07.孤独
ある村の結婚式に余興として呼ばれた二人。
ジェルソミーナ:「では始めます!」
ザンパノが小太鼓でリズムを取り、ジェルソミーナが陽気にパントマイムをします。
ニーノ・ロータの明るい音楽が宴会をいっそう華やかにします。
未亡人がザンパノを呼んで食事に誘います。
未亡人:「食べないかい?」
ザンパノ:「ありがとう」
ここでも子供たちに大人気のジェルソミーナ。
ジェルソミーナ:「食事よ」
子供たちは建物の一室にジェルソミーナを連れて行きました。
そこには病気で寝込んでいる男の子がいました。
女の子:
「私のいとこなの。病気なの。笑わせてあげてよ」
「他の人ではダメなの。お願い」
ジェルソミーナ:「どうするの?」
女の子:「踊るのよ。踊るのよ」
ジェルソミーナは男の子のために踊り始めます。
ジェルソミーナ:「小鳥よ、小鳥よ」
ジェルソミーナはグルグルグルグルと回ります。
そばの子供たちも同時に回り始めます。
家の人が来て、ジェルソミーナと子供たちを追い出しました。
このシーンでは、フェリーニ監督は病気で暗い部屋に隔離されている男の子を見せることで、ジェルソミーナもまた孤独な存在なのだということを示しました。
未亡人とザンパノは二人だけで食事をしていました。
汗だくの未亡人。
ザンパノ:「立ったまま食うのか?」
未亡人:
「そうなのよ」
「ずっとこうなの」
「2度亭主に死なれたのよ」
「丸3日、朝の1時起きよ」
「疲れたと思う?」
「一晩中でも踊れるわ」
「若い娘に負けないよ」
ザンパノを誘っています。
ザンパノ:「再婚は?」
未亡人:
「なに?再婚だって?」
「いなくても平気よ」
ザンパノ:「亭主には他の役もある。そうだろ?」
夜の相手は必要ないのかという意味ですね。
未亡人:「なぜ?私は老女かい?」
未亡人は子供に向かって、
未亡人:
「何してるの、早くお行き!」
「最初の亭主はあんたみたい」
「服が残ってるけど、誰にも合わないの」
ジェルソミーナがやってきます。
ジェルソミーナ:「ザンパノ!ザンパノ・・・上に・・・」
未亡人:「あんたにもあげる」
未亡人はジェルソミーナの食事を取りに行きました。
ジェルソミーナは小声でザンパノに言います。
ジェルソミーナ:「変な頭をした男の子が上にいるのよ」
未亡人が戻ってきました。
未亡人:「さあ、食べなさい」
ザンパノ:「聞けよ、その服は誰も着ないのかい」
未亡人:「大きすぎるのよ。あんたなら合うわ」
ザンパノ:「帽子はあるかい。実は帽子がほしいんだよ」
未亡人:「来なさい、見せたげる」
ザンパノはジェルソミーナに向かって、服をもらえてラッキーだというジェスチャーをして、二人は部屋に入っていきました。
ジェルソミーナはザンパノに同調して喜びますが、二人だけになった事を不安に思います。
このジェルソミーナのピエロに扮した不安な表情がとても怖いんです。
夕方になり、一段落したようにタバコで一服をするザンパノを、悲しげな顔でジェルソミーナは見つめます。
ジェルソミーナはメロディを口ずさみます。
ジェルソミーナ:
「♪ラ~ララララ~、ラ~ララララ~♪」
「覚えてる?雨の日に聞いた歌よ」
「なぜトランペットを教えないの?教えてちょうだい」
「ローザに教えたのに、なぜ私はダメ?」
ザンパノは、未亡人にもらった服を着て自慢気に言います。
ザンパノ:「どうだ?」
ジェルソミーナは泣き出してしまいました。
ザンパノ:
「ここは禁煙だ」
「どうしたんだ? なぜ泣くんだ」
ジェルソミーナ:
「私にも分からない」
「帰るわ、故郷へ。嫌になったわ」
「仕事じゃない、仕事はいいのよ。芸人は楽しいから」
「あんたって人が嫌いなの」
