トーキング・マイノリティ

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アニばら鑑賞雑感 その四

2016-02-26 21:10:16 | 漫画

その一その二その三の続き
 アニメ版でのオスカルは、フェルゼンとの失恋で近衛隊を止め、衛兵隊に転属した描き方だったし、原作とは違って別れの言葉もオスカルから切り出している。そして互いを「君、あなた」と呼び合っているのだ。双方が「お前」だった原作に比べ、オスカルの言動はとても女らしい。
 他にもオスカルが得意な楽器はバイオリンでなく、クラヴサンに改変されており、細かい違いだが気になる。現代では女性のバイオリン奏者も珍しくないが、クラヴサンやピアノを弾く方が、より女らしく見える。この辺りにもスタッフの意向が表れていると感じた。現に原作ファンからは男性中心のスタッフによる男性目線の描き方への批判や不満が多く、アニばらファンとの見方は大きく違っているようだ。

 殊にアニばら後半とラストは原作とは極めて違っており、もうこれは原作をベースとした二次作品と見た方がよい。ストーリーの軸そのものが違っているのだ。フランス革命を背景としながら、主人公たちの「愛」をテーマにした原作と、庶民視点で革命の人間群像を描いたアニメ版。アニばらではオスカルとアンドレの愛よりも、革命に至る歴史の動きに重きを置いているのだ。
 父にあわや成敗されそうになったオスカルを、アンドレが必死に守ろうとするのは原作と同じでも、アニメ版ではその直後のオスカルの愛の告白なし。ベルばらファンは女性が殆どだろうし、彼女らにとってこの重要なシーンをアニメ版でカットされ、心底落胆したはず。告白でついにオスカルとアンドレが恋人同士となった期間は僅か2週間にせよ、その恋人同士のシーンさえアニメ版ではないのだ!これも恋愛モノより革命を描きたがった男性スタッフの思惑があったのは明らかだ。

 アニばらではキャラクター全ての性格は原作と違っており、オスカルやアンドレはもちろんロザリーもずいぶん変えられている。アランに至っては完全な別人であり、貴族ではなく貧しい平民、しかもアンドレよりは少なくとも数歳は年長だろう。原作のような「ケツの青いガキ」ではなく、既に成熟した男。そのため原作のようにオスカルに強い反抗はしないが、最後まで「あんた」呼ばわりだし、女性として愛する展開にもなっていない。アランはアニメ後半の重要人物なのだが、その反面アンドレの影が薄くなった印象。

 アニメ版アンドレもまた微妙な違いがあり、社会の変化を感じとり、勉強会や革命家の個人演説に出席している。ルソーヴォルテールの書物を読んで革命思想に傾倒する原作オスカルだが、アンドレがこれらの書を見ていたのかも疑問。ジェローデルの勧めでルソーの新エロイーズを読んだにせよ、平民にも拘らず勉強会には出ている様子無し。革命に身を投じたのもオスカルが主体であって、それに従ったのが原作アンドレだった。
 何よりも違っているのは、アニメ版後半でオスカルとアンドレが別れて暮らしていること。最後まで常に影のように寄り添っていた原作と違い、アンドレはオスカルの元から離れる。そう仕向けたのこそオスカルだし、アンドレに新しい配属先では、「もう供をしなくてよい」とまで宣言している。傷付いたアンドレはオスカルをベッドに押し倒し、ブラウスをビリビリ引き裂き暴行しようとするも、彼女の涙を見て、かろうじて思いとどまる。

 ベルばらファンはこの出来事を“ブラビリ事件”と呼んでおり、アニメ版でも描かれている。そんなアンドレを何事もなかったように許し、それ以降も彼が側に居続けた原作と違い、距離を置いたのがアニメ版。暴行未遂を起こした従僕をそのまま信頼し続けるという展開は、男性スタッフには不自然だろうし、リアリティがないと思ったはず。
 従者アンドレがいなくなったオスカルは、ただ1人、白馬に乗って衛兵隊に勤務する。帰宅途中、いかにも疲れた様子で馬に乗っているシーンもあり、原作での颯爽とした乗馬姿とは対照的。司令官室に1人いて、常に孤独な状態にあるのがアニメ版オスカルなのだ。男として生きようとして招いた結果にせよ、一人ぼっちのオスカルは寂し過ぎる。

 リアリティを重視したアニメ版だが、逆に男性目線が強すぎてリアリティを欠いたシーンもある。脊椎カリエスに罹り、高熱に苦しむ王太子ルイ=ジョゼフが、アントワネットが側にいるにも拘らず「お父様…」と言っているのがそう。これは極めて有り得ず、たとえ息子を虐待する母親でも、助けを求めるのが幼い子供だ。この辺は父が傍にいても、「ママン・レーヌ(お母様王妃)」と言っていた原作の方がリアル。
 スタッフもそれくらいは分る筈だが、あえて「お父様…」に変えたのは、幼い子供がいても不倫の恋に溺れる王妃を断罪する意図があったとしか見えない。アントワネットとフェルゼンの恋は所詮は不倫だし、女の不倫に厳しいのは変わらぬ男の姿勢。またアニメ版で、ヴァレンヌ逃亡事件がアントワネットとフェルゼンの最後の別れとなっていたが、実はその翌年、命の危険を顧みずフェルゼンは王妃に会いに来ている。原作にもこの出来事は描かれていたが、アニばら最終回はオスカルの死後の話を端折り過ぎだった。
その五に続く

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