トーキング・マイノリティ

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印度細密画の世界 その二

2013-09-09 21:10:39 | 読書/インド史

その一の続き
 ムガル系絵画では歴代ムガル皇帝や王族の肖像画も幾つか載っていた。貴婦人だけでなく貴族の男の肖像画でも、花を持った姿で描かれており、実に華やか。№14「悪魔を射るアウラングゼーブ」は、名称通りムガル第6代皇帝を描いた作品だが、射られた悪魔は痩せこけて腰巻ひとつまとっただけの姿であり、手を上げて降参の意を表している。にも拘らずアウラングゼーブの放った矢が何本も悪魔の身体を貫いていた。
 悪魔というよりも明らかにヒンドゥーの行者スタイルであり、生涯を通じ異教徒迫害に血道をあげた皇帝が異教の行者を射殺したことは充分考えられる。試し射ちよりも皇帝は聖戦と思っていたかもしれないが、射られた“悪魔”の姿は痛々しかった。

 ムガル系絵画に対し、写実性よりも様式美を重んじたラージプト絵画は総じて色彩は鮮やかだ。よく描かれるテーマのひとつが、クリシュナ神とその恋人ラーダーのカップル画。ラーダーが美しく描かれているのは言うまでもないが、実は彼女は人妻。ダブル不倫となるのだが、それでも細密画にはよく描かれている。イスラム圏ならば、不倫カップルはこれほどあっけらかんと題材にしにくいのではないか?
 クリシュナには他にも多くの妻がおり、一説には約1万6千人もの妃がいたが、彼は大勢の妃たちを満足させたというから、やはり人間の男にはやれない神業なのだ。

 当時の風俗を描いている細密画も多く、№64「ワインを飲む女」は19世紀の作品だが、女が独酌している。カラフルな色彩でも女の孤独そうな印象は否めず、失恋のヤケ酒?と勘ぐりたくなる。№59「化粧する女」は夜が明けきれぬ朝に化粧する女の絵だが、屋外で上半身は裸、広がったスカートの裾から股間の割れ目がモロに見えているのは画家の想像で描いたのではないか。
 №61「放尿する女」もあった。「このようなシーンの絵は他に例がない。夜の散歩中に急に尿意をもよおしたのか。宮廷の女は侍女につきそわれて放尿している」と解説されている。サリーの裾をたくし上げて放尿する貴婦人の絵は、どこかユーモラス。

 ラージプト絵画には何点か「愛の場面」の絵があり、中でも№111はモロに本番シーンを描いている。解説文には「大胆な色彩と構図で愛のシーンを描いている。見つめ合う2人の目は真剣である。脱衣籠や水煙草も場面の情景を表す小道具となっている」とあった。ここまでくると完全な春画で、制作は1700年。同時代の日本でも、大胆な「愛の場面」を描いた日本画もあったはず。
 ただ、№111での男女は女はもちろん男も装身具を付けており、男はターバンをはずしていない。裸でも一糸まとわぬ姿ではなく、愛の行為中に長い首飾りやペンダントは邪魔にならなかったのか、余計な想像したくなる。

ライラとマジュヌーン」をテーマとしたラージプト絵画があったのは驚いた。№49「ライラとマジュヌーン」の解説には「これはペルシャの愛の物語である」となっているが、この物語を書いたのがペルシアの詩人ニザーミーであり、ライラとマジュヌーンはアラブ人なのだ。アラブの伝説をもとにペルシア人が書き上げたのが「ライラとマジュヌーン」なので、解説は正確ではない。
 もっともこの絵はインド細密画らしく、絵の人物の風貌や衣装、風景は全てインド風。日本の仏画に描かれる人物像が日本人の顔であるのと同じなのだ。

 №46「荒れ狂う象を見るマハーラーナー ジャガット・シン」はシリアスな絵だ。ジャガット・シンの在位は1734-51年。マハーラーナー(王の中の王の意)の称号から、メーワール(現ウダイプル)王のようだ。荒れ狂った象が塀の中に入り、人を襲うシーンが描かれている。象が長い鼻を人の身体に巻きつけ、牙で突き刺している。止めを刺すように、さらに象は鼻で捕えた男を高く掲げている。襲われた男の出血も描かれており、荒れ狂った時の象の怖さが分かる絵だ。
その三に続く

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