その①の続き
著者は日本海軍の人員軽視を指摘、それは搭乗員(パイロット)に対しても同じだったと見る。「敢えて厳しく言えば、日本海軍は搭乗員を使い捨てたと言っても過言ではありません」(48頁)と断言する。「使い捨てられた熟練パイロット」の例を様々挙げており、ラバウルの戦いでのゼロ戦搭乗員は往復7時間近くも飛行機に乗っていたそうだ。当時自動操縦はなく、重圧に耐えながら極限の緊張状態で操縦していたのだ。
これほど苛酷な作戦に投入するゼロ戦に、日本海軍は連日のように熟練搭乗員を起用する。高額な飛行機を簡単に落とされては困るため、若い未熟な搭乗員には任せられず、その結果、熟練搭乗員は酷使されたのだ。当時の戦闘記録には、1週間に5回や6回出撃したという例もあったという。こんなことが続けば、熟練搭乗員の能力低下は目に見えている。
戦時でもラバウルは、「搭乗員の墓場」と呼ばれたそうだ。ラバウルの戦いで生き残ったゼロ戦パイロット本田稔氏の証言が載っている。
「おそらく撃墜された搭乗員よりも、燃料切れで墜落した搭乗員や、途中の洋上飛行で疲労困憊のあまり海に墜落した搭乗員のほうが圧倒的に多いでしょう」(51頁)
対照的に米軍はパイロットの命を大事にしたという。それは米国のヒューマニズムだけではなく、彼らなりの冷徹なコスト計算もあったのだ。米軍はパイロット1人を育成するのに、どれだけの金と時間がかかっているのかを見ていた。
だから、パイロットを助けるのに少々のコストがかけても十分見合う、というのが基本姿勢だった。米軍の人命救助は徹底しており、戦地の海域には何十隻も潜水艦が配備され、そこに不時着したら、すぐに救助できるようになっていたという。潜水艦により救助されたB29の乗員は2千人以上とも言われる。
日本軍にはその発想がなかったのは書くまでもない。搭乗員はやられたら、それで終いだった。これ等を引き合いに著者はこう述べる。
「一部の働ける人間をとことん使い尽くすというやり方は、最近のブラック企業に通じるものがあるようにも感じます」(54頁)、「一部の優秀なエースに頼る、あるいは彼を酷使するというやり方は、今でも日本社会の中に根強くあるような気がします」(60頁)
軍事通の方ならば、ゼロ戦の致命的欠陥や理解不能な日本軍の戦法、米軍の合理性は既知のことだろう。私はこの新書で初めて知ったが、「牛に引かれて進むゼロ戦」(67~70頁)のエピソードは軍事オタクの間でも意外に知られていないのかもしれない。
ゼロ戦を製造していたのは名古屋にある三菱重工業の工場だが、何とその工場には飛行場がなかったのだ。そのためゼロ戦を飛ばして基地に運ぶことができなかった。そこで、せっかく作ったゼロ戦を一旦バラバラに分解し、荷車に積む。それを牛に引かせ、約48㎞離れた岐阜県の各務原飛行場まで一昼夜かけて運んだそうだ。一機を荷車三台に分解して載せ、牛三頭に運ばせたと伝わる。
トラックではなく牛だったのは、道が舗装されていなかったためだ。車で急いで運び、ガタガタ揺れると、精密機械である飛行機が痛んでしまうからである。この状況はポツダム宣言受諾まで続いたのだ。普通ならば飛行場の隣に工場を作るか、工場の隣に飛行場を作ることを考えるはず。そうでなければ、工場と飛行場の間の道路を舗装し、車が仕える様にしても良い。だが、当時は道路の舗装さえしなかったのだ。
何故こんな馬鹿げたことが続けられたのか?一言で言えば、原因は日本の縦割り行政の硬直性だ、と著者は断言する。工場はあくまで民間のものだが、飛行場となると軍の管轄となり、さらに道路を管轄するお役所はまた別という具合に、全て管轄が異なっていた。そのため調整が進まなかった。
牛に関しては、さらに情けない話が載っている。戦争末期となると日本ではあらゆる物資が不足、重要な物資の売買が自由に出来なくなっていたのだ。その統制物質の中に牛も含まれており、そのためゼロ戦を運ぶ牛を入手するのが困難になった。困った三菱重工の社員は、仕方なく闇市で牛を手に入れるが、ある日、その牛で荷車を動かしている時、地元の警察に捕まってしまう。そして起訴までされてしまったという。
「日本が生きるか死ぬかの戦いをしている時に、その戦いに最も重要なゼロ戦を作って運んでいる飛行機会社の社員を「闇で買った牛を使った」ということで起訴する――信じられない話ですが、本当のことです」(69頁)
現代でも馬鹿馬鹿しい話がある、と著者は具体例を挙げる。日本では戦車も道路交通法の対象となっているので、赤信号では止まらなくてはならない。仮に有事となっても、基本的に戦車が信号を守らなくてはいけない国だ、と。
その③に続く
◆関連記事:「カエルの楽園」
>日本だと救急救命士ができる医療行為や権限が圧倒的に少ないので
戦時医療は非常に厳しいものです。
それは衛生兵や一般隊員が、日本の法律では点滴や注射、挿管などが行えないからです
(サイトのコメント欄より)
ttp://karapaia.com/archives/52219395.html
>陸自の救護員(衛生兵)は法的には看護師程度のことしかできない。つまり医官の指示がなければ投薬や注射もできない。当然ながら縫合などの手術もできない。法的な制限があるために彼らができることは諸外国のMEDICに比べて極めて少ない。
ttp://toyokeizai.net/articles/-/78336?page=5
あまりにも先の大戦時と変わっていない。本当に開戦したら出ずに済む犠牲が増加してしまいます。でも、緊急時の法律を施行しようとしても野党が潰すのでしょうね。
新書にも「日本軍の駄目なところを延々と説明されて、嫌になった方もいるかもしれませんが、ご容赦ください」(78頁)と断りがあります。しかし、現代でも海外の紛争地帯で杓子定規の法的制限が行われていたことは知りませんでした。本当に言葉もありません。
著者も自らの体験を語っています。彼が仕事をしているテレビ番組の制作現場では、いつの頃からか「法令厳守(コンプライアンス)」が厳しく言われるようになり、その結果、刑事ドラマで逃亡中の銀行強盗にもシートベルトをさせなくてはならなくなったそうです。それも道交法違反を推奨してはならない、という「コンプライアンス」から(70頁)。
殺人や強盗は問題にされず、シートベルトのような些事に拘る「コンプライアンス」って、いったい何でしょう。これまたテレビドラマに於ける馬鹿らしいケースです。