ザンパノ:「何だと?」
ジェルソミーナ:「帰るわ。故郷の家へ」
ザンパノ:「バカを言うな」
ジェルソミーナ:
「靴は置いていくわ。オーバーも。何もかも。」
「私はもう我慢できなくなった。だから帰るわ」
08.放浪
ジェルソミーナは一晩中、彷徨い歩きます。
朝になり、昼になり、道の向こうから3人の鼓笛隊が歩いてきます。
ジェルソミーナの表情も心も明るくなります。
そしてジェルソミーナはミサの行列を見物します。
先程の鼓笛隊の明るい音楽とは全く対象的に、人間の業を表現したかのような渦巻いた低音の音楽が流れます。
それは神からの天罰が今にも下りて来そうな恐ろしさを持った曲です。
イエス・キリストの磔の作り物、宗教画の行列が通り過ぎます。
坂道を降りてくるキリスト像を先頭に、オリーブの枝や長い燭台とロウソクを持った子供の行列があとに続きます。
イエスが天使を従えて、この世に現れたかのようです。
周りの見物人はひれ伏して十字を切ります。
ジェルソミーナも敬虔な表情でじっと見つめていました。
豚の丸焼きが露天に吊るされています。
押し寄せる群衆に圧倒されるジェルソミーナ。
何とも象徴的なシーンです。
マーガレット
09.綱渡り
夜になり、一人の芸人が建物と建物に繋がれた一本のロープで綱渡りをしています。
ショーの司会者:
「今から最も危ない芸当をご覧に入れます」
「ロープの上でスパゲッティを食べます」
「どうぞ、お静かに」
「一つ間違うと命にかかわります」
「では皆様、全世界に2つとない芸当をご覧ください!」
「ねえ、イルマット、調子はどう? 気分は?」
綱渡り芸人:
「ここは涼しいよ」
「おかげで腹が減って食欲が出てきたよ」
「おっと、危ない風だ」
「ナプキンが飛んだ」
ショーの司会者:
「どうしたの?」
「私たちを誘わずに一人で食事をする気?」
綱渡り芸人:
「ちょうど席が空いてるよ」
「どなたか一緒にいかがですか?」
綱渡り芸人はロープから落ちるふりをして、テーブルと椅子を落として、持っている長い棒で巧みにバランスを取ってロープの周りをグルグルグルグル回り始めました。
そしてその天使の翼をつけた綱渡り芸人はロープの上で逆立ちをしました。
観客もジェルソミーナも大喝采です。
ショーが終わり、観客に囲まれながら車に乗ってその場をあとにしようとしました。
数秒の間、ジェルソミーナは綱渡り芸人と目が合います。
お互いに神聖なものを感じ取ったシーンですね。
この家出とも言える旅を通じて、ジェルソミーナの神聖さが段々と覚醒していくのです。
あれだけいた群衆も去り、一人広場に取り残されたジェルソミーナ。
教会の鐘が鳴り響き、ジェルソミーナは淋しさのあまり泣き出してしまいます。
淋しさのどん底の時に、ザンパノのオート三輪の騒音が聞こえてきます。
ザンパノ:「乗れ!」
ジェルソミーナ:
「行きたくないわ!」
「いやだ、私は行きたくない。いやだ、いやだ」
ザンパノ:「乗るんだ」
ジェルソミーナ:「いやよ、行かない!」
ザンパノ:「来い。静かにしろ」
ザンパノはジェルソミーナを隅に追い詰めて、ひどく殴り、無理やり車に乗せます。
10.ザンパノとイルマット
あくる日の朝、目を覚まし荷台から出るとそこはサーカス団の宿舎でした。
どこからか美しい曲が流れてきました。
ジェルソミーナはその美しい音色に誘われるように部屋を覗きます。
そこではあの綱渡り芸人がバイオリンを弾いていました。
近くの婦人に聞きます。
ジェルソミーナ:「ここはどこ?」
婦人:「ローマよ。あれが聖パオロ大聖堂よ」
ジェルソミーナ:「サーカスと一緒?」
ザンパノと綱渡り芸人が顔を合わせます。
