
先日、宮城県美術館の特別企画「ポーラ美術館コレクション」展を見てきた。サブタイトルは「モネからピカソ、シャガールへ」とあり、チラシでは今回の展示会をこう紹介している。
「ポーラ美術館は、2002年、「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトに箱根仙石原に開館しました。本展では、ポーラ美術館の所蔵する日本有数の西洋絵画コレクションの中から、印象派の巨匠モネ、ルノワールをはじめ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガンらポスト印象派、ルドンやシニャックらの象徴主義や新印象派、そして20世紀美術を代表するピカソ、シャガールまで、多彩な展開をみせた西洋近代美術史の流れを辿る絵画71点を精選してご紹介します」
トップは特別展のチラシの画像だが、ポスターなどでも同じくモネの睡蓮が使われている。モネといえば睡蓮画家のイメージが強いが、実は睡蓮の絵を200点以上も描いていたことを、今回初めて知った。この睡蓮は展示№10、1907年の作品。睡蓮というと、アジア的なテーマにも感じるが、西洋絵画で描かれた睡蓮も素晴らしい。ホテルの食堂やロビーに飾っていれば、清々しい印象を受けるだろう。
展示№12「水のなかの裸婦」が上の画像。いかにもルノワールらしい裸婦であり、ルノワールといえば裸婦と子供のイメージがあるだろう。現代から見ればメタボ体型以外の何者でもないにせよ、肌の色はもちろん色彩が全般的に明るく美しい。ルノワールの後に展示されていたためか、セザンヌの裸婦は画面全体が暗く、痩せていて病的な印象だった。
上は展示№13「ムール貝採り」。これまたルノワールらしく愛らしい子供たちを描いている。姉妹らしき2人の少女やムール貝の入った籠を持っている少年の可愛らしさが堪らない。対照的に母親はキツい表情をしているが、子育て真っ最中の忙しさだけでなく、子供も労働力としてムール貝採りをしなければならない。屈託のない少女に対し、少年は母の顔色を伺っているように見える。
ゴッホといえばひまわりだが、上の展示№26「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」のような明るい風景画も描いていたのは意外だった。耳を切り落としたエキセントリックな画家で知られるゴッホだが、作風には画家の心象が写されるようだ。
今回初めてルドンという画家を知った。上は展示№34「日本風の花瓶」。ルドンの作品は4点展示されていたが、全て何故か見る者を不安定な気持ちにさせられる作風だった。色彩は鮮やかでも、不気味さすら感じる。同行した友人も同じ感想だったらしく、絶対に部屋に飾りたくはない絵画と言っていた。
ルドンと同じく、アルフレッド・シスレーも今回初めて知った画家であり、その3点の作品が展示されていたが、こちらは全て良かった。上は展示№19「ロワン河畔、朝」で最も気に入った。このような絵をホテルの食堂にでも飾れば、さぞ爽やかな朝の気分となろう。
明るい画風から、シスレーは経済的に恵まれた暮しをしていたと想像したが、晩年は困窮した生活だったことがwikiに載っている。しかも、「ロワン河畔、朝」は死の8年前で貧困生活を送っていた時の作品なのだ。検索したら、「アルフレッド・シスレーの作品」というサイトがヒットした。紹介されている作品はどれも良い。
後記になるほど印象派の質も落ちたように見える。印象派特有の点描も荒かったし、雑で手抜きな絵にも感じた。今でもピカソやシャガールは日本でも人気があるが、私的には双方とも好みではない。シャガールの作品にはやたら空中浮遊する恋人が描かれており、全4点のうち3展までがこのパターンの恋人たちが登場している。
展示№68「町の上で、ヴィテブスク」の作品解説には、浮遊する恋人はシャガール自身と最初の妻とあり、「最初の妻」というのが気になった。友人もこの表現に注目し、ひょっとして後で別れたのでは……と2人で想像し合った。ワガママで束縛の強い芸術家の結婚生活は破たんしたのやら、とも邪推してしまう。
wikiで見たら、確かにシャガールは最初の妻と別れている。しかし、妻は病死したので死別だった。作品が制作された1915年は、妻と結婚した年なので、ラブラブの時に描かれたのだ。尤も最初の妻の死後8年後、60歳代で彼と同じくユダヤ系女性と再婚しているので、やはり“愛の画家”なのだ。
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