トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

池田理代子氏-左派寄り劇画家? その②

2008-01-30 21:20:13 | 漫画
その①の続き
 池田漫画としてはあまり注目されない作品に『おにいさまへ…』がある。アニメの方は未見だが、原作なら学生時代に見た。この作品に描かれた名門私立女子校の世界が、あまりにもリアリティがなさ過ぎて違和感を覚えた。かつて宮城県も男女別学が当り前で、私も別学高だった。東京と地方では事情がかなり異なるし、少女漫画の世界なので浮世離れする傾向なのは無理もない。この漫画に登場する一種の学生エリート集団「ソロリティ」をめぐり展開される葛藤だけは妙に記憶に残っている。

 ソロリティに反対する学生の先鋒が折原薫。長身、スポーツ万能でボーイッシュかつリーダー格の美少女。何やら黒髪のオスカルといった印象であり、活発そうに見える彼女もまた実は病を抱えている。オスカルは肺結核、折原薫は乳癌だった。折原が全校生徒が集う集会でソロリティ廃止を訴え主張する場面は、特に面白かった。動揺するソロリティ会長に、「伝統ある制度?人身売買制度ですか?」と挑戦的に問いかけ、さらに自論をたたみ掛ける。その台詞はこのようなものだった。

そう、人間に値段を付けるんだ。やがて社会に買われていくために。自分たちは特別高級品だ、他とは違うのだと。そんな馬鹿馬鹿しい優越感のため、毎年多くの新入生が傷付け合うのです…
ソロリティなんてあってならない。皆同じく平等な青蘭の生徒なんだ」と、折原は同級生にもソロリティ廃止を訴える。活動の高まりと会長の決断によりソロリティは廃止となるという流れだった。ただ、廃止活動に尽力した折原もまた、お嬢様だったのは確かだろう。彼女もソロリティに推薦されており(辞退したが)、クラスメートは全員祝福していたのだから。

 改めて思い返してみると、この箇所は'70年代に吹き荒れた平等教育主義がもろに反映されている。ソロリティとはアメリカのキャンパスでの優秀な学生グループを模倣して作られたものであり、今でもこの種のグループはアメリカで健在である。「欧米では~」と何かと言えば欧米を引き合いにしたがる文化人が、非欧米的な悪平等主義に取りつかれていたのは不可解だ。エリート集団を止めたところで、社会の“人身売買制度”がなくなる訳でなし。社会に買われるなら、官民問わず社会人は全て人身売買の哀れな犠牲者となるのか。

 ソロリティの存在自体が悪しき階級制の象徴として糾弾され、折原や主人公たちによる平等啓蒙運動の結果、それまでソロリティに何の疑問も感じなかった生徒たちも共鳴していく…と漫画では描かれている。だが、私は女特有の嫉妬もあったのではないかと思う。ソロリティ選考に漏れたため、主人公やその友人に執拗な嫌がらせをしていた生徒も廃止署名をしている。どうせメンバーになれなかったクラブなら、廃止されたところで関係ない。クラブに選ばれぬ生徒が圧倒的多数ゆえ、民主的手法を用いれば容易に潰せる。メンバーさえも脱退や廃止署名をするに至ったのは、平等主義に目覚めたよりも、学内での孤立を恐れる付和雷同に近かったのではないか。

 池田氏は恋愛遍歴でもゴシップのネタとなっていた。'80年代半ば頃だったと思うが、妻子あるエリート官僚との不倫が発覚、スキャンダルが紙面を飾る。池田氏は愛人との会話を録音したテープを報道社に送りつけるが、職場の上司が買った某スポーツ新聞にはその会話が丸々載っていた。ゴシップ好き、野次馬根性の私には大いに楽しませられた内容だったが、「こういう女って、ヤだな~」と言ったのは件の上司。上司自身、妻子持ちなので尚のこと疎ましく感じたのだろう。