二人は昔からの知り合いでした。
イルマット:
「やあ、誰かと思ったら "ペッポウ" か」
「これはいいぞ、動物が要るからな」
「冗談だよ、分かるだろ」
「タバコは?あるのか?」
「彼は芸術家と言うべきだ。異色番組だぞ」
「何をやるんだ?」
「鎖を切る芸はどうした?」
ザンパノ:
「友達として忠告する。口をきくな」
「余計な口をきくと後悔するぞ」
イルマット:「冗談を言っただけなのに」
ザンパノ:「忘れるなよ」
ショーが始まり、イルマットは見事な空中芸を見せて観客の拍手をもらいます。
イルマットはザンパノを小馬鹿にしたようにささやきます。
イルマット:「がんばれよ」
ザンパノ:「嫌なヤツだ」
司会:
「ジラッファ・サーカスの新アトラクション!」
「ザンパノ!鋼鉄の肺を持った男の登場です!」
ザンパノ:
「皆さん!これは太さ5ミリの鉄の鎖です」
「鋼鉄より強い粗鉄製です」
イルマットがそっと近寄り、観客席の一番前で見物します。
ザンパノ:
「これを胸にまいて、このフックで両端をつなぎます」
「そして胸の筋肉を拡張するだけで、つまり胸のチカラでフックを壊します」
「フックに仕掛けがと疑う方は確かめて下さい」
「ジェルソミーナさん」
「これは痛さを消すためのものではありません」
イルマットが騒ぎ立てて茶化します。
イルマット:「凄いぞ、いいぞ、いいぞ」
ザンパノ:「フックが肉に食い込んで、血が出ることがあるので.....」
イルマットはザンパノの口上の邪魔をして、鎖を引きちぎる動作をします。
イルマット:「イー、イー、イー」
ザンパノ:
「雄牛2頭分の力は必要としない」
「大学の先生でなくても、少し頭がよければ分かることだ」
「必要なことは3つある。健康な肺。鉄の肋骨。それに超人的な力です」
「気の弱い人は見ない方がいいと申し上げる」
「太鼓が3回鳴りましたら、ジェルソミーナさん、どうぞ」
ザンパノが両腕を上げて、深く息を吸い込み、肺と胸を膨らませ力を入れたその時、
イルマット:「ザンパノ!電話だよ」
観客は大笑いです。
ザンパノはショーが終わっても、怒りを抑えきれません。
ザンパノ:
「殺してやる」
「出て来い、このバカ野郎め!」
「二度と笑えなくしてやる!」
何とかイルマットは逃げることができ、喧嘩は終わりました。
あくる朝、ジェルソミーナはイルマットにバイオリンを教えて貰います。
イルマット:「さあ、吹くんだ」
ジェルソミーナは息を大きく吸い込み、トランペットに一気に息を吹き込みました。
イルマット:
「ああ、上出来だ。お前は筋がいい」
「いいかね、おれはバイオリンだ」
「これを聞いたら、こっそりとおれの後ろへ来てラッパを吹く」
「今やったようにな。ではやろう」
ジェルソミーナ:「だめだわ」
イルマット:「なぜ?」
ジェルソミーナ:「ザンパノが怒る」
イルマット:「聞いたか?全部俺のせいだ。」
サーカス団長:「ザンパノは?呼んでこい。わしが話す」
ジェルソミーナ:「町へ行ったわ」
サーカス団長:
「よし、あとで話す。怖がることはない。家族なんだ」
「一緒に働いてる。芸は身のためだ」
イルマット:
「覚えたか?おれがこうしたら、分かったな」
「やってみよう。うまくやれよ」
「見物の皆さん、ただ今からいとも悲しい曲をかなでます」
イルマットが最初にバイオリンを弾きます。
そのあと、ジェルソミーナがトランペットを大きく吹きました。
イルマット:
「いいぞ、すばらしいぞ。実に見事だ!」
「ザンパノと一緒でも大したもんだな」
「おれの曲が終わる前に、後ろへ来て吹くんだ」
「さあ、もう一度だ。はじめよう」
ジェルソミーナはもう一度吹きました。
イルマット:
「どうだ、いいぞ」
