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『あさきゆめみし~八百屋お七異聞』最終回

ドラマのお七は無実で、放火の罪をかぶって死罪になった。「天和笑委集」によるとお七は天和の大火で焼け出され、寺の小姓と会うため自ら行った放火はボヤに留まったらしい。その後お七の放火が大火になったような解釋も生まれたようだ。
ドラマでお七の放火は冤罪だったが罪をかぶった理由は吉三郎を釋放してもらうため。吉三が江戸処拂いになった時点で目的は達したので、なぜお七が処刑されることにこだわったか不思議ではある。奉行所でも放火当時のお七が15歳だから火あぶりを避けようとしたが、お七は自分が恋をしていたから大人だと主張した。自殺できない人が死刑にされたくて犯罪に走る例はあるが、罪をかぶるところまで行くのは病的であろう。

「あさきゆめみし~八百屋お七異聞」のお七が処刑されたのは1683年。「天地明察」で大和暦が貞享暦として採用されたのが1684年で翌1685年から施行。「水戸黄門」第29部第1話では光圀が水戸藩主だった1684年から1690年の光圀隠居まで描かれた。


法治国家において八百屋お七のしたことはこれと同じである。
posted at 20:57:32

八百屋お七も同類。
posted at 20:59:44

中村雅俊はお七を「おしち」と言っていたが、竹下景子は時々「おひち」と言っていたように聞こえた。もしそうならこれは確かに江戸辯(弁)だ。 
#あさきゆめみし~八百屋お七異聞
posted at 21:30:50

@dagon_kawadu@shido_tk ドラマでは八百屋お七の放火は冤罪でしたが、放火が事実なら勿論重罪で、嘘なら一種の偽証罪であり、断じて許されません。吉良邸に討ち入った赤穂浪士四十七士も犯罪者です。お七も雲霧仁左衛門(こちらは架空の人物らしい)も安重根も犯罪者です。

松尾芭蕉は「生き物が恋をするのは命を後世に残すため」としてお七を擁護していたが、これは擁護にならない。店は菊坊が継いだだろうが、お七自身は子孫を残せなかった。命を後世に残すなら、お七は投獄された吉三を見捨てて勘蔵と結婚し、店の跡継ぎを産むべきだった。

大野敏明氏は「歴史ドラマの大ウソ」「坂本龍馬は笑わなかった」の続編は書いていないのだろうか。「あまちゃん」「ごちそうさん」「雲霧仁左衛門」「あさきゆめみし~八百屋お七異聞」「はだしのゲン」の時代考証についてどう批評するか読んでみたいんだが。

「あさきゆめみし~八百屋お七異聞」は1680年代前半の話で、1651年の由比正雪の乱から30年後。しかし「江戸を斬る」第1部第13回「巷談・八百屋お七」では正雪の部下がお七に放火をさせ、お七は処刑されず吉三郎と共に上方へ旅立ったらしい。
posted at 15:21:28

@kyojitsurekishi 「夫のカノジョ」は視聴率で苦戦し8話で終わるようだが、「半沢直樹」と「あさきゆめみし~八百屋お七異聞」が10話で、東山紀之の「大岡越前」が9話なので、「夫のカノジョ」が8話まで続くことができれば健闘したと言えるだろう。「必殺剣劇人」も全8話だった。
posted at 21:06:18

#あさきゆめみし八百屋お七異聞」ではお七は放火をしておらず、吉三郎が放火犯として奉行所に誤認逮捕され、お七は吉三郎を救うために犯人だと名乗り出た。これは劇中では「偽りの自首」である。放火も嘘つきも恋愛のためなら免罪になるのか?誠に疑問だ。

#あさきゆめみし~八百屋お七異聞」で奉行所はお七が火災の時に15歳だったので情けをかけようとしたが、お七は処刑されることを望んだ。吉三が江戸から追放となった時点でお七は目的を達したはず。その後、お七はなぜ自分が処刑されることを望んだのか。

#あさきゆめみし~八百屋お七異聞」の最終回で、お七はなぜ処刑されることを選んだのか。お七は両親に多大な迷惑をかけたので、良心の呵責によって生きていられなかったのだろうが、先に逝くのも親不孝。最初から自首しなければよかった。


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