大変です。
恩田 舞台に出ずっぱりですもんね。
渡邊 これもまた、パ・ド・ドゥのタイミングが、ちょうど男性が疲れた頃に女性がやってくるんですよ。心の中は「やめてくれ、今じゃない。うわー!」(笑)。自分のソロより大変です。
恩田 振付家はあえてやっているんですかね。
渡邊 だと思います。やっぱり盛り上がりをつくるために、ある種の追い込みが必要なんでしょう。
恩田 渡邊さんは公演パンフで、初演時はぜえぜえ息が上がって踊りきれなかった、とおっしゃっていましたね。
渡邊 はい、ひとまず踊りきるだけで必死でした。そのあとウィールドン作品の「DGV」も踊って、彼のパの性質というか、振付の個性が分かったので、再演時は全く違いました。「あれ、こんなに余裕のある作品だったっけ?」と思ったくらい。
恩田 同じ振付家の別演目を踊ったことが生かされたんですね。
渡邊 振付の意図が分かるようになったんだと思います。振付の流れが理解できたことで、余計な力を使わずスムーズに動きやすくなりますから。… 〙
〘 2023年6月下旬〜7月初旬にかけて上演される英国ロイヤル・バレエ団の日本公演概要が決定した。上演作品は、東京にて〈ロイヤル・セレブレーション〉とケネス・マクミラン振付『ロミオとジュリエット』、大阪では『ロミオとジュリエット』が上演される。… 〙
〘 …広響の首席客演指揮者を務めるクリスティアン・アルミンクが呉定期に登場。モーツァルトのアダージョとフーガ、交響曲第38番「プラハ」、プロコフィエフ の バレエ音楽「ロメオとジュリエット」組曲より抜粋を演奏。誰もが知るシェイクスピアの悲恋劇を題材に作曲された「ロメオとジュリエット」は印象的な音楽にあふれた作品。演奏会用に管弦楽組曲として編まれたものの中からアルミンクのセレクションで贈る。
開催日時
2022年7月27日(水)
18:30〜20:30… 〙
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