「ジェルソミーナ、3回やろう」
「場内を一回りするから、おれの後ろで吹け」
「分かったな」
「さあ、ここを指で押して、この指はここだ」
「それで吹くんだ」
「やってみろ」
ジェルソミーナは2つの音階で吹くことができました。
イルマット:
「うまいぞ!」
「では、ついて来い。1・・・2・・・」
二人は行進します。
そこにザンパノが戻ってきます。
トランペットを取り上げ、ジェルソミーナを止めさせます。
ザンパノ:「何事だ」
サーカス団長:「わしがやらせてる」
ザンパノ:
「おれの相棒だ。こいつの仕事はおれが決める!」
「あんなバカ野郎とは仕事させん!」
「いやなんだ、不愉快だからだ!」
「二度としてみろ・・・」
イルマットはバケツの水をザンパノの頭にかけました。
サーカス団長:
「ザンパノ、やめろ」
「ゴルフレッド、止めろ!殺されるぞ!」
「二人を押さえろ、パオロ!」
周りの男たちがザンパノを止めに入ります。
サーカス団長:
「いったい何という奴らだ」
「ザンパノ、来い。ナイフを持ってる」
イルマット:「気をつけろ、ナイフだ」
ザンパノ:「来てみろ 殺してやるぞ!」
イルマットは奥の部屋に鍵を閉めて閉じこもりました。
ザンパノ:「ドアを開けて出てこい、腰抜け!」
警官:「ナイフを捨てろ!」
ザンパノとイルマットは警察に連行されて、サーカス団は立ち退き命令が下ります。
女の団員:
「どうするの?」
「私たちといればいつか彼が来るわ」
「彼なんか忘れなさいよ」
「いないほうがいいのよ」
「一人でどうするの?」
「ここにいれば食べさせてあげる」
ジェルソミーナ:
「車は?」
「警察に渡せばいいのよ」
「いっしょにおいでよ」
「寝る場所は?」
「私の車に二人分の場所がある」
サーカス団長:
「働け、モラ。全部片付けるんだ」
「4時にトラックが来る」
「お前は好きなようにしろ!」
「一緒に来るか奴を待つかだ」
「奴とはこれきりだ」
「あの間抜けもな」
「もうゴメンだ」
オステオスペルマム
11.役立たず
ジェルソミーナはずっとサーカスの跡地にいました。
オート三輪の荷台で寝ていました。
どこからか口笛が聞こえてきて、懐中電灯の暖かな光がジェルソミーナを照らします。
夜にイルマットが先に釈放されて帰ってきました。
イルマット:
「眠ってたのか?」
「何てケモノ臭いんだい。よく平気だな」
「ザンパノはまだブタ箱だ。たぶん明日出られる」
ジェルソミーナ:「明日?」
イルマット:「ああ、たぶんな」
ジェルソミーナ:
「二人とも悪いのよ。ザンパノ一人じゃないわ」
「それにあんたはもう出てきて」
イルマット:
「そうさな、見方によってはおれの方が悪かった」
「だが奴はナイフを」
「降りて来いよ。降りろよ」
「奴にはブタ箱も薬だ。何年でもいるがいいさ」
「おれは先が短い」
「ああ、うまい空気だ。ここにかけよう」
「いい部屋着だな」
「かけろ。かけろよ」
二人は横に並んで話をします。
イルマット:
「お前の顔はおかしいな」
「それで女かい。まるでアザミだ」
ジェルソミーナ:「ザンパノを待たないわ。皆に誘われたのよ」
イルマット:「奴と別れるいい機会だ」
イルマットは大笑いで寝転びます。
イルマット:
「明日出てきて誰もいない時の奴の顔を見たい」
「絶対に別れろ。奴は野蛮人だ」
「何の理由もない。つい、からかいたくなる」
「なぜかな、自分でも分からん。いつもそうなる」
「ところで、どうしてザンパノと一緒になった?」
ジェルソミーナ:「母さんに1万リラくれたの」
イルマット:「本当にそれだけでか」
ジェルソミーナ:「私には妹が4人いるの」
イルマット:「奴を好きか?」
