(柳淵橋:歩行者専用)
「亀の井ホテル青梅」をチェックアウトして、「釜の淵公園」の端にある「柳淵橋」を渡ります。
柳淵橋は、歩行者専用の橋です。
眼下の「釜の淵公園」の奥に、宿泊した「亀の井ホテル青梅(旧かんぽの宿)」の建物がまだ見えます。
橋の上からは、川が崖にぶつかり曲がって流れる様子が眺められます。
橋を渡り終えると、下の写真の「若鮎(あゆ)の像」がありました。
上の写真の石碑には、「若鮎(あゆ)の像」の由来が下記の様に書かれていました。
大正2年、東京大学の石川千代松博士が、琵琶湖産の小アユ数百匹を放流し、成長させることに全国で初めて成功しました。
1973年、その功績を称えて、奥多摩漁業協同組合が、アユを女性になぞらえたこの像を建てました。
柳淵橋を渡り終えて、釜の淵公園を出ると、また、一般道を歩くしかありません。
一般道を、極力、多摩川から離れない様に、適当に歩いて行きます。
10分余り歩くと、写真の国道411号が通る「万年橋」に出ました。
初代の「木製のアーチ橋」が明治30年に完成しましたが、明治40年には、上の写真の二代目の「鋼アーチ橋」に架け替えられました。
その後、昭和18年には、上の写真の「コンクリートアーチ橋」になりました。
更に、平成17年、このコンクリートアーチ橋は、RCアーチ橋という手法で強度を補強されています。
上の写真によると、万年橋を通る国道の上り車線は「国土交通省」の管轄ですが、下り車線は、「東京都」の管轄とあります?
えっ~?!、一つの橋の上り車線と下り車線の管轄が異なる?
因みに、上の写真の図には、万年橋は下流側と上流側では橋の構造が異なり、上り車線はアーチ橋で下り車線はトラス橋とあります。
う~ん、何のこっちゃ・・・?
先ず、橋の左側(下流側)の歩道を歩いて行きます。
上の写真の様に、岩の上には、白い野鳥が休息しています。
橋を渡り終えると、橋の袂には、写真の「旧万年橋(アーチ)の支承部」が、架け替え工事記念として展示されています。
橋の左側(上流側)の歩道を歩いて引き返します。
万年橋のスタート地点に戻って来ました。
橋を渡り終わって、再び、極力多摩川から離れない様に、上流を目指して一般道を適当に歩いて行きます。
万年橋から20分くらい歩くと、小高い所に「八坂神社」がありました。
説明版によると、この八坂神社は、江戸時代よりも以前は、京の祇園社を分社した「牛頭(ごず)神社」と称されました。
武蔵と甲斐をつなぐ要衝の地だったこの地に建てられた、とあります。
ps.
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