トーキング・マイノリティ

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危機と人類 その一

2020-07-17 22:00:21 | 読書/ノンフィクション

『危機と人類』(ジャレド・ダイアモンド著、日本経済新聞出版社)上下巻を先日読了した。十年以上昔、著者の代表作『銃・病原菌・鉄』を面白く読んだこともあり、日本ではとにかく「知の巨人」と謳われる著名学者なので試しに見ても悪くはないと思い、図書館から借りたきた。
 本書で扱われている国々は全部で7ヵ国あり、フィンランド、日本、チリ、インドネシア、戦後ドイツ、オーストラリア、米国が取り上げられていた。これらの国々を取り上げたのは、著者自身が居住経験があり(但し日本は除く)良く知っているからという。
 日本については上巻の第3章「近代日本の起源」、下巻第8章「日本を待ち受けるもの」と2回も記しているが、殊に下巻での日本の描写には的外れかつ不可解な描写が鼻につく。尤も日本以外では興味深い内容も少なくなかったし、先ず他国の例で私の気の引いた話を取り上げたい。

 上巻で著者は個人的危機について述べた後、「国家的危機に帰結にかかわる原因」として以下の12項目を記している。(69頁)
 1.自国が危機にあるという世論の合意
 2.行動を起こすことへの国家としての責任の受容 
 3.囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること
 4.他の国々からの物質的支援と経済的支援
 5.他の国々を問題解決の手本とすること
 6.ナショナル・アイデンティティ
 7.公正な自国評価
 8.国家的危機を経験した歴史
 9.国家的失敗への対処
10.状況に応じた国としての柔軟性
11.国家の基本的価値観
12.地政学的制約がないこと

 これら12点の指摘は全くの正論だが、いかにも学者らしい殆ど実現不可能な「机上の空論」にちかい。学術論文のテーマとしては適切であっても、優れた指導力を発揮した人物に有名大学で政治学を学んだ者がどれだけいただろう?「公正な自国評価」自体、極めて難しく、その種の評価が出来る者はいたって少数派なのは古今東西変わりない。
「他の国々を問題解決の手本とすること」も、それが問題解決どころか失敗するという事例は珍しくない。本書では中東地域には殆ど触れていないが、その失敗例のひとつとしてトルコ革命を挙げたい。この革命はトルコ周辺諸国にインパクトを与え、手本にしようとした国は幾つもあったが、尽く失敗している。やはりムスタファ・ケマル・アタテュルクのような指導者がいてこそ可能なのだ。

 上巻第2章「フィンランドの対ソ戦争」で、初めて1939年11月、旧ソ連がフィンランドに侵攻したことを知った。いわゆる第一次ソ芬戦争(冬戦争)だが、旧ソ連は再び侵攻、第二次ソ芬戦争(継続戦争)が起きている。ちなみにwikiにはこの侵攻はヒトラーのソ連侵攻に影響を与えたことが載っている。
 フィンランドと聞いて真っ先に思い出すのが冷戦時代の「フィンランド化」と思う人が多いだろう。常にソ連のお情けを乞う情けない外交を意味する言葉だったが、人口わずか400万のフィンランドが支援国もなく、冬戦争で凄まじい抵抗を見せ、一旦はソ連を撤退させている。

 フィンランドのケッコネン大統領が自身の政治活動について書いた自伝のなかに、パーシキヴィ=ケッコネン路線について説明した文章が本書上巻にある。

フィンランド外交に託された第一の課題は、わが国の存在と、わが国の地政学的環境を支配する利害関係との折り合いをうまくつけることである……[フィンランドの外交政策は]予防外交だ。予防外交でやるべきことは、危険が間近にくる前に察知し、危険を回避する対策を講じることである――望ましいのは、対策が講じられたこと自体が察知されない方法だ……
 とくに、自国の姿勢が趨勢を変えられるなどという幻想を抱いていない小国にとっては、軍事分野や政治分野での事態の展開を左右する要素を、早めに掌握することが常に重要だ……
 国家は他国をあてにしてはいけない。戦争という高い代償を払って、フィンランドはそれを学んだ……この経験から、小国には外交問題の解決にさまざまな感情――好きとか嫌いとか――を混ぜ込む要素はつゆほどもないことも学んだ。現実的な外交政策は、国益と国家間の力関係という国際政治の必須要素に対する認識に基づいて決定されるべきである」(114-5頁) 
その二に続く

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2 コメント

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日本 (motton)
2020-07-20 10:06:11
『銃・病原菌・鉄』でも日本の描写はおかしかった(間違うというより浅かった)のですが、ジャレド・ダイアモンドの奥さんには日本人の親戚(いとこ?)が居るようで、日本についての情報源が偏っているのではないかと。

山本七平もそうなのですが、俯瞰的な視点で語る時は面白いのに、個人的な体験が入るとダメなタイプなのかなと。

PS.
英雄というのは時代を先取りした人物のことで、もしその英雄がいなくても似た結果になると基本的には思っているのですが、ケマルは例外としか思えません。
フィンランドも、マンネルヘイムとリスト・リュティがいなければ。。。
なお、継続戦争は、ドイツのソ連侵攻に呼応したものですが、冬戦争(ソ連が侵略者として国際連盟から除名された戦争)の「継続」だ(ドイツとの同盟によるソ連への侵略ではない)として正当化を図ったものです。
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Re:日本 (mugi)
2020-07-20 22:03:51
>motton さん、

 十年以上昔に読んだためか、何故か『銃・病原菌・鉄』での日本の描写はまるで憶えていないんですよね。その三に書きましたが、著者の妻に日本人と結婚した親戚がいて、「私には日本人のいとこや親戚がいる」ことが日本語版序文に載っていました。謝辞には
「参考資料の収集を担当してくれた志村侑紀、侑紀は日本についての理解をシェアしてくれた」の一文があります。

 日本関連文献としてリー・クワン・ユーの自伝やイアン・ブレマー、ジョン・ダワー、ディヴィッド・ピリング等の著作が見えますが、見事に日本についての情報源が偏っています。資料も全部で23冊、浅いのは当然でした。

 本書には著者の個人的な体験が結構入っていますが、それと何の関係が?と言いたくなるものばかりで興ざめでした。

 仰る通り中東史でもケマルは稀有な人物ですが、周辺の中東諸国指導者が倣おうとした気持ちは理解できます。しかし当人の力量や国情の違いもあって失敗してます。
 本書で初めてマンネルヘイムとリスト・リュティという人物を知りましたが、フィンランド史ではやはり例外なのでしょうね。
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