ジェルソミーナ:「私が?」
イルマット:
「そう、お前さ」
「逃げないのか?」
ジェルソミーナ:
「逃げようとしたわ」
「だめだった」
イルマット:
「お前は変わってるな」
「ダメとは何だ?。奴がいやなら皆と行けばいい」
ジェルソミーナ:
「皆と行ったって同じことよ」
「ザンパノといたって変わりはないわ」
「どっちだって同じよ。私は何の役にも立たない女よ」
「いやだわ、生きてることが嫌になったわ」
ジェルソミーナの本当の悩みは自分が無価値な人間だと感じていることなんですね。
役に立たないから1万リラで母親に売られた。
役に立たないから、ザンパノに人間扱いされない。
そう思い込んでしまっています。
イルマット:
「料理はどうだ?」
「料理は作れるのかい」
ジェルソミーナ:「いいえ」
イルマット:「何ができるんだ?歌や踊りは?」
ジェルソミーナ:「いいえ」
イルマット:「すると、男と寝るのが好きか?」
ジェルソミーナは横を向きます。
イルマット:
「では何が好きだ?」
「別に美人でもなし」
ジェルソミーナ:「私はこの世で何をしたらいいの?」
イルマット:
「おれがお前と一緒になったら、綱渡りを教える」
「ライトをあててやる」
「おれの車で巡業する」
「世の中を楽しむ。どうだい?」
「それとも、いつまでもザンパノと一緒に苦労を続けるか、ロバにたいにコキ使われながら...」
「しかし、お前もザンパノには何かの役に立つんだろう」
「前に逃げた時はどうだった?」
ジェルソミーナ:「ひどく殴られたわ」
イルマット:
「奴はなぜ引き戻したのかな」
「分からん。おれなら一発でお前を捨ててしまう」
「おそらく、惚れてるんだ」
ジェルソミーナ:「ザンパノが私に?」
イルマット:
「変かい?奴は犬だ」
「お前に話しかけたいのに吠える事しか知らん」
ジェルソミーナ:「かわいそうね」
イルマット:
「そうだ、かわいそうだ」
「しかし、お前以外に誰が奴のそばにいられる?」
「おれは無学だが何かの本で読んだ」
「この世の中にあるものは何かの役に立つんだ」
「例えばこの石だ」
ジェルソミーナ:「どれ?」
イルマット:
「どれでもいい」
「こんな小石でも何かの役に立ってる」
ジェルソミーナ:「どんな?」
イルマット:
「それは・・・」
「おれなんかに聞いても分かんないよ」
「神様はご存知だ」
「お前がいつ生まれ、いつ死ぬか、人間には分からん」
「おれには小石が何の役に立つか分からん」
「だが何かの役に立つ」
「これが無益ならすべて無益だ」
「空の星だって同じだとおれは思う」
「お前だって何かの役に立ってる」
「アザミ顔の女でも」
12.ジェルソミーナの決意
ジェルソミーナは小石をイルマットから受け取り、じっと涙を浮かべながら見つめました。
次第にジェルソミーナの顔に笑顔が戻っていきます。
ジェルソミーナに生きる気力が戻って来ます。
それはイルマットの慈愛です。
神はジェルソミーナにイルマットを使わせ、命を与えました。
ジェルソミーナ:
「何もかも火をつけて焼いてやるわ。布団も毛布もみんな」
「彼が思い知るわ」
「もうあの人とは働きたくないのよ。1万リラくれた分は働いたわ」
「彼は無関心よ。何も考えていない。’言ってやる。何のつもりだと」
「何の役に立っているのか」
「スープに毒を入れてやる。いやダメ、みんな焼いてやる」
「私がいないと彼は一人ぼっちよ」
イルマット:
「皆が誘ったんだろ?」
「お前は一座の連中に来いと言われたんだろ?」
「俺のことは言わなかったか?」
ジェルソミーナ:「二度と仕事しないって。ザンパノとも」
イルマット:
「誰が奴らと仕事するもんか。俺を必要とするのは奴らの方なんだ」