 池田氏は日本でいかに女が不利な状況に置かれているか、愛人に繰り返し語っていた。“不倫の果て”により男に殺害された女の事件を引き合いに出し、裁判官が被害者の態度にも問題があったと下したのが気に入らぬらしく、男に不利な行動をした女は殺されていいのかと愛人に訴えていたのを憶えている。こうなると、愛人も何と答えてよいのか分らなくなる。しきりに「ねぇ、聞いているの?」と確認する池田氏。男の身勝手に怒るのは分るが、痴話喧嘩に女性の社会問題を絡めるのは、東京教育大(現筑波大)哲学科に学んだゆえか?いくら社会問題を持ち出したところで所詮痴情のもつれなので、非哲学的になるのがオチだ。

「ベルばら」の他の氏の代表作に「オルフェウスの窓」があり、こちらもロシア革命が描かれている。既に共産主義国の欠陥が一般にも知られるようになったにも係らず、この作品でも革命は好意的な描き方。先の上司など、「ソ連?人類の恥」とまで誹っていたが、激動の時代は劇画の舞台に格好でもある。ロシア人に言わせれば、日本のマルキストは「美味いビールを飲み、共産主義の夢を語っている」状態だったのだが。

 映画や小説ばかりではなく漫画も、その時代を映す鏡でもある。'80年代に入ると、あからさまなマルクス史観、平等啓蒙劇画は下火になり、個人主義の強いキャラクターが主流となった。

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4 コメント

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思想的にはちょっと… (ハハサウルス)
2008-01-30 23:04:25
友人が持っていた「ベルバラ」は、男女共にクラスでかなり読まれていました。当時は革命云々を考える程の年齢ではなかったので、単に漫画として面白かっただけで、アンドレの想いが最後に通じて良かったなぁ、とうるっときたのを覚えています。
池田理代子氏は時折話題になりますね。スキャンダルだったり、声楽家になったりと。何で読んだかは忘れましたが、「あっ池田理代子って、左よりなんだ!」と思った瞬間があって、それ以来私の中の評価は下がりました(笑)。

大体不倫のことを公表する女性って信じられません。百歩譲って不倫に陥ってしまったにしても「黙ってなさい!」と言いたいですね。政治家、芸能人などの有名人との不倫を情報として売る女性もいただけません。でも、男性側にも言いたいです。「相手(女性)を選びなさい」と。
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品格 (mugi)
2008-01-31 23:23:55
>ハハサウルスさん

私も子供時代は「ベルばら」、面白く読みましたし、フランス革命の勉強になったのは確かです。
作者の人格と漫画の才能は別ですが、やはり漫画のキャラクターに著者の性格が垣間見えることもありますね。オスカルは行動的な理想主義者ですが、かなりエゴイスティックな面もありました。アンドレみたいに滅私奉公してくれる男性でなければ、ダメだったでしょう。

不倫でなくとも、有名人との性的関係をマスコミに売りつける女性(または男性)まで一部いますね。昨年「女性の品格」という本がベストセラーになったのも、品格のない者が大手を振っているご時世ゆえ?

>>「相手(女性)を選びなさい」と。
これ、言えてますね~~
鼻の下を伸ばして隣国のハニートラップに引っかかる日本の政治家やビジネスマンの男たちは、特に用心してもらいたいです。
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「勝手に改蔵」で (madi)
2008-02-01 07:29:12
講談社漫画賞も小学館漫画賞もとりそこねたことで知られる「勝手に改蔵」でソロリティをパロディにした回がありましたが、少年サンデーの21世紀の読者にわかったんでしょうか?
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初耳です (mugi)
2008-02-01 21:51:06
>madiさん

「勝手に改蔵」は初耳ですが、wikiで調べたら、かなりブラック・ナンセンス漫画のようですね。
'70年代の少年サンデーなら絶対ありえなかった作品だと感じました。ギャグ漫画だと受賞が難しいかも。
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