「俺はどこへでも行ける。俺は一人で自由にしたい人間だ」
「俺は一人で暮らせる。お前はどうする?。俺には家もない」
ジェルソミーナ:「さっきなぜ先が短いと言ったの?」
イルマット:
「いつも死を考えてるからさ」
「おれの仕事はいつ死ぬか分からん危ない仕事だ」
「いつ死んでも誰も悲しまん」
ジェルソミーナ:「お母さんは?」
イルマットとは "狂人" という意味です。
彼は綱渡りという芸風からいつ死んでも覚悟して生きていました。
性格は柳に風が吹いているようで、風来坊のようです。
イルマットの陽気さ、思いつくことは何でもする軽快さ。
それは善いことも悪いことも超越した本当の自由な生き方。
いつ死ぬか分からない不安を持ちながら、今の一瞬を命を懸けて楽しむ、人助けもする、嫌な奴もからかう。
生死は神の意向にまかせ、”今に生きる”。
こういった生き方が生き物本来の生き方ではないでしょうか?
イルマット:
「お前はどうするんだ?。奴を待つか一座と行くか」
「さあ、乗れ。警察の近くまで運転して行ってやる。出てきた時にすぐ分かる」
「わあ、この怪物は動くのかい」
イルマットの運転で警察まで連れて行ってもらいました。
イルマットとお別れの時です。
イルマット:「ここだ、ここが警察だ」
ジェルソミーナ:「行くの?」
イルマット:「行くよ。本当におれと一緒に来たいのかい?だが役に立たん女は連れて行きたくないんだ」
イルマットは首にかけていたネックレスをジェルソミーナにかけてあげます。
イルマット:
「♫ ジェルソミーナ、ジェルソミーナ タリラリ♫」
「これをやる。思い出の品だ」
イルマットとそういって珍しく寂しそうにジェルソミーナと別れました。
イルマット:
「チァオ!」
「♫ ジェルソミーナ、ジェルソミーナ タリラリ♫」
ジェルソミーナは悲しんでいましたが、顔を上げてイルマットにお別れの挨拶を涙混じりの笑顔で返しました。
イルマット:「さよなら、ジェルソミーナ」
イルマットはスキップしながらマンションの向こう側へ消えて行きました。
プリムラ・マラコイデス
13.お似合いの二人
時が経ち、ザンパノは釈放されます。
ジェルソミーナ:「ザンパノ、ここよ」
ザンパノは感慨深げにそして恥ずかしげにタバコをくわえました。
ジェルソミーナ:「一座の人たちに誘われたのよ」
ザンパノ:「行けばいいのに」
ジェルソミーナは黙って荷台からザンパノのコートを取り出し、ザンパノに着せてあげました。
それは本物の夫婦のようでした。
二人は旅の途中に海岸に立ち寄ります。
ジェルソミーナは故郷に似たその海岸に走って向かいました。
そして実家を思い出していました。
ジェルソミーナ:「私の家はどの方角?」
ザンパノは靴と靴下を脱ぎ、波に向かって歩きながら珍しくやさしく言います。
ザンパノ:「あっちだ」
それはそれは光が無数に反射して綺麗な明るい穏やかなシーンでした。
モノクロ映像に遠い沖まで反射した陽光がきらめきます。
ジェルソミーナ:
「前には家に帰りたくてしかたがなかった」
「でも今ではどうでもよくなったわ」
「あんたといるところが私の家だわ」
ザンパノ:
「そいつは立派な考えだ」
「家へ帰れば満足に食えんから気が変わったんだ」
ジェルソミーナは恋心の分からないザンパノに苛立って言います。
ジェルソミーナ:「あんたってケダモノね。あきれたわ」
ザンパノは恥ずかしくてとても口にできないのかもしれませんね。
ザンパノ:「ハッハッハッハッハッ。だが本当だぜ」
~PART3へつづく
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